『マッドサイエンティストの手帳』535

●マッドサイエンティスト日記(2012年8月前半)


主な事件
 ・米朝アンドロイド(2日)
 ・原色・関西支部(4日)
 ・大阪←→播州龍野いたりきたり
 ・発作的ウロウロ(9日)
 ・SF検討会(14日)


8月1日(水) 穴蔵/崖っぷち
 本日も炎天なり。
 通勤ラッシュの終わる頃に日陰を歩いて梅田へ。
 某金融機関にて(昨日混み合っていてできなかった)処理事項を片づける。
 午前中は会社をさぼることにして(経営者だからいいのだ)大阪駅上のステーションシネマへ。
 9時25分から、ちょっと気になっていた『崖っぷちの男』を見る。高所恐怖症の気があるからねえ。
 ビルの外の足場に男が立っている写真を見ただけで、予備知識なしで見る。
 『崖っぷちの男』は、2系統の推測がつく。舞台を窓越しに固定した交渉人との心理サスペンスか、飛び降り自殺騒動で視線をそちらに集めている隙に何かやるのか。前者を期待していたのだが、後者であることはすぐ判明する。
 そして、それなりによく出来ているのだが……うーん、B級娯楽映画なんだなあ。「別事件」の手が込んでいる分、心理劇としてのテンションが落ちてしまう。『死刑台のエレベーター』が単なるエレベーターの故障であったことと比較すればわかる。手間かけるほどサスペンスが低下するというジレンマがあるのだ。
 セキュリティの技術が進歩するほどシンプルな犯罪劇が作りにくくなる(最低限クリアしなければならぬハードルが高くなる)から、制作側もつらいところだなあ。いっそ「時代劇」にすればいいのか。
 と、これはSF創作にもいえることなんだけどね。
 客は20人ほどでガラ空きだったが、後ろに女性客ふたり。おれの真後ろの客が落ちつきのない女で、足がのべつ背もたれに当たり、背中を蹴りつづけられている気分。上映前に「前席の背もたれを蹴らないように」と注意が映されているのによ。
 たまりかねて、途中で席を移る。
 おれの席は「スクリーン10、G列8番」であった。「H列8番」の眼鏡かけたアラフォーのブスめが。殴られなかっただけありがたく思え。
 おれはつくづく映画館に向いてないようだ。やっぱりDVD化を待つ方が賢明かな。
 午後は穴蔵にこもる。
 台風の影響か、南風が強く、午後は曇り、ほんのわずかだが雨が降った。

8月2日(木) 穴蔵/米朝アンドロイド/ピンカラ
 本日も炎天なり。
 10時に出て、専属料理人と日陰を歩いて梅田へ。
 午前中は会社をさぼることにして(経営者だからいいのだ)サンケイブリーゼへ。
 昨日から「桂米朝展」が開催されていて、目玉は「米朝アンドロイド」の口演である。
 姫路の陸軍病院入院中の日記や文化勲章などの展示を見て、11時20分から「米朝アンドロイド」第1回の上演。演目は「看板の一」である。
 音声は米朝師匠の録音。これに合わせてロボットの動作がプログラムされている。
 まあ、不満をいえばきりがないが(指は固定/したがって扇子と手ぬぐいは使えないとか、独特の頭を掻くしぐさがないとか、全体に手の振りが大きすぎるとか、この演目では肝心の壺振り動作がないとか)、ちょっと首を傾げて横目になる瞬間など、どきっとするほど似た表情もある。よく出来ている。ただ、会場に笑いが起きないのは、「感心」が先行するからであろう。
 ちなみに、おれは5年前に短編の1エピソードとして「米朝アンドロイド」を出したことがある(「超弦領域」所収の「笑う闇」)が、これは、二足歩行で人工音声、会場の反応によって「間」を変化させるものだった。「人間国宝名人の七回忌」に作ったという設定で、2025年くらいを想定(むろんもっと未来であることを希望)していたのである。それから逆算するに「よく出来ている」という他ない。
 演目はいまのところ「看板の一」だけらしいが、他にもプログラムは用意されているらしく、日によって演目を変えるかどうかは未定のようだ。
 昼前にブリーゼを出て、昼はキタ新地のむつごろうで日替わり定食。
 本日は鱧天など色々。
 
 専属料理人がランチに時々来る(おれは立ち食いうどんというのによ)店で、まあ申し分なく旨くボリュームもあるけどさ。
 午後は穴蔵にこもる。
 一杯飲んで早寝……のつもりであったが、ちょっと打ち合わせあり、夜、ニューサン5へ行く。
 マホガニーホール・ストンパーズの出演日。
 が、リーダーのピンカラ、有田から大阪へ向かう道が事故渋滞で、2ステから。
 その割に演奏はよかったけど。
 休憩時間に慌ただしく打ち合わせ。
 なんやかんやで深夜近い帰館となった。

8月3日(金) 穴蔵/MDの終焉
 本日も炎天なり。
 朝7時、東からの直射光がひどくなり、穴蔵は「HOT HOUSE」というか「地球の長い午前」状態、試しに密閉にしていたら、たちまち35℃になる。
 エアコン稼働させる。
 午前9時、直射のベランダは42℃。ベランダの日陰で38℃。輻射熱でこんなものであろう。
 室内は28℃。
 終日穴蔵。
 午後、部屋を片づけようかと思って、棚の一角を占拠するMD群が気になる。
 推定600枚くらいか。
 主にFMのエアチェックと「森山威男研究会」資料(ライブハウスでの録音を蒐集したもの)、トラディショナル系のライブ録音をいただいたものなど。それにCDからの個人的コピー(MDウォークマンを愛用していた時期が4、5年あったからなあ)。
 MDという媒体はもう終わったとしか思えない。
 5年以上聴いていないように思う。
 必須のものだけCD化してみようかと、コンポからPCにケーブルをつなぎ、久しぶりにAudacityを使用する。
 LP→CDは100枚ほど専用プレイヤーを使ってやったが、MDは初めて。
 3時間ほどかかって「セッション505」(NHK-FMの1998年の)を1枚CDにする。
 音質は悪くない。
 慣れたら録音時間の10%増し程度でできそうだが、100枚やる気力も、もうないなあ。
 このまま放棄となるか……

8月4日(土) 穴蔵/原色・関西支部
 本日も炎天なり。
 終日穴蔵。
 あまり仕事はしないのであった。
 本日は淀川花火大会である。
 夕刻になると近所に、大阪駅から淀川堤へ向かう人の流れができる。
 流れに逆らうわけではないが、おれは歩いて天六のマーガレットへ。
 「原色の想像力・関西支部」という不思議な飲み会である。
 
 3月末に「原色の想像力2」記念飲み会をやったが、本日は「第3回」受賞者も参加して、関西メンバーによる暑気払い。
 酉島伝法、オキシタケヒコ、理山貞二、山下敬、佐畑衛海、編集の石亀さんの各氏におれ。
 創元社のSF短編賞の縁だが、不思議といえば不思議な顔ぶれである。
 色々話を聞くと、創作歴20年以上で「ほとんど受賞」という経歴の持ち主であったり。
 山下敬さんは「土の塵」(日下三蔵賞)の作者だが、なんとハヤカワのコンテストで北野勇作さんと並んでいるし、佐畑衛海さんとは初対面だが、第6回小松左京賞の最終候補で評価の高かった方(小松左京マガジン第20巻に、佐畑衛海、佳月柾也、伊藤致雄の名が並んでいるが、これで3氏とも面識を得たことになる。ちなみに「佳月柾也」という美しいペンネームの人は、本日の会場にいるむさくるしい某氏なのであった)だったり、驚くこと色々。
 それぞれ専門性の高い仕事をされていて、話が尽きず、刺激を受けるところが多い。
 17時から飲みだして、たちまち冷えたビールが尽きた。
 チューハイに切り替え、気がつけば21時を過ぎている。
 さすがにおれは限界なので、ちょっとお先に失礼する。
 (ちなみに、前回は午前2時までだったとか。おれには体力的に無理である。)
 花火の観客が引き上げて静かになった頃の帰館。
 さあ、明日から、おれも少しは書かなければなあ。

8月5日(日) 穴蔵
 定刻午前4時に気分よく目覚めた。
 少しは仕事を……と、ある作品について、記憶媒体バラバラに分散している資料やメモ書きの整理を始める。
 7時、穴蔵に東から直射光が射し込む。
 7:00、室温は30℃である。
 炎天続きなので、いったい室温がどこまで上がるのか、どこまで耐えられるのか、人体実験をしてみることにする。
 レースのカーテンだけにして常駐部屋を密閉状態にする。
  
 7:10 32℃ → 7:20 33℃ と上昇して、あとは33℃で安定する。
 意外に上がらないものだなあ。(遮光カーテンを引いた方が室温は上がるような)
 汗が出るのとアタマがボーーーッとしてくるのは、室温より直射光のせいらしい。
 8時で中止。冷たい麦茶飲んで、エアコン稼働させる。
 播州龍野のタイムマシン格納庫だと、この時期、40℃超えはざらで、肉体労働なら平気(というより、あとのビールが楽しみで快適なほど)なんだけどなあ。
 「小説を書く」なんて作業がいかに不健康かわかる。
 ということで、28℃の穴蔵にて、ダラダラと不健康な作業。
 午後、ボンクラ息子その1が電話してきた。
 「この前行った神田の鰻屋の名前は何やった?」「かめ富やけど、今日は休みやで」「ウナギ行こかいう話なんやけど、どこかあるか?」「吾妻橋を渡ったところの鰻禅はやってると思うけど、休日はスカイツリーの客で混んでるかも」「行ってみるわ」
 1時間ほどしてまた電話。
 「鰻禅のテーブルに4人入れた」「時間がかかるやないか」「1時間ほどらしいけど」「ビールでも飲んどれ」「もう始めてる。おれは運転やからあかんねん」「電車やないんか」「ゴルフの帰りや」
 優雅なものよなあ。
 こちらは粗食(健康食とも申せましょう)で軽くビール。
 明日の事情もあり、早寝するのである。

8月6日(月) 大阪←→播州龍野
 早朝の電車で播州龍野へ移動する。
 青春18使用。
 午前9時前に姫新線本竜野に着く。
 雑事色々。
 タイムマシン格納庫は昼前に40℃を超えた。やばいので、肉体労働は中止、あとは相棒の某くんにお願いする。
 昼は「得得」でぶっかけうどん。
 午後は実家の書斎にこもる。
  *
 わ、気がつけば、午後2時の室温は34℃である。温度計を見てわかった。
 大阪の穴蔵の31℃より涼しく感じるから不思議。
 こちらはエアコンなし。緑が多く、風があるからか。
 文豪が鎌倉に住むような気分である。
 とはいえ、たいして生産的な仕事はできず。
 秋分の日の頃から、こちらに1週間ほどこもって集中することにしよう。
 夕刻の電車で帰阪する。

8月7日(火) 穴蔵/引き潮のとき
 本日も炎天なり(午後はちょっと曇ったけど)。
 朝、近所の某医院で定期検診。血圧が自分でも信じがたいほど低い……といっても、世間では正常値なんだけど。
 どこか体が悪いのではないかと心配になってくる。
 今夜から塩から・明太子・奈良漬など並べて一杯やるか……などと愚考する。
 終日穴蔵。
 昨日、播州龍野の書架をゴソゴソやってたら、懐かしくも、チャールズ・エリック・メインのペーパーバックが出てきたので、再読しようと持ってきた。
  *
 「The Tide Went Out」
 この本、62、3年頃に横浜から兄が送ってくれた数冊の中で(US ARMYと50円のシールがついている)、原文でともかく読み通した(勉強を兼ねて/それに、出るSFを全部読んでも全読書量の1/4以下という幸せな時代であった/かつ『大真空』が面白かったため)唯一の作品なのである。
 なぜ今頃メインか。
 先日の「原色・関西支部」では50〜60年代の宇宙SFが話題になったが、理山貞二さんの<すべての夢|果てる地で>にチャールズ・エリック・メインが出てくるのが懐かしいなんて話からであった。
 その後『海が消えた時』というタイトルで訳されたが、こちらは読んでない。
 海が干上がる話だが、細部を思い出せないので、再読しようと読み始めたが、全然だめ。
 目は疲れるし、単語は思い出せないし、3頁ほどであきらめる……英語力は20歳前後がピークだったんだなあ。
 嗚呼。

8月8日(水) 穴蔵/システムダイアリー/ハチ
 (昨夜のつづき)
 BSで「トータル・リコール」をやってたので、後半のシュワちゃん目玉飛び出しの珍映像を見る。リメイク版の公開が近いからか。
 それはどうでもよろしいが、その後に「戦士の逸品」という短い番組。経営者などがビジネスでの愛用品を紹介する番組らしい。
 で、「ハイポネックスジャパン」の村上社長が「システム手帳」を紹介するが……これは「システムダイアリー」である。
 おれは35年以上前から愛用している。当時から、SFファンで同好の士が数氏いる。
 有楽町・交通会館地下の文具店で毎年補給していたが、この店がなくなって以来、リフィルはすべて自作となった。
 4年前に使い始めたのが「最後のバインダー」になりそうな。
 
 だんだん縮小、今はネット通販だけらしい。ただし8穴のパンチは製造中止らしいから、新たなファンの獲得は難しいだろうな。
 開発者の奈良総一郎氏はお元気なのだろうか。ナラコムのウェブは閉鎖みたいだけど。
 ということで朝。
 本日も炎天なり。
 終日穴蔵。
 夕刻這い出て、歩いてハチへ。
 本日は8月8日でハチママ誕生日である。
 いつもなら山下洋輔さんのライブがあるのだが、今年はツアーの事情もあって8月18日(土)である。
 ハチママの体調、どうかなと心配していたが、なんとか出現。
 
 花束に囲まれると元気がでるらしい。
 さすがに「リンゴ追分」を歌うのは無理かな?
 当方、明日が早い事情もあって、最後まで見届けずに失礼する。

8月9日(木) 発作的ウロウロ
 発作的に(正確には昨日の朝思いついて)1日ウロウロすることにした。
 来週になると盆で人の移動も激しいだろうから。
 別に隠密行動ではないのだが、一種の「取材」でもあるので、行き先は明記せず。
 朝6時に出て、昼前にこんな海岸に着く。
  *
 主目的は背後の山側だけど。
 昼にはこういうものをいただく。
  *
 帰るときに「どちらからですか?」と訊かれる。
 不審客ではないはずだが、雰囲気が地元の客とはちがっていたのかな。
 大阪からですというと「せっかくですから、お名前をお聞かせください」。
 いや、まことに結構でありました。
 バスと電車を乗り継ぎ、午後の炎天下、こういう住宅地を歩く。
  *
 半世紀前は「ハウス」が建ち並ぶ丘陵であった。仮称「黒船台」。
 汗が噴き出る。
 夕方、人と会って、安い居酒屋で生ビールを飲む。
 あと、こういう場所を歩く。
 
 エヴァン・クリストファーの新譜1枚ゲット。
 こういうものを飲みつつ帰る。
 
 深夜の帰館。
 歩数計の表示は16,325歩であった。

8月10日(金) 穴蔵/フロンティア3000
 わ、目覚めれば午前7時30分である。
 よく寝たものよ。
 本日も炎天なり。
 終日穴蔵にてボケーーーーッと過ごす。
 夕方這い出て、梅田へ。
 小松左京師匠の勉強会であった「フロンティア3000」のミーティングに顔出し。
 先月の追悼イベント「宇宙の知性と融合した“うかれ”小松左京に出会う会」の決算報告あり。
 おかげさまで赤字にはならず、多少の剰余金が出た。
 その使途について色々と協議、妥当な案に収斂した。
 本日をもって「小松左京追悼イベント実行委員会」は解散となる。
 ブリーゼにお越しいただいた皆さん、実行委員として参加していただいた方々、協賛・協力賜った企業の各位(就中、米朝事務所)に厚くお礼申し上げます。
 ということで、夜は専属料理人が並べてくれた和風色々でビール飲みつつ、昨日入手したCDを聴く。
 
 エヴァン・クリストファーの新譜。「Django a'la Creole finesse」
 カトリーナ以降のエヴァン、新しいクリオール・サウンドの新境地を拡大している。たまらなくいい。

8月11日(土) 穴蔵
 朝だ。曇っている。浅田飴ではないのであった。
 朝の直射光が射さないというのは快適だなあ。
 穴蔵にて、蒸し暑いけどエアコンは稼働させずに過ごす。
 寝たり起きたり、あまり生産的な仕事はしないまま。
 わ、32℃になったので、ちょっとエアコン。
 たちまち夕刻。
 一杯飲んで寝る。
 無為な一日であった。

8月12日(日) 穴蔵/某懇親会
 本日も曇天なり。
 快適であるなあ。
 終日穴蔵。
 夕方に近い午後に這い出て、阪急石橋へ。
 格安海鮮居酒屋にて、5月連休・盆・暮恒例のタイムマシン系懇親会を開催する。
 生ビールで乾杯。
 
 あとはこういうもので白ワイン、甲殻類系洋風メニューなど豪勢にやる。岩牡蠣が切れましたというのがけしからん。盆で物流事情が悪いのか。
 早めに切り上げ、20時前に帰館。
 おや、一昨日、エヴァン・クリストファーの「Django a'la Creole finesse」に感心したところに、来月、このCDメンバーで日本ツアーがあるらしい。横浜では中村誠一と競演である。
 迷うなあ。alaでの森山ジャズナイトの直後だし。大阪でもやるらしいが、この店は、ふてぶてしい顔したネエちゃんが恐ろしくて、おれには足を踏み入れる勇気がないしなあ。
 金沢へ行くか横浜へ行くか、いっそ現地ニューオリンズへ行くことにするか、迷うところだ。

8月13日(月) 穴蔵
 わ、早寝したら午前2時半に目が覚めてしまった。
 朝まで本を読んだり少し眠ったり。
 午前6時に雷鳴と雨。たいして涼しくはならず。室温30℃である。
 終日穴蔵。
 たいして生産的な仕事はできないのであった。
 世界的運動会がやっと終わったらしく、報道正常化? 夕刻、地方ニュースで逃亡犯逮捕のニュースを知る。
 1月に病院から逃走したひき逃げ犯・横谷邦彦が今朝守口駅前で逮捕されたという。
 1月27日から半年あまりの逃亡である。
 おれは「自死」を予想したが、見事にはずれた。世間の皆様、申し訳ございません。
 仮病だったのか? 横谷邦彦、この半年、どんな生活をしてたのか。
 運動会も高校生の棒振りも、もういい。テレビは横谷邦彦の足跡を追ってくれたまえ。
 おれ、逃亡ファンだからよ。

8月14日(火) 穴蔵/SF検討会
 定刻午前4時に起床する。
 と、5時30分からとつぜん激しい雷雨となる。
 普通なら日が射し始める時間、東の空は真っ暗。えげつない降りである。雨滴でタワーマンションがかすんで見える。
 
 新聞配達諸君、大丈夫かいな。
 近畿一円、あちこちに大雨洪水警報が出ている。JR、新幹線など、運転見合わせが多い。
 1時間ほどで小降りになり、8時にはやむ。
 こんなこともあろうかいね(←と、新野新ちゃん風)。
 終日穴蔵。
 夕刻、かんべむさし氏が焼酎ぶらさげて来穴蔵。
 久しぶりに定員2名テーマ非公開のSF検討会を開催する。
 むさしくんとは、このところ小松さん追悼イベントの関係で顔を合わす機会は多かったが、アホかつヤバイ話をするのは久しぶりである。
 専属料理人に枝豆、タタキ、笹身の揚げ物など持ってきてもらって、水割り飲みつつ、あれやこれや。
 主テーマはアホの分類学。アホも色々おるからなあ。自己省察含めての議論である。
 気がつけば21時を過ぎている。
 4時間以上、アホとヤバイの境界線の議論をやってたのか。
 こういうことを飽きもせず35年以上続けているのもアホなことに違いないが。
 定刻少し過ぎての就眠となる。

8月15日(水) 穴蔵
 定刻午前4時に目が覚める。
 陰りて温気。室温は30℃で、ちょっと蒸し暑いが、エアコンは稼働させる必要なし。
 終日穴蔵。
 少しは仕事もするのであった。いと少なしを。
 敗戦記念日である。
 荷風散人はこの日をどう過ごしたか。(ちなみにこの年、荷風は今のおれとほぼ同歳)
・「陰りて風涼し」……荷風は岡山市内に疎開していたが、前日から谷崎潤一郎に招かれて、その疎開先、姫新線の中国勝山に来ている。
・朝食は、赤岩旅館で、ごはんに「鶏卵、玉葱味噌汁、はや小魚つけ焼、茄子香の物」を食し「これも今の世にては八百膳の料理を食するが如き心地なり。」
・谷崎が手配してくれていた切符で、11時20分に勝山から姫新線で新見へ、ここで伯備線に乗り換え、岡山に向かう。
・昼食は車中で「白米のむすびに昆布佃煮及び牛肉を添へた」谷崎夫人手作りの弁当を食し「欣喜措く能はず。」
・玉音放送は、弁当を食べていたか「食後うとうとと居眠り」していた時刻で、聞いていない。
・午後2時過ぎに岡山に着き「戦争停止」を知る。
 (姫新線も伯備線も、所要時間は今とそんなに変わらないなあ)
・夕食は、染物屋の婆さんが「鶏肉葡萄酒を持来」て「休戦の祝宴を張り皆々酔うて寝に就きぬ。」
 さて……
 本日のおれの食事はどうであったか。
・朝食 レタス・ハム・チーズのサンドイッチ、アイスティ
・昼食 ごはん、玉葱味噌汁、納豆、茄子とキュウリの漬物、ブドウ3粒
・夕食 ヤッコ、お浸し、たこ刺身、野菜の煮物、五目ごはん半膳、事情があってアルコール抜き
 本日に限れば、荷風の方がちょっと豪華な気がする。
 (荷風の食生活は、翌日から「おも湯を啜り」「粥に野菜を煮込みたるものを口にするのみ」になるのだが)
 おや、ハリー・ハリスン氏の訃報。
 おれは80年頃のアンケート(好きなSFベスト10みたいな企画と思う)に『宇宙兵ブルース』を入れているほどのファンである。
 吹田でのSF大会でお目にかかったのは1986年であった。
 横にいたむさしくんがたまたま「ハリ扇」を持っていて「This is Harisen! Harry Harrisen!」とやったが、伝わってないと思うぞ。
 近いうち、あのシャレ説明に行きますさかい。そない待たしまへんよって。


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