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7月17日(水) 名料理に別れを
 程一彦さんの訃報。6月23日に台湾で亡くなられたという。
 龍潭(特に旧ホテル阪神の地下)へはよく行った。
 なによりも石毛先生主催の花見会では、程さんメニューが一番人気であった。この5年以上、来られなくなっていたが。
 台湾のホテルで亡くなられたということは、生涯現役であったのだろう。
 最後にお目にかかったのが6年前、西梅田のW病院ロビーで、挨拶のみ、お互い「詳しい話」はしなかった。
 おそらく心臓系ではないか。81歳。おれも見習いたいと思う。
 穴蔵にて雑事。
 昼、所用あって梅田に出る。
 梅田地下街、ホワイティ梅田ノースモールでびっくり。
 立ち呑みの老舗「大御所」のとなりに新しい立ち呑み屋がオープンしている。
 確か前は餃子店だった。これはえげつない殴り込みではないか。
  *
 大御所は串カツの「鳥の巣」や「ヨネヤ」と同じく、地下街オープン時からの店である。
 地下街では数少ない、わが愛好店で、湯豆腐が好きであった。
 5年ほど前から立ち呑みはしんどくなり、立ち寄ってない。11年前に書いたが、客層じたい高齢化しているのである。
 値段は新店の方がだいぶ安く(味は知らない)、想定する年代もちがうようだが、勢いは歴然の差であろう。
 大御所で最後の一杯をやりたい気もするが、昼前だし、立ち呑みは疲れるのでパス。
 静かに見送ることにしよう。

7月16日(火) 穴蔵/ウロウロ
 未明。
 3時過ぎに目が覚め、4時頃から久しぶりに自転車で早朝徘徊に出かける。
 阪急東通り、3連休明けの未明で、客引きはいるけど、さすがに閑散。
 扇町公園にも人影なし。
 お、天満駅南側に御輿が飾られ、商店街には献燈が連なる。
  *
 天神祭が近いのである。
 天五中崎町商店街を抜ける。竹乃膳は繁昌しているようだが寄らず。以前のように未明からビール一杯という元気はなくなった。5時前に帰館。
 朝。
 近所の某医院へ定期検診に行く。諸数値ごく正常。最近の「不調」は精神的なものらしい。
 昼。
 ホケーーーーッと過ごす。
 夜。
 集合住宅の理事会。某おっさんの滞納など、ややこしい案件色々。また気が滅入ってくる。
 遅めの晩酌。
 寝る。

7月15日(月) 穴蔵
 梅雨の中休みというか、薄曇、午後は晴れるが、出歩く気分にならず。
 世間は3連休の最終日らしく、人出が多いに決まっている。
 終日穴蔵。ボケーーーーッとQ状態で過ごす。
 不調である。年齢のせいであろう。
 時間感覚がだんだんおかしくなってくるし、空間(宇宙)感覚がさらにあやしい。
 これは……そのうち整理したいが……ペンローズもホーキングも避けられなかった感覚ではないか。ホイル卿だけは別格だったが。
 このことを書き出すと長くなるのでパス。
 幾つかの対処療法(と信じるもの)はあり、そのひとつはウロウロしてあれやこれや好奇の目で見ることである。
 で、夕刻、30分ほど近所を散歩。
 参院選のポスター掲示板の「1」がほとんど空白だが、茶屋町のには貼ってあって「安楽死」とある。
 政治・宗教・血液型については書かないことにしているので、妙に気になるということのみ。
 歳だからなあ。

7月14日(日) 穴蔵
 曇天。絵に描いたような梅雨空である。
 終日穴蔵にあり。ボケーーーーーッと過ごす。
 少しは本も読んでいるのだが。ま、そのエビデンスは明日からだ。
 最近、何事をするのも面倒になってきた。
 15時頃に眼下……野々村竜太郎の生家前に子供みこしがやってきた。
 豊崎神社の夏祭りは今日であったか。雨が降らず、なによりであった。
 おれは雨を願うほどひねくれてはいないのである。
  *
 休憩のあと、翁豆腐の前を通って4丁目方向へ去っていく。
 竜太郎にもこんな少年時代があったのだなあ……

7月13日(土) 創サポ・夏の創作講座
 午後に出て地下鉄で谷四へ。
 市民活動スクエアの大会議室で、創サポの夏の創作講座「やさしい小説の書き方」の第1回を担当する。
 3回あり、第1回「空想を描くには」、第2回は蓮見恭子さんが「人と暮らしを描くには」、第3回は提出作品の講評である。
 わが担当は「空想」である。
 一応「はじめて小説を書こう」という方が対象だが、創サポ専科の生徒の方が多いような。
 まず(SFを含む)小説の書き方を90分でというのには無理がある。
 空想描写(と勝手に命名、要するに現実ばなれした舞台やキャラや行動や論理を描写するテクニック)に絞って話す。
 例としてあげたのが、品位のある側で小川洋子、川上弘美、過激側でイーガン、円城塔、酉島伝法。この間に色々な作家の多くの作品がある。
 (ちなみに、現実(体験)描写と空想描写の例として、川上宗薫と宇能鴻一郎を例として挙げたが、知る人はごく少数であった。)
 空想を描写するのはSFやホラーに限らず、広く応用可能である……といった主旨で進めたが……ちょっとまとまりがなかったか。
 へんな設定とかおかしなキャラクターの小説を書いてみたい方の参考になればうれしく、日常生活を描きたい方への刺激になれば、これも幸いである。
 「空想」と「現実(人と暮らし)」は表裏一体というか、小説のなかに混在するので、申し訳ないが、収拾は次回の蓮見恭子さんにお願いすることに。
 終わると小雨になっていて、帰館してからも降りつづき、晩酌時に雨脚が強くなった。
 え、甲子園で野球やっとるのか?!


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