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1月19日(土) 通夜的SF検討会
 快晴で3月並の陽気だとか。
 しかし、気分はさえない。穴蔵にてボケーーーーーッと過ごす。
 夕刻、かんべむさし氏来穴蔵。
 先月忘年会をやったところだが、定員2名内容非公開のSF検討会を開催する。
 非公開といいつつ、テーマは隠すこともあるまい。
 先日亡くなった横田順彌氏についてである。
 ともに気分は複雑、ひとりで考え込んでいても気が滅入るばかり。冥福を祈るとか哀悼の意を表するなんて言葉では片づかないのである。
 ヨコジュンの業績については、今さら繰り返すこともない。ハチャハチャSF、メルヘン、SF事典、明治舞台の「古典SF」(特に鵜沢龍岳のシリーズ)、そしてライフワークの日本古典SFの研究……いずれも偉大な業績である。それが日常生活にまで影響している作家は希有ではないか(おれは、この40年以上、今も朝起きて雨が降ってると浅田飴を想起するひとりである。同志が全国に何人いるのか)。
 しかし、なぜこの時期にヨコジョンが亡くならねばならぬのか。
 同世代のうちでいちばん早いだけといえば、そうかもしれないけど。
 しかし、やはり、古書に埋もれた独居生活、心身ともに不調、少なくない薬、食生活が良好だったとは思えず……なぜこんな生活に入り込んでしまったのかという疑問が晴れない。SFと健康生活は両立して不思議ではないはず。
 そんなことをアタマに、70年代のこと(おれが初めて会ったのは65年のTOCON2/半世紀以上前だ)から80年代に何度か大阪に来てくれた(歌之助独演会もあった)ことなど、グダグタと3時間ほどビール、酎ハイ。
 少しは気分も晴れてきたが、やはり、わからないことが多いなあ。
 あ、前に、最後に会ったのが2012年3月のSF大賞の時と書いたが、正確には2012年7月12日(小松左京に出会う会)で、大阪まで来てくれたのだった。

1月18日(金) 神戸新聞文化センター/風呂本佳苗ピアノリサイタル
 昼前に出て阪急で神戸三宮へ。
 午後、神戸新聞文化センターでの講座である。
 エッセイはテーマが闘病記と旅行記に集中、ここに大震災の話題も加わるから、話が脱線気味になる。
 最近はエッセイに面白いキャラクターが少ないなと感じる。ここでいうキャラとは「三文役者」「狐狸庵」「どくとるマンボウ」「カモカのおっちゃん」などである。
 ひとり、エッセイで、必ず最後に奥さんが出てきて何か一言いうパターンを好む人がいて、これなんか「カモカのおっちゃん」の女房版になるのではないか。
 小説は作風異なる3篇。人肉食テーマのSFが巧緻で感心する。病院で妙な痛みを訴える患者と同室になった体験から、その人物を先頭に置いて城攻めを行う時代小説……何かと思われるだろうが、これが見事に成功しているのである。毒親から逃れようとする女子大生を描く奇妙な作品……ともかく毒親の描写が凄まじい。
 近所の喫茶室でお茶。
 夕刻、西宮北口へ移動する。
 芸術文化センターで、新春恒例、風呂本佳苗さんのピアノリサイタルを聴く。
 「新年の幕開けに」ということで、今年は「前奏曲」特集。短い曲が多く演奏される。
 前奏曲には「24」という数字が深く関わり、これはショパンから始まるらしい。半音キーを入れて12音、これに長調と短調があり、24の長短調に対応する前奏曲を完成させる。ラフマニノフが代表的らしい。
 指使いを想像するだけでも恐ろしくなる。
 これを、24曲全部ではないにしろ、ドビュッシー、ラフマニノフ、ガーシュイン、ヒナステラと、楽々と鮮やかに弾きこなしていくから、ただ感嘆。最後のカプースチンなんて、ジャズの激しいアドリブとしか聞こえない。譜面を見たくなってくる。
 ロビーで(風呂本さんの追っかけファンらしい)芦辺拓さんと挨拶。芦辺さんはヨコジュンとは一度会っただけというが、聞いておきたかったことが色々あって悔やまれるという。全国にこんな人がいるのだろうな。

1月17日(木) 穴蔵
 5時過ぎに目が覚める。
 阪神淡路大震災から24年。5時46分に黙祷。やはりこの時刻は緊張する。
 終日穴蔵。
 コタツで資料を読んで過ごす。龍野とは体感温度が10℃ちがうなあ。
 (穴蔵は暖房なしで20℃、龍野書斎は暖房して16℃くらいだが、部屋を出ると10℃以下である)
 たちまち夕刻。
 夜は、タラ・シチューをメインに、ほうれん草炒め、すぐき、生ハムサラダ、小鉢など色々。
  *
 ビール、ブルディガラのクレセットパンでワイン。
 ついでに専属料理人専属按摩に肩を揉みほぐしてもらう。
 非独居生活もたまにはいいものである。

1月16日(水) 播州龍野→大阪
 眠り断続的である。
 7時に起きる。
 8時にタイムマシン格納庫へ行き、作業開始。
 冷えるなあ。一応石油ストーブが1台あるが、倉庫全体の気温をあげるにはいたらず。輻射熱でちょっと熱を感じる程度。
 14時頃で切り上げ。つづきは来週とする。
 午後の電車で帰阪。
 ともかく入浴。
 夜は、専属料理人が帰っていて、翁豆腐の湯豆腐、肝の炒めたん、レンコンの何たらハンバーグ、その他3皿ほど並ぶ。これらでビール、酎ハイ。
 たまには「非独酌」もいいものだ。
 このところ、芥川賞・直木賞、ともにSF知人の候補がつづく。
 今回の芥川賞……高山羽根子さんの受賞はならず。また機会もあるだろう。

1月15日(火) 播州龍野/横田順彌氏の訃報
 播州龍野にて、ストーブをつけたまま、電気毛布にくるまって熟睡。
 目覚めれば7時である。
 9時からタイムマシン格納庫にて組立作業。
 寒いが酷寒とまではいえぬ程度。2月はもっとひどいだろから、がんばって来週中には片づけたい。
 17時まで。
 「はつらつの湯」へ行ったら定休日である。嗚呼。
 (ちなみに実家は深夜電力による給湯器で、現在、ブレーカーを落としているのである)
 南へ5分ほど走ったところにあるスーパー銭湯「あかねの湯」へ行く。
  *
 620円。まあこんなものであろう。
 レストラン併設。うまそうだが、ビールが飲めない。
 帰路、食品スーパーで最小限の買い物。
 実家で独酌。
 こんな生活も悪くないなあ。

 深夜に目覚めてスマホでヨコジュンの訃報に接する。
 高井信さんのウェブで知り、あちこち見てだいたい事情はわかってきた。
 1月4日、心不全で死去。葬儀は近親者のみで済ませた。公式発表は16日以降に文芸家協会から発表の予定。
 複雑な気分だ。正直なところ、驚きはせず。10年以上前から、いつこうなっても不思議ではない気がしていた。発見が1週間ほど遅れるのではないかとか。この30年ほど、本人からは元気だと聞いたことがない。いつも精神か体が不調のようだった。
 古書に埋もれた独居生活である。特に50歳を過ぎてからは、ほとんど古典SFの研究に没頭。『近代日本奇想小説史』は大きな業績だし、その後継続している仕事も立派なもので、生涯現役だったともいえる。ただ、おれには到底真似のできない(真似たいとも思わない……独居生活はたまにするから楽しいのである)生活だったなあ。
 最後に会ったのが、2012年3月のSF大賞贈賞式。もう6年になるのか。


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