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9月16日(木) 穴蔵/ウロウロ
 日付が変わった頃に目が覚めてしまう。
 朝まで資料を読んだりメモをとったりして過ごす。
 夜が明けてきた。
 薄い雲がかかっているが、ほとんど晴。台風14号は東シナ海でずっと停滞しているらしい。
 昼前に出て、人通りの少ないグラフロ西側を抜けて、西梅田の某院へ。
 こちらは半年に1回の検査。
 諸数値に異常なし。ほっ。
 ただし、心筋が衰えてはいかんから、ともかく歩くことを勧められる。お上のいいつけを守って外出自粛していてはいかんのだ。
 年に1回でもいいが、念のため、次回は来年3月ということになる。
 帰路……大阪駅の西側(中央郵便局と改札口、新駅との連絡通路など)の工事が派手に始まっているが、概観できる場所が見当たらない。
 西側通路にガーやん多し。
 ステーションビルの風の広場まで上がってみるが……こちらからは西南方向は見渡せなし。
 北側に大きな変化はなし。地下工事が進んでいるのだろう。
  *
 午後はどんよりしてきた。
 天空の農園への階段は閉鎖されている。
 また後日に歩くことにして、本日は貨物線工事現場に沿って帰館。
 久しぶりに6,500歩を超えた。

9月15日(水) 穴蔵
 睡眠、相変わらず規則的に不規則。
 本日も外出自粛。終日穴蔵。
 午後、昼寝から目覚めて、郵便物を取りに降りたついでに近所の公園まで散歩。面倒で、それ以上歩く気にならない。
 ベンチでボケーーーーッと、久しぶりに晴れた空を眺める。
  *
 2、3年前には毎日のようにヨレヨレのおっさんがいたものである。
 このところ見かけない。半年以上…1年近いか。心配なことである。
 老いぼれ記念日(敬老の日とも申せましょう)の世話人にそれとなく訊ねてみることにしよう。
 おれが二代目を襲名することになるのだろうか。

9月14日(火) 穴蔵/U5H
 曇天、小雨が断続的に降る。
 終日穴蔵。
 昨日少し散歩したが、焼け石に水で、睡眠は相変わらず断片的、アタマは朦朧としたままである。
 サンテレビで見かけた兵庫県庁からの中継映像。
 内容よりも、アナウンサーの背景に映るポスターが気になる。
 私は兵庫/けれども/播磨ですとある。
 何のことかいなと調べてみると「U5H」というキャンペーンらしい。
 兵庫五国連邦(U5H)……兵庫県人は出身を聞かれて「兵庫です」とはいわない(例外は神戸市兵庫区)。
 それなら、兵庫県は日本のほぼ中心にあり、五国(摂津、播磨、丹波、但馬、淡路)から成るのだから、それぞれの「ふるさと」を再発見して、新たに連邦をつくりあげるのもいいではないか。
 おおざっぱにいえば、そんなことらしい。
 去年2月に5つのポスターが作られてスタートしたものの、コロナ禍と重なって、ぜんぜん盛り上がらないような。
 自分のことをいえば、おれは出身を聞かれるとたいてい「播州龍野」と答える。これは「播磨の国・龍野」の略だから、播磨と名乗っていることになるが、本当は「龍野」といいたいのである。龍野はそう有名でないから播州龍野という(場合によっては「姫路のとなりの」という)。
 播磨はほとんど使わない。しいて使う場合はセーバン(西播磨の意味/トーバンと区別する)である。
 さらにいえば、龍野の正式な表記は「たつの市」で、口頭だと龍野と区別できないからいいが、文章では書かない(理由はこちらに書いているとおり)。
 たいていのひとは市町名をいうのではないか。
 特に摂津は使わない。阪神間はすべて市名(神戸、芦屋、西宮)を名乗る。尼崎は微妙で「尼ですわ」といわれても兵庫か大阪かわからないだろうな。
 5枚のポスターのうち「摂津」だけは「私は兵庫/けれども/神戸・阪神です」となっている。
 旧国名を使うのは「淡路」だけのような気がするなあ。
 ちなみに、クルマのナンバープレートは、兵庫県は「神戸ナンバー」(摂津・丹波・淡路)と「姫路ナンバー」(播磨・但馬)の2種類だけである。
 ……とはいえ、このキャンペーン、悪いものだとは思わない。色々しゃべりたいことが出てくるから、むしろ面白い企画だと思う。早くコロナが終息して、盛り上がるよう、「五国豊穣」を願う。

9月13日(月) 穴蔵/ウロウロ
 夜中に目が覚めて、朝までだらだら。
 本日はがんばって昼寝しないことにする。
 薄曇りで涼しく、昼前に(人出のない)淀川堤方向を歩く。
 淀川堤……新御堂の西側で、またもえらい工事が始まった。
 左岸線工事の一環で「中津川北野下水道幹線他建設工事」(日本下水道事業団の発注)、また来春まで散歩道が狭まる。
 堤どころか、下の道路の多くが通行禁止になり、ガーやんがやたら多し。
 水管橋が撤去された跡がまたも掘り返されて、鉄壁みたいなのが作られている。
  *
 ここは、2年前には、水菅橋撤去(河側)は始まっていたが、散歩できた。
 その後、堤が崩され、昨年5月には復旧していた。
 またも工事で、堤防への道は閉ざされた。
 通行可能な道は迷路みたいで、工事現場をフェンス越しに覗こうとするとガーやんが「早く行け」と追い立てる。
 10年ほど……つまり生きているうちに淀川堤を歩くのは無理か。
 午後は穴蔵。
 1時間ほどウトウトしてしまった。
 夕刻、ちょっと一杯。
 もう少しがんばって、22時頃に就眠の予定。
 吉井春樹・白沢真聖・松岡諒の3匹はどうしているのか。続報がまったくない。


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