HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』251

●マッドサイエンティスト日記(2002年9月後半)


主な事件
 ・拉致問題その他(17日〜)
 ・Moriyama JAZZ NIGHT 2002(22日)

2002年

9月16日(月)
 世間はたぶん3連休最終日のはずである。
 テレビのニュースでは、姪を人質に立てこもり男、28時間後に踏み込んだが姪は刺殺されていた。「姪」を11人に、28時間を20数年に置き換えれば、明日の小泉の訪朝、いっしょではないかと、嫌な予感。これ、後知恵にあらず、よくやる「ゲン担ぎ型近未来予想」である。
 7時過ぎに、専属料理人と電車で播州龍野の実家に移動。
 老母の冷蔵庫補充と、専属料理人に何品か保存用のを作らせる。
 夕刻帰阪。

9月17日(火)
 6:45に小泉載せたの政府専用機、羽田を離陸。
 中継を見たいが、ネクタイしての仕事があり、本町方面へ。
 夕刻帰宅。直ちにテレビニュース。小金ちゃんは空港には出てこなかったらしい。
 17時頃から拉致11人中、4人生存確認、後は死亡。横田めぐみが死んで「娘」がそれを確認してというのが凄い。小金ちゃん、よく認めたものだが、特殊機関の暴走というのが白々しい。
 17:30に署名式。握手の場面、身長は小泉よりわずかに低いだけ。すごい底上げブーツのようであるなあ。全身がなかなか写らない。特に注目の足元は全然写っていない。
 それにしても日本の平均寿命からいって、みんな「若死に」である。
 夕刻、拉致被害者の家族の会見。「社民党の議員は何をやってきたか、意見があれば直接言ってこい」というセリフ、新聞ではカットされるのだろうが、もっと大きく扱うべきだ。「地上の楽園」を喧伝した朝日新聞しかり。
 22時過ぎまでニュース、さすがにうんざりしてきた。

9月18日(水)
 急に涼しくなった。
 終日、「ネクタイしての仕事」で拘束される。
 午前中本町、午後は西明石へ。
 移動の車中、昨日の「歴史的会談」についてどう報道しているか、朝日と産経を読み較べる。
 朝日の一面「木村伊量」という政治部長の署名記事に仰天。「痛ましい。やりきれない。」という感想から始まって、途中「こんな無法者の国と国交を結ぶ必要がどこにあるのか。」とあって、そりゃそうだと思ったら、すぐ後ろに「(と)釈然としない思いに駆られる人も少なくないだろう」と続いて、アレ? なんと、「そもそも日朝の不正常な関係は、北朝鮮ができる前、戦前、戦中の35年にわたる日本による朝鮮半島の植民地支配に始まる。」と続く。
 これ、小金ちゃんの発言を、順序を置き換えただけではないか。
 小金ちゃんは「日本の植民地支配という歴史の上で」と責任逃れしておいた上で「遺憾な事件が起こった」と拉致を認めたのである。同じことを「木村伊量」が繰り返しているに過ぎない。伊量は小金ちゃんのメッセンジャーホーイか?!
 朝日と産経は、「疑似左翼」対「疑似右翼」、「偽善」対「偽悪」とおれなりに位置づけて、おれはだいたいリベラルな立場にいるつもりなのだが、こちらがどっちかへシフトしているのだろうか。……と、朝日はこんな時でないと読まないのだけどね。(※)
 土井たか子のコメント、どこにもなし。どうするのかねえ。辻元は辞めて「沙汰待ち」だけど。

 ※これ、「偽善」より「偽悪」にダンディズムを感じるという程度のことで、深い意味はない。
 購読紙は時々替わる(替える)が、洗剤がほしいからではなく、バランス上のことで、たいてい、4紙のうちの2紙併読である。……朝日も読むが、どうも1997年7月5日以来、紙面を開くのに警戒するクセがある。理由は当時からここに記載しているとおり。襖を開けたら座敷にヘビがとぐろを巻いていたような体験で、まだその影響が残っている。(2002.10.21)

9月19日(木)
 本日も朝から「ネクタイしての仕事」。昼まで。
 本町で終わったので、昼過ぎにかんべむさし氏の仕事場に寄る。
 北朝鮮ウォッチャー・かんべ、この2日間、やや昂揚状態らしい。今後の展開についての予想を聞く。
 人権意識が本質的に違うことが、小金ちゃんの「真意」を測る障害になっているという点で意見が一致する。
 夕方のニュースで、拉致死亡者の死亡年月日が「やっと」発表、外務省がおさえていたというが、「同日死亡」に驚く。前に「若死に」と感じたのは日本の平均寿命に較べてであって、これは明らかに「処刑」だな。

9月20日(金)
 ほぼ終日「穴蔵」。
 産経の朝刊に「共産主義国家の犯罪/『人命は羽毛よりも軽し』」という出色の記事。
 筆者は(モスクワ 斎藤努)とある。
 北朝鮮は「スターリニズム国家」だから、金正日は人命なんて羽毛より軽く考えているという「正論」。拉致を認めたことで金正日がはまった「陥穽」まで指摘している。
 ……同姓同名でも、もし北朝鮮へ行っても「ハッピー」としかいわないような某放送局のアナウンサーとはえらい違いだ。

 夜、衛星放送でキューブリック『突撃』を見る。やはり傑作である。なんだか拉致事件にあわせたようなタイミングの放映である。

9月21日(土)
 名古屋から犬山経由、可児市へ。
 Moriyama JAZZ NIGHT 2002である。
 犬山泊。

9月22日(日)
 犬山市から木曽川に沿った下流、江南市に30年前にいた工場があるのだが、今回、途中下車する気分にもならずパス。名古屋駅で、静岡へ行くという専属料理人と別れて、昼前に帰宅。
 午後、関テレで滝川雅弘さんが音楽を担当しているドキュメント「大和川の漁師たち」を見る。
 漁よりも湾岸警備の場面が面白く、ジャズも似合っている。

9月23日(月)
 ネットでR・L・フォワードの訃報。9月21日に亡くなられたらしい。先日、大迫公成さんから聞いていたのがこの話であったのだが……。ハードSFの偉大なブレインが消えたことになる。実はまだ心配な話もある。日本のハードSFに隆盛の気配があるのに、アメリカはどうなるのか。
 終日穴蔵。
 今頃だが、大山史朗『山谷崖っぷち日記』(角川文庫)を読む。畳一畳を3部屋に拡大すれば、これに似た生活はできないではないのだが、やはりおれには意志の弱さがあって無理だな。山谷住人の階級差は簡易旅館宿泊者と路上生活者の差より、食べ物を漁るか否かにある……その他、目からウロコ数十枚落ちる。

9月24日(火)
 専属料理人、まだ帰ってこないので、朝から洗濯と植木鉢に水。
 『山谷崖っぷち日記』に倣って「方丈」の世界に閉じこもっていたいが、「食べ物を漁る」(正確には、家族の食べ物を買う日銭を稼ぐ)必要あって、「ネクタイをして」でかける。
 午後8時まで、やっぱり疲れるなあ。
 夜、専属料理人帰宅。静岡のしらすおろし、黒ハンペン、アジの開きでビール、焼酎。

9月25日(水)
 本日も「方丈」の世界にはこもれず、ネクタイして食べ物を漁りに出る。
 しんどいことである。

9月26日(木)
 終日穴蔵。……が、なかなか方丈の世界にはこもれず、集合住宅関係のもめ事数件が持ち込まれる。困ったものだ。ペット関係のトラブルが急増、「調停」は理事長の役割と規定されているものの、おれにはいちばん苦手な役割なのよね。むき出しのエゴに接するほど嫌なことはない。たかがペットのことでねえ。……ホンネをいいたくもなるのよね。「その犬、あんたが思っているほど誰も可愛いとは思ってまへんで」「日本やから食われんで生きてまんのやで」

9月27日(金)
 朝刊に鮎川哲也氏の訃報。9月24日に死亡、密葬であったらしい。芦辺拓さんの胸中は……おれに置き換えれば、小松さんの訃報に匹敵するであろうか。
 早朝の電車で播州龍野の実家に移動。
 1週遅れの彼岸ということで形式的墓参り。
 5月から住み着いている「墓守蛙」(5月5日)、なんと墓石模様に変態して、ちゃんと墓を守っている。
 off
 立派なものだ。同じ「変態」でも、今岡清とはえらいちがいだ。
 夕刻帰阪。

9月28日(土)
 わが「タイムマシン関係」のパートナーが来穴蔵。「応接室」にて午前中打ち合わせ。
 ウズベキスタンから、今度はベトナムか。
 夕刻、今度はかんべむさし氏来穴蔵。
 ビール飲みながら、北朝鮮関係についてレクチャーを受ける。とても書けないことばかり。ははは。

9月29日(日)
 終日穴蔵。
 平穏な日である。

9月30日(月)
 典型的な秋雨である。ネクタイして「食べ物を漁りに」出る。
 いろいろややこしいこと多い。
 しまった……NHKの朝の連続ドラマ『まんてん』が本日スタートであったのだ。確か再放送も終わっている時間。
 まあ、しかたないか。時々「食べ物を漁りに」出かける以上、連続ドラマを欠かさず見るなんて不可能だし、もともとテレビはほとんど見ない生活なんだからなあ。ロケット場面の時だけ注意して、総集編を楽しみにするか。
 明日は久しぶりに上京(小松左京賞)だが、方丈の世界に馴染んでしまうと、だんだんと出不精になる。結局、日帰りの切符を手配する。
 


『マッドサイエンティストの手帳』メニューヘ [次回へ] [前回へ]

HomePage