『マッドサイエンティストの手帳』753

●マッドサイエンティスト日記(2021年4月後半)


主な事件
 ・穴蔵の日々


4月16日(金) 穴蔵
 曇天なり。
 終日穴蔵。
 本日、だいぶ迷ったが、やはり神戸行の用件は中止する。
 ここ数日の大阪の感染者数は尋常ではなく、わが予想では来週初めまで(日月は数字は落ちるとしても)まだ増加するとしか思えない。
 兵庫(尼崎から神戸)も同様である。
 マンボウ発令(4月5日)からまだ11日。数字に現れるとしても20日以降だろう。
 期間中は「越境」しないことに決めた。
 工事音がうるさいが、穴蔵にて資料を読んで過ごす。
 昼は白エビの掻き揚げと蕎麦で、ま、ちょいと一杯。
  *
 天ざるで一杯というのは、月に1度くらいある「昼呑みメニュー」である。3月は若ごぼう(葉ごぼう)の掻き揚げであった。
 夕刻のニュースでは大阪の感染者1,209人。
 昨日より1人増加とは劇的な。

4月17日(土) 穴蔵
 浅田。久しぶりに朝だ雨。ちょっと違う気がする。どうでもいい……と眉村さん的な朝である。
 本格的な雨である。
 終日穴蔵。
 雨にも負けず、土曜日にも負けず、大規模修繕工事は行われる。立派なものだ。
 ベランダにとつぜん作業員諸君が2,3人が出現するから、落ち着いて机に向かってられない。
 ほぼ終日(ベランダから離れた)ベッドで資料を読んで過ごす。
 たちまち夕刻。
 夜のメインはアクアパッツア。
  *
 専属料理人がいちばん近い食品スーパー(中津のgoodyという)でバカ安のなんとか鯛を買ってきて捌いたとか。
 ビール、白ワイン、最後にリゾット。まあまあ。
 明日はコロナロコモ予防のために少しは歩こうと思いつつ、早寝するのである。

4月18日(日) 穴蔵
 晴れた日曜日である。
 日曜が楽しみとは久しくなかったことだが、このところ工事音がしないのは日曜だけだから。
 穴蔵にこもっておればいいはずだが、不要不急でない仕事(ビールの買い出し)があり、昼前に外出。
 天気がいいので、ついでに人通りのない道を自転車でウロウロ。
 源助はんに倣って、花見より墓見である。
 久しぶりに南浜墓地へ行ってみたら、古い社?が取り壊されて、碑(行基菩薩開墓南濱墓所)だけになっている。
  * ←  *
 ↑以前は右側の写真のようだったのである。
 奥の墓地はそのままだが、ちょっと入りづらい。
 大阪七墓の残り少ないひとつだが、どうなることやら。
 ビール買って帰館。
 午後、急速に曇って、時々雨が降ったり、不安定な天気になった。
 DVDで『吾輩はカモである』を見る。
 45年ぶりではないか。前に(初めて)見たのは、神戸で筒井さんが主催された上映会であった。
 野田さんがわざわざ東京から来られてたのを覚えている。
 やはり大傑作。今回、字幕がよくできていて、言葉のギャグがよくわかった。ハーボは無言だからいうまでもない。
 たちまち夕刻。
 一杯呑んで早寝させていただく。
 わ、大阪は1,220人だ。

4月19日(月) 穴蔵
 快晴で工事日和である。作業員諸君、張り切って仕事しておるな。
 結構なことであるが……うるさくてアタマを使う仕事は無理である。
 4月8日に公表された小室圭文書をアタマ使わずに読む。
 20数枚とか報道されていたが、わが算定では400字詰め97枚である。
 中篇の分量だが、同じ文言の繰り返しが多くて、くどいのをがまんすれば、短篇を読む程度のもの。
 タイトルはついてないが「小室佳代と元婚約者の間の金銭トラブルが、小室側の借金によるものではない(借りたものではない)」という釈明である。
 長すぎるとか、新米弁護士が書きそうな文書とかの意見もあるようだが……これは民事訴訟で提出される書証だろう。
「元婚約者が小室佳代に貸金の返済を求めた訴訟」(佳代被告)か「小室佳代が元婚約者と週刊現代を名誉棄損で提訴した裁判」(佳代原告)が生じたとして、その佳代側の準備書面といっしょに提出される小室圭の書証のような印象である。
 どちらの訴訟も起こされてないのに書証だけがとつぜん出てくるというのもヘンなものだ。
 こんなもの出して何か進展すると考えてるとすれば、弁護士を目指す人物としては、根本的に資質に欠けていると思わざるをえない。
 しかも4,5日して「解決金を支払う用意がある」とか言い出したとか。
 はて、架空の裁判に対して和解勧告が出たということか。
 その意図がさっぱりわからん文書だ。

4月20日(火) 穴蔵
 快晴で工事日和である。昨日と同じ。
 出歩こうかと迷うが、本日は「高圧洗浄」で「ベランダの外から水流を浴びせるから、ドアの下部は雑巾かタオルで防御せよ」といった意味の通知がくる。
 どうなることかと緊張して待ったら、昼前に、わが小便程度の水流で壁を洗って終り。
 午後は少しは仕事もするのであった。
 結局、終日穴蔵。
 夕刻、大阪は緊急事態宣言の要請。感染者は1,153人。予想より遥かに少なく、高どまりであろうか。
 いずれにしても、引きこもりの日がつづく。
 夜は標準的メニュー。
  *
 枝豆、ヤッコ、肉とオニオンの炒めたん、根野菜のなんたら、葉野菜のかんたらでビール、酎ハイ。うまっ。
 早寝させていただく。

4月21日(水) 穴蔵
 快晴。絶好の工事日和である。昨日と同じ。
 ベランダ(机から1.5メートル)で金具などのペンキ塗りが始まった。
 落ち着かぬことである。昼間のアタマ使う仕事は断念、雑多な表計算の作業に切り替える。
 昼、朋あり近郊より来る。
 某さん(坊さんでもある)から電話あり、これから故郷の小夏(宮崎では日向夏)を届けてくれるという。また楽しからずや。
 毎年、5月初めが多いが、今年は少し早い。ありがたいことである。
 youtubeで新御堂中継カメラを見てたら、黄色い小型FIATが降りてくるのがわかる。
 玄関を出たら、近くにFIATが駐車していた。
 小夏を大量にいただく。ここ数年のパターン。10分ほど雑談。
  *
 ちなみにこの場所(商業ビル前)は由緒ある場所で、昔、ルン吉くんが寝ていた場所であり、井上剛さんとバッタリあった場所でもある。
 SF名所として登録できないものか。
 などと愚考しているうちに夕刻。
 夜は和風ハンバーグなどで一杯。さっそくサラダに小夏のドレッシング。酎ハイに小夏絞る。うまっ。
 チャーリー浜(浜裕二の方が馴染み深いが)の訃報。寂しいじゃあ〜りませんか。

4月22日(木) 穴蔵/ウロウロ
 快晴。絶好の工事日和である。毎日同じ。
 本日はベランダの金具、エアコン室外機、ドアをビニールシートで覆い始めた。
 落ち着かず、午前中外出することに。
 納税関係のことで播州龍野へ行かねばの娘状態だったのだが、大阪に切り替えられることになった。
 金融機関まで出向く。人出の多そうな梅田は避けて、天六の金融機関へ。
 ついでに、久しぶりに天五まで歩く。
 先日来、明らかに脚の筋肉が弱っている。歩かねばならぬ。
 と、天神橋筋と天五商店街との交差点の南側(浪花町)……青空書房の最終店(坂本さんの亡くなった家)が取り壊し?
  *
 ……かと思ったら、更地はひとつ南側の通りであった。ほっ。「出世印」の司研堂(黒ネットの建物)は外壁塗装中。
 最後の青空書房は生前からの約束で、司研堂さんの倉庫になり、(書籍はないが建物は)そのまま残っていた。
 しかし、しばらく来ないうちに、街並みは変わっていくなあ。
 天五商店街を抜け、中崎町の路地をうろうろして帰館。7,000歩を超えた。
 午後は穴蔵。
 たいした仕事はできぬまま。

4月23日(金) 穴蔵/ウロウロ
 快晴らしい。ベランダ側がすべて半透明シートで覆われて、外が見えなくなった。
 たぶん絶好の工事日和。こればっかり。
 穴蔵にて、少しは仕事もするのであった。
 しかし歩かねばならぬ。
 昨日歩いたら左大腿部の具合がよろしく、やはりじっとしていると筋力が衰えているのであろう。
 午後、お代官様の言いつけを破って、人通りのない貨物線沿いに30分ほど散歩する。
 梅田貨物線の豊崎中公園の前、重機が入って本格的な工事が始まっている。
 貨物線の高架にえげつない鉄骨を差し込む工事らしい。
  *
 梅田貨物線が新御堂筋の高架と地下鉄御堂筋線の間を抜けて、地下に潜り込む予定の場所。
 ここに歩行者ボックスができる予定。完成まであと1年かかる。
 淀川方面に抜けるには、ここがいちばん便利な通路になるだろう。生きてればだが。

4月24日(土) 穴蔵
 外は晴れているらしい。よくわからん。
 カーテンとビニールシート越しに作業員諸君の姿がうっすら。頑張ってはるのだ。
 終日穴蔵。
 出歩くことなし。明日からの緊急事態に備えて庶民が繰り出しているに決まっている。
 たちまち夕刻。
 串カツで一杯。早寝。

4月25日(日) 穴蔵
 3回目の緊急事態、第1日である。
 晴れのようである。外の天気はよくわからん。
 日曜で、工事音はなく、静かである。
 終日穴蔵。新しいSFについて色々考えること多し。
 午後30分ほど、お上の言いつけを破って(医師の意見にしたがって)人のいない道を選んで散歩。
 歩行機能維持のためであり、お代官様、どうかお許しを。
 外は快晴、初夏のような。
 公園の隅で雑草を眺める。
  *
 播州龍野の新緑はこんなものではないはずだが……今年も無理か。
 たちまち夕刻。
 夜は鉄板焼きで盛大にビールを飲む。

4月26日(月) 穴蔵
 早寝したら午前2時に目が覚めた。
 朝までベッドで雑読。
 本日も快晴(らしい)。
 緊急事態2日目。お上の言いつけを守って終日穴蔵にひきこもる。
 幸い工事音はほとんどなく静かである。
 ただし睡眠が不規則になった。
 資料(7編)を再読、1編読むたびに、仮眠、食事、テレビ、その他の雑事を挟み、たちまち夕刻。
 本日は休肝日で、夜も不規則パターンが続く。
 気がつけば日付が変わって午前2時である。
 24時間中に5回うたた寝、計9時間くらいの睡眠か。
 朝まで眠れそうにないな。

4月27日(火) 穴蔵
 朝、2時間ほど眠ったが、工事音で目覚める。
 本日も快晴(らしい)。こればっかり。
 昼前に穴蔵のベランダ塗装が始まり、午後にガラス戸を覆っていたシートがはがされた。
 6日ぶりに視界が晴れる。
 まだ外には足場とネットが組まれているが、まあ、これなら緊急事態期間中、引きこもって過ごせるであろう。
 午後、某zoom会議。3時間の議論になった。
 フレンチ、イタリアン、中華から2品を選べというようなものか。これはつらい。
 結果はこちらに。
 たちまち夕刻。
 専属料理人が色々並べた。
  *
 小夏とアボガドのサラダとか鯖パスタとか。こちらは2品ではなく、全部選べるからありがたい。
 ビール、ワイン、焼酎、冷酒……こちらは全部はだめなので、2種類に留める。
 本日は早寝。

4月28日(水) 穴蔵
 曇天なり。
 早朝(といっても6時過ぎ)紀州のドンファンの元妻を殺人容疑で逮捕のニュース。
 しばらく(緊急事態中)楽しめるなあ。和歌山県警のボンクラ市民への配慮に感謝する。
 天候悪く、塗装工事は延期。静かな一日となる。
 終日穴蔵。
 ヨータイ通信を送っていただいた。
 ヨータイの社内報(月刊)の5月1日号。
 新入社員の写真などに並んで、3月22日に日生工場へ取材に伺った記事が掲載されている。
  *
 昔は「窯耐通信」で、日生工場総務課が発行していた。
 1957年4月1日に入社した眉村さんが制作を担当したのがこの社内報である。
 5月1日号には、「村上卓児 日生工場勤務を命ず」の辞令が載り、ひなせ句会の欄にはさっそく村上卓児さんの俳句が登場している。
 64年後に私の写真が載るとは……面映ゆいというか、感無量である。
 取材の成果は……たぶん6月に。

4月29日(木) 穴蔵
 定刻午前4時に目覚める。通常の生活パターンに戻った。
 朝だ。久しぶりに浅田飴。
 世間は休日。ベランダの工事もなく、絶好のひきこもり日である。
 終日穴蔵。
 たちまち夕刻。
 本日の感染者、大阪は1,172人で、高止まりがつづく。マンボウ発令から3週間以上経っているから、マンボウ効果はゼロであったことになる。
 緊急事態は25日からで、効き目が出るとしても5月10日頃から。連休中は相変わらず1000人くらいで推移か。
 ニュースでは大阪の人出が減ったと報じているが、悪天候だからに決まってるだろう。
 むろんおれはお代官様には逆らわず生活いたしますが。

4月30日(金) 穴蔵
 晴れて工事日和。
 工事音がうるさく、とつぜんベランダに作業員が現れたりして驚くが、カーテン越しだから、向こうからは見えないだろう。
 落ち着かない気分で、終日穴蔵。
 月末と連休前が重なって、非SF系雑事が数件入る。
 ま、後期高齢者の仕事としては、こんなものだろう。


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