HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』232

●世間は狭い!


 マッドサイエンティスト日記特別編である。
 単に世間は狭いというだけのことだが、ここまで重なると……


 SF大賞その他で久しぶりに上京した。これにからんで、周辺で、世界はこんなに狭いのかと驚くことが連発。偶然とも思えず、まあ、長いこと生きていると、それだけで面白いことがあるものだ。
 単に世間は狭いというだけのことだが、ここまで重なると……

東浩紀氏
 SF大賞のパーティ会場で『存在論的、郵便的』の俊才・東浩紀氏に会った。まあ、筒井氏編の同じシリーズに載ったこともあるのでご挨拶。初対面である。
 で、じつはわが甥っ子が表象文化論を勉強中。近い分野だろうとは思っていたので尋ねてみると、「堀くんは高校も後輩になるのでよく知ってます」……世間は狭いなあ。  
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 写真は永瀬唯/堀/東浩紀
 甥というのは堀潤之という。わが兄の長男である。現在パリ留学中だが「赤貧生活」(←本人の弁)だとか。だが、四方田犬彦氏との共編著でゴダールの映画論集を出すなど活躍しているので、ちょっとだけ紹介させていただく。
 『ゴダール・映画・歴史 「映画史」を読む』(産業図書)  
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 他にも『不服従を讃えて 「スペシャリスト」アイヒマンと現代』(産業図書)(高橋哲哉との共訳)がある。
 帰阪して、さっそくパリにメールで報告。「アルファビル」があるから、SF映画論も書いてくれるようにと伝える。

飯田栄紀氏
 その翌日……
 東京TUCで、インターミッションの間、ビール飲みながら顔見知りと挨拶などしていたら、隣で静かに本を読んでいた方が、
「ひょっとしたら堀晃さんですか?」
「そうですが」
「飯田と申します。上山高史さんのCDで上山さんの経歴紹介を書いたのが私てです」
 ええーーっ!
 上山高史さんのCD「THAT OLD PIECES」でユーモアあふれるプロフィルを執筆されている飯田栄紀さんなのであった。  
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 上山さんは、いずれ紹介しようと思っておられたらしい。そんな人と隣り合わせとはなあ……。
 この飯田さんの経歴も凄い。早稲田ジャズ研の出身で、学生時代には、なんと小山彰太さんと合宿同然の生活であったとか。……森山さん〜小山さんという繋がりでもあるし、だいたいぼくは、75年に、沢井原児カルテットでドラムを叩いていた小山さんを大阪ハチで聴いている。たぶん、その「合宿生活」からそれほど時間が経っていない時期のはずである。
 なんと20年以上前から、どこかで会っていて不思議ではない間柄であったのだ。
 この日の偶然は、まあ、時間の問題であったのかもしれない。

ポール井上こと井上剛氏
 日本SF新人賞の井上剛氏、その受賞の挨拶にはみんな大笑いした。さすが関西の有力新人である。
 で、帰阪。日常に戻った。
 3月5日、啓蟄には早いが、所用あって「穴蔵」から這い出て、表に出た。
 昨夜、「SF Japan」4号で、『マーブル騒動記』を読んだばかりである。
 で、舗道を歩き出したところで、向こうから見覚えのあるマッシュルームカットの青年が歩いてくる。
 見間違うはずない。ポール井上である。
 「よう、しばらく」
 「あ、その節はお世話になりまして」
 なんと約80時間ぶりの再会である。
 「こんなとこで何してるねん」
 「ここの6階が勤務先なんです」
 「なぬっ!」
 ……住まいが小林泰三氏のところに近いとは聞いていたが。通信サービス業勤務とは書いてあったが、まさか職場がこんな場所に!
 off off off
 そのビルとは、昨年12月まで、ルン吉くんが寝床にしていた舗道のあるビルである。わが「穴蔵」とは、6メートル幅の道路を隔てて向かい側。
 「ここに毎晩寝てたルンちゃん、知ってるやろ」
 「いつも寝てましたね」……こちらもおなじみなのである。
 証拠写真として、ルン吉くんの寝床だった同じ位置で記念撮影。
 ルン吉くんが去ってポールが来たということか。
 しかしなあ……
 わしがパソコンに向かっている位置から直線距離30メートルのところでポールが仕事していると思うとなあ。
 パジャマでコンビニに行きにくくなるなあ……。

井上剛『マーブル騒動記』
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 日本SF新人賞受賞作で「SF Japan」4号に一挙掲載されている。
 選評にあるとおり、「狂牛病騒動」を先取りしたような作品で、この予見性は凄い。いや、予見的ということが評価のポイントではない。狂牛病で色々報道された食肉関係情報が、すでに過不足なく書かれていて、まずその手抜きのなさに信頼感が感じられる。物語は知性を持った牛にテレビマンが関わることから始まる。ユーモア感覚も優れていて、見事に読ませる。軽いタッチだが、ディテイルの信頼感できちんと読ませるところがいい。
 前半の政治家や動物愛護団体の描写がカリカチュアライズされすぎのようにも思うが、これも後半の、特に官僚のしたたかさの伏線として計算されている。
 物語の展開もエスカレートのさせ方はなかなかうまい。
 時代感覚から「牛」を選んだ嗅覚は鋭いが、この作者は、宇宙人を選んでも怪獣を選んでも鉄を食う人間を選んでも、おそらく同じレベルで書ける人だと思う。
 それだけに、これからの題材が楽しみである。
 選評では『山椒魚戦争』と比較されているが、ぼくは(視点は違うが)『日本アパッチ族』を思い出した。
 ただ『日本アパッチ族』が食鉄人種の革命にまで至るのに較べると、一過性のパニックであるところは、やはりスケールが違う……などと、小松さんと較べるのは酷だな。ここでいいたいのは、小松左京がいかに途轍もない新人であったかということであって、その後の新人(おれのことね)はやっぱり小粒だと実感。あ、話が脱線してしまった。
 ぼくは子どもの頃、実際に近所の家で飼っていた牛を見ている。
 それだけに、作中の牛描写(特に重量感など)は的確であると感心した。


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