『マッドサイエンティストの手帳』852
●マッドサイエンティスト日記(2025年5月前半)
主な事件
・トラッドジャズ@ニューサン(6日)
・中之島クロス(9日)
森下一仁『エルギスキへの旅』(プターク書房)
眉村卓『傾いた地平線』(小学館 P&D BOOKS)
『星群 95』(星群の会)
5月1日(木) 穴蔵/ウロウロ
目覚めれば午前3時……寝過ごしか早起きかよくわからん。自然に4時起きに戻ればいいのだが。
未明の鉄道番組は車窓紀行「桜の園 まほろばの里」? 見る気にならず。マジメに机に向かう。
朝。晴。好天なり。
・午前、昨日の積み残しで外出。
天六で銀行関係処理、あと「部品」関係のことで天五の中恒へ行ったら、昨年、天八へ移転して、天五の店はテナント募集中になっていた。
中恒さんは、毛馬でタイムマシン業を始めて以来お世話になってきた機械部品店。創業70年を超えるはず。
*
↑4階建てのビル(写真左側)は「中恒ビル」だから、部品事業は縮小、ここはテナントビルにするということだろう。
天神橋筋と天五中崎町商店街の交差点だから、こちらが心配することもあるまい。
ただ、青空書房につづき、長年のつき合いが天五から消えていくのは寂しい限りだ。
あと、天八まで歩き、中恒の移転先を確認。長柄橋の手前に新店があった。本日は寄らないが、ご自宅なのかも。
わがタイムマシン業も実質終息。毛馬周辺で半世紀以上つづいた事業は消滅していくのだろう。
長柄まできたついでに毛馬閘門まで歩く。
淀川大堰閘門は相変わらず開閉の気配なし。
蕪村公園を抜け、毛馬橋から毛馬閘門を眺める。
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淀川よりも大川北端の方に風格が出てきたような(半世紀前に旧閘門が取り壊された時にはがつかりしたものだが)。
昼になったので、久しぶりに長柄西のSano惣でカツカレーを食す。うまっ。
天八からバスで帰館。
・午後は穴蔵にこもる。
BSで『E.T.』をしばらく見るが……30分ほどでやめる。
もうテンポが合わないというか……名作だが1度でいい作品なのだな。
5月2日(金) 穴蔵/ウロウロ
4時に目覚める。長年の定刻に戻ったか。適度の運動がよかったような。
朝だ雨だ。
終日穴蔵……のつもりだったが、昼食時に雨がやみ、食べ終わった頃に晴れてきた。
しばらく休憩の後、本日も歩くことにする。
西回りコース。貨物線工事現場から阪急中津を抜け、大淀の里山を散策。
*
雨上がりで、人がほとんど来ないのがいい。
あと、スカイビルからうめきたを東に抜け、ヨドバシ〜紀伊国屋書店〜ジュンク堂を回って帰館。
6000歩ほどになった。
あとはまた穴蔵にこもる。
5月3日(土) 穴蔵
祝日。晴。4連休の初日。
絶好の行楽日和らしく、人出が多いことであろう。
終日穴蔵。
一歩も出ぬまま夕刻となる。
いい日であった。
5月4日(日) 穴蔵
4連休2日目。晴。絶好の行楽日和なので、終日穴蔵で過ごすことにする。
時々ニュースを見る。よくこんなにと思うほどアホばかり。
すべてが嫌になって小学生の列にクルマで突っ込むアホ、元交際相手の死体を自宅に隠して海外へ行ったアホ、包丁振り回すアホ、刺すアホ、極めつけは海外で、ローマ教皇を真似た写真を公開するアホ……
まったく「すべてが嫌になって」くるなあ。
健康に良くないので、午後1時間ほど運動。専任料理人についてスーパー往復、液体系重量物の運搬を行う。
A先生のアトリエ前を通過する。
*
ツツジが鮮やかであった。
また穴蔵に戻る。
しばらく読んだ本のことを書いてない。しばらくどころか、2年以上になる。
白内障以来、近距離を見続けると目が疲れやすく、読書量が落ちたが、読んでないわけではない。
気分を入れ替えて、これからしばらく本のことを書いておこうと思う。
森下一仁『エルギスキへの旅』(プターク書房)
森下一仁さんの久しぶりの長篇。なんとシャーマニズムSFである。
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世界を“騒乱”が襲った数年後、ぼくは死亡(行方不明?)した母の消息を調べに、まだ廃墟が残る道を、父と自転車で数泊の旅に出る。京浜間のどこからしい「エルギスキ」という町。巨大な盆地状の町には極東ロシアから移住してきた人たちが棲みついていた。そこでぼくはひとりの少女に惹かれ、移住することになる。町では不思議な儀式と、「研究所」ではシャーマン文化と最先端技術を融合させる実験が行われていた。ぼくには(遺伝子解析から)シャーマンの資質があるらしいことが判明するのだが……
シャーマニズムをテーマにしたSFが過去にあったかはよく知らないが、シャーマンの超能力(?)と最新のAI技術(とは書かれてないが)を結びつけるなど、いかにも現代的だなと思ったら、なんとこの長篇、30年以上前(1991〜94)にSFマガジンに不定期連載された長篇である。このたびクラウドファンディングで書籍化されたという。知らなかった。
まったく古びていない、というより、すごく新鮮に感じるのは、技術的な理屈部分を抑制して、主人公の幻覚(?)描写に重点が置かれているからだろう(たとえば、鳥にさらわれ巨木に貼りつけられた主人公が、葉脈を見つけ、樹液に流れに逆らってその源流をたどり、幹から根の先端を経て地下空間に入り込む描写など)。それに少年期から数年間の奇妙な恋愛感情(こちらが物語の軸となる)の描写も見事だ。
後半、舞台はシベリアへ、さらに……と拡大するが、これ以上は触れないでおこう。
このような資質を与えられた主人公が「幸せ」なのか、読み手によって大きくちがうと思う。それは「幼年期の終り」でも「都市と星」でも同じであって、つまりそれだけ「SFの本質」に迫っているといえるだろう。
ある意味「古典的風格」のある長篇で、今出版される意義は大きい。
5月5日(月) 穴蔵
4連休3日目。ガキの日。晴。絶好の行楽日和なので、終日穴蔵で過ごすことにする。
テレビはアホばかり出てくるので見ないことにして、ほぼ終日本を読んで過ごす。
眉村卓『傾いた地平線』(小学館 P&D BOOKS)
眉村さんの『傾いた地平線』がP&D BOOKSに入った。『燃える傾斜』『EXPO'87』につづいて3冊目。
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原著は1981年に刊行されている。『消滅の光輪』のあと、作風が大きく拡大していく時期で、その後の「私ファンタジー」系につながる最初の長篇である(短篇は「あの真珠色の朝を…」1973?と思う)。
再読、やはり傑作である。
大阪SFとしては、宇治電ビルが克明に描写されている。これは貴重だ。
なによりも嬉しいのが日生での生活描写で、短編やエッセイにも色々出てくるが、この長篇がいちばん細部まで書き込まれている。その多くを忘れていた。
日生で柔道部をつくる話とか、工場視察に来た役人を観光船に乗せて島巡りする話なども面白いが、今回最大の発見は、最初の赴任時代に総務課長と社内報の校正で岡山へいっしょに出かけるエピソードである。課長は映画好きで「映画監督になろうと思った時期があってね」「家を飛び出して、映画会社を訪ねたこともある」などと打ち明ける。帰路、岡山でいっしょに『挽歌』(1957)を見る。年代から、これは実話だろう。その後、その課長は役員になり社長になったとある。
この課長は大森侃二氏である(これはヨータイにも確認した)。村上青年に沢井あきら名で「霧に沈んだ人々」を「窯耐通信」(今のヨータイ通信)に連載させたのも大森課長であることに確信が持てた。おそらく、村上青年のSF好きが、自分の映画好きと同質と思われたのだろう(これは推定)。
『眉村卓の異世界通信』の日生ルポには書かなかったが、この取材の時、1956年の「窯耐通信」に載った小津安二郎『早春』の詳しい紹介記事を読んでいる。池部良・淡島千景主演のこの作品のロケが日生工場で行われたのだから、社内報での紹介は当然としても、その記事は映画誌のレベルで、鋭い映画評まで書かれていた。大森課長自ら執筆されたと思えば合点がいくのである。
さらに、こんな想像もする。眉村さんの入社が1年早かったら(あるいは『早春』の制作が1年遅かったら)、村上青年が池部良の取材に同行する機会があったのではないか。その結果どうなるか……
個人的な面白がり方ばかり並べてしまったが、今回再読して、体験とフィクションの間合いというか微妙な距離感を色々学ばせてもらった気がする。
5月6日(火) トラッドジャズ@ニューサン
やっと4連休の最終日。朝だ雨だ。未明から本降り。
絶好の穴蔵日和である。
ただし本日は出かける用事あり。
午後に雨はあがった。天に感謝して梅田へ歩く。ニューサントリー5へ。
Traditional Jazz Festival ……はじめての試みである。
ODJC関係のトラッドジャズ6バンド+ゲストで、ジャムセッションも加えて次々演奏する「小さなお祭り」。
13時から6時間。会場はニューサン。つまり日曜日の「昼下がりライブ」の拡大版である。
大混雑になるのではと心配していたが、前列あたりは「ごひいきバンド」の席で、事前にリクエストしておけば座れる方式。
ラスカルズでお願いしていたので、その出演時間は最前列で聴かせていただいた。皆さん紳士淑女である。
ラスカルズには加藤平祐さん(cl)と池本徳和さん(tp)が参加。
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加藤さんは河合良一さんから譲り受けたクラリネットを持っての参加。何よりもこれが聴きたかったのである。
ラスカルズ40分、引き続き、7年前までは定期的に演奏していたが、今は(東京に戻った)加藤さんの来阪時のみ集まるキッチン・ファイブの演奏もあり。
1時間半ほど、加藤平祐さん(河合良一さん)のクラリネットの音色を満喫した。
引き続き後ろの方の席に移って聴けるのだが、相当混み合っており、これで満足(That's a Plenty)気分になったので、このあたりで失礼する。
夕暮れの梅田を歩いて帰館。
気分の重い(世間の)長い連休だったが(わたくしには)最高の終わり方になった。
5月7日(水) 穴蔵/ウロウロ
少し早起き。2時半に目覚める。やっと連休明けという期待感からか。
・BSで『エイリアンVS.プレデター』をやってるが、どうもなあ。パス。
マジメに机に向かう。
・5時前、ニュースを見ようとテレビつけたら、NHK「視点・論点」に中野晴行さん登場(再放送?)。
やなせたかしの功績について語られる。久しぶりに会うが、風格が出てきたな。お元気そうて何より。
・晴。平日(世間の多くは職場か学校)。絶好の散歩日和である。
昼前に散歩に出る。淀川堤へ行くというと、専任料理人がついてきた。
貨物線跡を西へ、中津商店街を抜け、十三大橋を渡り、淀川右岸、十三の河川敷へ。
本日の主目的「十三船着場」を見物。
*
先日「オープニング・セレモニー」があってアクアライナーが着岸する映像を見たのだが、船の気配はなし。案内板もなし。係船柱(ビット)が何本か立ててあるだけ。
これは十三地区への「緊急用船着場」であって、緊急時のみ使用、だから普段は船の発着なし……ということらしい。
上流(毛馬)に淀川大堰閘門(淀川ゲートウェイ)が完成したから、伏見からの船がゲートウェイを抜け、十三経由で夢洲の万博会場というコースができると思っていたが、こちらのかん違いだったようだ。
最近のわが街歩きの興味は「未来廃墟」巡りで、完成したばかりの施設が廃墟化していく姿を想像して楽しむのだが、十三船着場は出来たとたんに廃墟、というより最初から廃墟を作るのが目的だった気がする。すでに廃墟の雰囲気が漂っているのだった。
・あと、淀川右岸を上流へ、西中島まで。45年前、長男をベビーカーに載せてよく来たあたりである。
「下界」におりて「大阪御廟」を見物。揉めておるなあ。最高裁で差し戻し、もう10年以上になるかな。まだまだ続きそうな。
昔住んでいたコーポの前を通り、チャントリのカシラゆかりの「鯛商店」(鯛ビルは残っている)を眺めたあたりで昼になった。
周辺のうまそうな店にはどことも行列。昔よく歩いた道を新大阪まで。この辺りも混み合っている。
勢いでそのまま東三国まで歩き、駅西側の町中華・某店へ。
ここで久しぶり(ほぼ10年ぶり)にカレー丼をいただく(専任料理人は五目焼きそば/少し分けてもらった)。
カレー味の中華丼。中華屋のカレーというのは色々あって、昔、備後町3丁目の路地にあった町中華のカレーは絶品だった。あの味がないものかと探すのだが、まだ再発見できない。若水のも悪くはないが、幻の味とは別物である。
満腹状態で、東三国から地下鉄で帰館。12000歩ほどになった。
・午後、BSで『シックス・センス』をやっているが、パス。バレバレのネタを大真面目に作って、『サイン』ほど呆れかえる作品ではなかったものの……シャマランというのはよくわからん監督だったなあ。
本日は早朝も午後もおかしなSF映画。
やはりどこかの配信と契約した方がいいか。
5月8日(木) 穴蔵/ウロウロ
未明、鉄道番組ではなく「空の島旅」をやっていた。長崎の島巡りのようで、高島の「四階建て」が鮮明な空からの映像が流れた。軍艦島は俗化してしまい、高島が長崎では唯一行ってみたい廃墟だが、もう無理だろうな。
晴。本日も絶好の散歩日和だが……午前、気の重い用件で外出。
播州龍野の固定資産税関係で梅田の金融機関まで。なんとか今年で最後にしたいものだが……
ついでに地下街ウロウロ。
久しぶりにお初天神にお詣り。幸い人出はなし。
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筋違いと思うが、他の神社お地蔵と同じことをお願いする。
東側の横丁、4年前の火災現場の跡には「お初天神東門ビル」が完成間近であった。こちらも復活しなければ。
瓢亭は相変わらず混んでいる。諦めて帰館。
午後は穴蔵。好天だが気分は梅雨空のごとし。
こんな日は明日に備えて早寝するに限る。
5月9日(金) 中之島クロス
曇天。鬱陶しい空模様だが、世間の通勤時間に出て、地下鉄・バスを乗り継いで中之島四丁目へ。
9時過ぎに中之島クロスに到着。前回から1ヶ月の診察である。
検査に時間がかかり、診察は11時過ぎになった。
諸数値すべて良好。診察は5分もかからず終る。次は3月先となった。ほっ。
どうも診察日が近づくと過剰に心配してしまうタチらしい(専任料理人もだが)。食生活にも、そう神経質になる必要はないらしい。
昼前に解放される。
中之島通に出たら、ちょうどバスが来たので大阪駅へ、梅田から地下鉄。ささっと帰館した直後に雨が降り出した。
午後は穴蔵。外は梅雨空のようになった、気分は五月晴れである。
たちまち夕刻。本日はちょっと一杯、早寝することに。
明日から色々動くことにする。
5月10日(土) 穴蔵
曇天。午後は晴れの予報だったが、はずれ。
終日穴蔵。
午後30分ほど散歩。近所ビルの前にバラが開花していた。
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次の晴れた平日に中之島のバラ園まで行ってみるか。
『星群 95』(星群の会)
『星群』の特別号。星群は創作系SF同人誌では今やいちばん歴史があるのではないか。私も70年代から星群祭に参加してきたから、半世紀以上のつきあいになる。その最新号。
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編集前記に「(この号は)原点回帰を目指し全編SF特集とした」「あえて狭義のSFに近いものを掲載」とある。
目次に並ぶ顔ぶれも、多くは70年代から活動を続けているメンバーである。
さすがに皆さんうまい。ほとんどが商業誌に載った経験あったり、別ジャンルで著書があったり、いまさら「うまい」なんていうのは失礼なのだが。むしろ「原点回帰」というだけあって、どこか懐かしさを感じさせる。それは、今風の新型ワイドスクリーンバロックとでもいうのか、AIをはじめとする最新の題材を過剰に詰め込む雰囲気がなく、テーマが絞り込こまているから「警戒感」なしで読める。わが年齢になると、設定の理解にばかり気を取られるのは疲れるのである。
深田亨さん、雫石鉄也さんのショートショートはいずれも名人芸。
短編では中西秀彦「秘密の入江」と石坪光司「泡の影」が突出している。
この2編、大富豪が秘密裏に進める最新技術の実用化実験をあばくという設定で共通しているが、展開はまったく対照的。
中西作品は、たまたま出会った謎の豪邸に住む美少女に恋愛感情をいだいた少年が、少女を助け出そうとする青春アドベンチャー。
石坪作品は、富豪の執事だった老人を「調査員」が別荘に訪ねてきて、暮れゆく海をながめながらの静かで緊迫した会話劇。そこでしだいに富豪が行った「秘密実験」の背景が明かされていく……。
ともに読ませる。しかも「大富豪の秘密実験」という大時代な設定に見えて、今のイーロン・マスクを考えると、意外に現代性を感じさせるのである。
岡本俊弥さんの「惑星暗闇の森」は、鳥になった(らしい)ぼくが、分身(らしい)ユニットと会話しつつ、星の表面から、死体が散乱する廃墟、そして生命の源流(らしい)世界にまで遡っていく……。夢か幻覚のように世界が目まぐるしく変化し、その描写は難解でないが抽象的で、どうやら精神世界を描いているのか……。後記に「70年代末頃、原稿用紙に手書きし、いろいろな事情で埋もれていた」作品とある。「内宇宙」を描いた作品と見れば納得できるし、ある意味で懐かしくもある。
松本優「無名の戦士たち」は今風AIもののパロディか。
椿広子「赤のそのまた外側の柔らかな光」……ファンタジーの文体で宇宙SFを書いた面白さだが、「宇宙の熱死」に触発された作品と読めば現代的ニューウェーブ短篇であり、今なら「狭義のSFに近いもの」と解釈できそうである。
(つづく)
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