『マッドサイエンティストの手帳』492

●マッドサイエンティスト日記(2010年12月前半)


主な事件
 ・相生ミッション継続中
 ・上京/日本SF大賞(5日)
 ・Sunday at Jazz Club(12日)


12月1日(水) 穴蔵/梅田
 終日穴蔵……のつもりだったが、昼前に一区切りついたので、梅田まで行くことにした。
 昼は鰻丼を食べたいといったら、専属料理人もついてきた。
 ということで、昼は菱竹(新梅田食道街)で上鰻丼。
 
 ま、今年は忘年会なしのつもりだから、たまにはいいであろう。
 久しぶりに大阪駅ビル(アクティ大阪)にのぼってみる。27階の展望所からの眺め。
 このフロアからは「わが家」が見えたのだが、ハートンホテル北梅田に遮られてしまった。
 まあこんなものか。
 ただし東端のエレベーターで昇るときの、ドームの向こう側に北ヤードの眺望が開ける瞬間はちょっといい。
 1回目の上昇時はお見逃しなく。

12月2日(木) 穴蔵/キャンドルナイト
 天気晴朗なれど終日穴蔵。
 ゴミ出しのついでに、コンビニで週刊文春を買ってきた。
 海老蔵殴打犯は未だ出頭していないが、この26歳男を「黒い狂犬」とは秀逸な。
 もっとも海老蔵の酒癖の悪さは尋常ではなく、やはり自業自得ってところだろう。
 まさに成田屋の血筋。いずれは殺されるか切腹か……っといっても、おれは歌舞伎は見たこともなく、「團十郎切腹事件」を読んだ程度の知識だけど。
 夕食後、散歩を兼ねて専属料理人と出かける。
 茶屋町周辺で「1000000人のキャンドルナイト」、20時から周辺の照明を落とす予定である。
 で、出かけようとしたら、なんと20時になって雨が降り始めた。
 
 20時過ぎに行ってみると撤収作業の最中である。
 スタッフ諸君、気の毒としかいいようがない。
 ついでだから、歩いてハチへ。
 雨だから客ゼロだろうと思ったら、やっぱりゼロ。
 水割り2杯。
 22時頃に帰館。
 おれとしては深夜に近い時刻である。

12月3日(金) 穴蔵
 終日穴蔵。
 タイムマシン関係で某連絡待ちの案件があり、出かけるわけにはいかず。
 夜来の雨があがって、快晴になったと思ったら、昼に突然暗雲たちこめ、突風で自宅ベランダの植木鉢が倒れる。
 天候不安定なり。
 雑事ばかりで、まとまった仕事はできず。
 結局、夕方になって乙仲から「月曜午前中の処理」という連絡がある。
 「お役所」相手のことだから、イライラしてもしょうがないのだが。
 結局、1日無為に過ごしてしまった。金曜午後に片づくところを月曜に送られると、2日のロスが生じるのだからなあ。
 実質3日のロスか。
 食事のために、穴蔵←→自宅の往復3度で1日が終わる。
 夜は専属料理人の並べてくれた、豚ピカタ、色々サラダ、レンコンの煮たのなどでビール。
  *
 あと、明太子のパスタ。
 専属料理人のパスタ・ヴァージョンは10数種類あるが、これがいちばんシンプルでうまい。
 これで安ワイン。
 ちょっと気分が和らいできた。
 富有柿で仕上げ。
 早寝するである。

12月4日(土) 穴蔵
 昨日は、バラードの『狂風世界』が突発的に出現したのかと思ったが、本日は快晴無風。
 出歩きたい好天だが、終日穴蔵にて、本を読んで過ごす。
 メモを取りつつ、5冊を再読。
 明日の上京に備えての準備である。
 「クズ」を自称する人物からメールが来てギョ。クズならスパムメールだろうと即座に「ごみ箱」に放り込む。
 困ったものだ。
 世の中には「怨念」対する想像力が根本的に欠如した人間がいる。
 こんな手合いが電話してきたり訪ねてきたりするほど迷惑なことはない。
 殴った方は忘れているかもしれないが、殴られた人間は終生忘れることはない。
 おれは佐江衆一氏と同質のメンタリティなのである。
 『遙か戦火を離れて』の一節。
 「うちの主人は電話に出てあなたと話をするとすれば、きついことは一言もいえないでしょうし、またいわないでしょう。笑ってそんなことはもうすんだことだというかもしれません。でも、決してあなたを許したりする男ではありません。あの人はそういう人です」
 専属料理人によーーーく教えておくことにしよう。

12月5日(日) 上京/日本SF大賞
 久しぶりに上京する。
 車中、バッグに入れた本5冊をめくりつつ、あれこれ考える。
 快晴で、絵に描いたような富士山を見る。
 
 小田原を過ぎたあたりで、おれなりの結論を出す。
 東京に着き、1時間ほど銀座をウロウロ。
 山野楽器を覗くが特に収穫はなかった。
 徳間書店の会議室へ。
 第31回日本SF大賞の選考委員会。今年から、これまた久しぶりに選考委員を仰せつかったのである。
 冲方丁、貴志祐介、豊田有恒、宮部みゆきの各委員、司会は新井素子さん、事務局は井上雅彦さん。
 2時間近く……特に激論にはならず、わが「結論」は各委員と共通するところが多く……というか、結論は同じだが「別解釈」が色々聞けて、まことに刺激的であった。
 選考結果はこちらなどに発表。
 後日選評を書くので、わが感想もその時に。
 あと、軽く一杯の話……こんな豪華メンバーで歓談できる機会はめったにないのでまことに残念なのだが、「家庭の事情」その他でボンクラ息子その1と会う必要があり、東京駅へ。
 八重洲地下の居酒屋で軽く一杯……のつもりが、「酔心」飲みつつ、2時間近く。
 おれは(子の立場での)親子酒の経験はなく、20歳を過ぎた時に、親父はほとんど飲まなくなっていた。
 親父の立場になって、まだおれの方の酒量がボンクラ息子より多いのは、まあいいことなのであろう。
 
 店長はんがシャッターを押してくれた。
 最終の5本ほど前ののぞみで帰阪。

12月6日(月) 穴蔵/梅田の自転車撤去
 午前中、穴蔵にて「待機モード」。
 午前中に連絡があるはずが、なーんもなし。
 13時半に電話で催促してやっと動く。
 半お役所、困ったものだ。
 急いで(15時までに)銀行で処理しなければならず、自転車で梅田へ。
 が、驚くべし、いつも駐輪する場所(阪急梅田の西側など数ヶ所)、いずれもガラーーーンとして、自転車はまったくない。
 梅田界隈、本日、撤去作業が徹底して行われているらしい。
 ヨドバシの駐輪場に長い自転車の列が出来ている。
 おれは2月前から梅田への自転車移動は極力控えている(理由は歩道で加害者になりかねない/酩酊自転車はもっと前からやめている)のだが、ほんの数分間の駐輪も難しくなった。
 まあ、いたしかたあるまい。
 自転車のマナーが急激に悪化しているのは実感できるものなあ。
 天六の銀行へ行って処理する。
 あとはまた穴蔵にて雑事。
 明日から田舎行き。
 明日のあかつきに「あかつき」の中継を見るために早寝するのである。
 肉眼での金星観測は期待できないようだけど。

12月7日(火) 大阪→相生→播州龍野/ニュース逆転
 曇天なり。金星は見えない。
 「あかつき」が気になるが、朝の電車で相生へ移動する。
 相生ミッション再開である。
 午後に播州龍野へ戻る。
 タイムマシン格納庫にてちょっと作業もする。
 年末であり、利益にはならぬ雑事が増えてくるなあ。
 夜は、鴨居のスピーカーから降り注ぐデフランコ師匠、ハンク師匠、トミフラ師匠などを聴きつつ、イカ刺身と常夜鍋でビール、「龍力」の熱燗。
 21時からNHKニュースを見るが、
 1が海老蔵の会見。……「顔面崩壊」したのだから『夜は千の眼を持つ』のコルトレーンみたいな顔で出てくるかなと期待してたのに、面白いのは赤目だけじゃないか。
 2がウィキリークスの小三治師匠じゃなかった春團治師匠じゃなかったアサンジ師匠の逮捕。(暴露がんばれ)
 3が「あかつき」の金星周回軌道への投入が未だ不確定。
 ニュースの順序が逆のような気がする。
 宇宙ファンよりも歌舞伎ファンが多いわけか。まあそうだろうな。SFファンなんてゴミみたいなもの。嗚呼。
 明日も色々あるのでふて寝するのである。

12月8日(水) 播州龍野/相生
 朝から相生へ移動する。
 昼前に播州龍野に戻る。
 年末で雑用が多い。役所・銀行・郵便局などウロウロ。
 先日、旧知の男がが交通事故で亡くなったという。身内の人を知らないか……という問い合わせがあった。
 もともと天涯孤独の身で、インドやアフリカなどを放浪したり、気ままに暮らしていた男だが、このままだと無縁仏になりかねないとか。おれも四半世紀ほど会ってない。心配していたが、どうやら親戚に当たる人が判明したらしい……と数少ない友人の方からメールをもらった。  某くんは介護士の資格をとり、琵琶湖西岸に住み、老人ホームで手伝ったりしていたらしい。
 ミニコミ誌を出したり三味線でジャズやったり、ユニークな男だったが……。
 そういえば……タイムマシン関係の相棒・某くんのいうに、取引先の某氏と、この10日ほどまったく電話連絡がとれないという。
 腕のいい板金屋で、10年以上前に独立して以来タイムマシンの筐体を頼んでいるが、人里離れた「小屋」で工作機械に囲まれてひとりで仕事しているから、ひょっとして何かあったらどうなるのか……明日、相棒が様子を見に行くことにする。
 周辺の誰もが、いつ何があっても不思議でない年齢になっとるからなあ。
 電話嫌いのおれが携帯電話を持たざるを得なくなったのも、10年前から、隠れ家にひとり籠もる日が多くなったからである。
 不穏な日が続く。
 午後、あまり歩いていないので、龍野公園まで散歩することにした。
 旭橋東端。標識は龍野公園と堀家の案内板である。
  *  *
 旭橋のど派手な赤色は遠くから見るとレトロな風景に赤い横線を引いたみたいで、どうかなと思っていたが、最近はキャノンのLシリーズみたいで、まあいいかなという心境になった。
 龍野公園、紅葉はもう終わりだが、ところどころに赤い葉が残っている。
 センチメンタルになるぜ。
 夜は昨日の残りの材料で、また常夜鍋。「龍力」熱燗がいいねえ。
 ニュースでは「あかつき」の金星周回軌道への投入は失敗。
 残念だけど、失敗を恐れてフロンティアへの挑戦はできない。
 イカロスはまだ飛翔しているのだし、意義のあるミッションである。
 蓮舫、よけいなゴタク並べるんじゃねえぞ。

12月9日(木) 播州龍野/相生/追悼
 朝から相生に向かう。
 スイスイと25分で移動。
 相生ミッション継続。
 昼過ぎに播州龍野に戻る。
 こちらもややこしいこと色々あり。
 午後に相棒の某くんから電話。
 昨日「取引先の某氏と連絡がとれないから様子を見に行く」ことにしたのだが、本日行ってみたら「先週亡くなられました」と近所の人から聞いたという。
 なんとなく嫌な予感がしたのだが……。
 詳細は不明。病院へ運ばれたというから、密室での事故死ではないようだけど。
 調べてみると、15年以上前に独立して「小屋」を設立、その頃からいっしょにやってきた。
 困ったなあ。
 タイムマシンの板金関係は、データはすべて某くんのNC装置に入っていて、他に依頼するとなると、またも図面の整理からやり直さねばならぬ。
 ときどきポカをやる男だが、重要パートナーであったのだなあ。
 「人里離れた小屋で工作機械に囲まれてひとりで仕事している」と書いたが、詳しくはこちらに書いているとおり、川西能勢口から北へ数キロの「秘境」である。
 近日、S字型冬眠中に、弔問兼ねて行ってみるか。猫2匹が気になるなあ。
 ということで、夕刻になった。
 自転車で食材を買いに行く。
 
 黄葉の金輪山の前をキハ系が姫路方面へ通過していく。
 メランコリックになるぜ。
 ということで、夜は、餃子と湯豆腐でビール。
 熱いシャワーを浴びてから、トマト・ハム・キムチぶち込みの徳山冷麺を作り、追悼を兼ねて「神の河」ロックをたくさん飲む。
 メランコリーの妙薬が効くなあ。
 寝る。

12月10日(金) 播州龍野/相生/黒い狂犬
 朝も早よから相生へ移動する。
 相生ミッション継続。
 昼過ぎに播州龍野に戻る。
 午後はタイムマシン格納庫にて雑事色々。
 夜は出来合いの総菜と寿司のパックを並べてビール、「龍力」熱燗でダラダラ。
 と、NHKのニュース、21時40分頃に海老蔵を殴打した「黒い狂犬」逮捕という。
 伊藤リオンというらしい。
 なるほど黒人にしか見えない。ふてぶてしい印象で、むろん「地」なんだろうけど、このイメージで海老蔵と対決するのは不利だなあ。
 まあ、もはやどうでもいい事件なんだけど。
 ただ「黒い狂犬」周辺に余罪(クスリとか色々)があるのか興味あるところだ。

12月11日(土) 播州龍野/相生
 朝5時に朝刊を読む。
 訃報が3つ。
 ・松崎明……内ゲバから逃げ切ったというところか。
 ・正司玲児……どつきはったなあ。
 ・朝倉喬司……おれとほぼ同年。この人の犯罪ルポは好きであった。
 うーん。不思議な因縁。ゲバ・ドツキ・犯罪ものと、どこか共通項が感じられるのである。
 朝から相生へ行く。
 10時頃にボンクラ息子その1が「今からそちらへ行くから」と電話してきた。
 「どこからかけとんねん」「今起きたとこや」
 が……ほんまに14時26分に相生駅に到着した。
 たいしたものよ。
 相生の隠れ家にて1時間ほど。
 あと、播州龍野へ移動する。
 こちらでもちょっと雑用。
 ボンクラ息子その1は夕刻の姫新線で本竜野駅(タイムマシン格納庫のすぐ裏である)から大阪へ移動する。
  *
 線路脇かお見送りする。
 先週「親子酒」やったこともあり、今夕は専属料理人が大阪で何か作ってボンクラ息子その1を待ち受けているはず。
 ということで、おれは「ひとりキムチ鍋」でビール。
 中華麺をぶち込んで「神の河」水割り。
 寝る。

12月12日(日) 播州龍野→相生→大阪/Sunday at Jazz Club
 慌ただしいのであった。
 早朝、相生へ移動しようとしたら、クルマのフロントガラスに薄氷。水をかけたらまた凍る。大変である。
 10分ほど暖房してから出る。
 相生の隠れ家にて雑事色々。
 午前中の新快速で大阪へ移動する。
 昼に帰館したら、昨日帰阪のボンクラその1がまだいて、そろそろ東京に帰ろうかという時であった。
 ということで、珍しく、家族揃って昼飯。
 具沢山の豚汁、玉子焼き、ひじきの煮たの、キンピラなど、ごく普通のメニューだが、これが抜群にうまい。
 ボンクラ息子その1が専属料理人に「ダシのとりかた」を質問しているところがよろしい。
 ということで、昼食の後、天五の黒崎町のバンブークラブへ。
 Sunday at Jazz Clubの例会、12月は年末恒例「今年のお気に入り」持ち寄り大会である。
 新参加者(おひとりはハチで3、40年ほど前に顔見知りだった方)数人もあり盛況である。
 今年のおれのベストはマグナス・ヨルト・トリオ『プラスチック・ムーン』……これについては別項で書かなければ。
 本格派(ジョー・パスやジミー・スミスの再版)やスタンゲッツのほぼ最終ツアー録音(ケニー・バロンが泣かせる)やベニー・グッドマンや珍盤(アロー・ジャズ・オーケストラの「高校三年生」これは抜群のアレンジである)や最若手や(まだ健在の)ゴイコヴィッチや、ともかく色々あって、たいへん楽しい。
 17時からは、ミニ忘年会気分で、さらに持ち寄りCDを流しながら有志で一杯。
  
 中崎町商店街の中崎町寄り、力餅食堂の隣にあるトリ屋のヤキトリがなんとも旨く、さらに泣かせるのが北海道から届いたという鮭その他の麹漬け? 鮒酢みたいなクセはなく、これが麦焼酎の湯割りに合うのよねえ。
 こんな雰囲気でジャズを聴くのは至福の時間である。
 最後にミニライブも。いいねえ。
 ほろ酔い自転車で19時過ぎに帰館。
 専属料理人の作ったミニカレーでワインを1グラス。
 早寝するのである。

12月13日(月) 穴蔵/ウロウロ
 慌ただしいのであった。
 先週、某船舶の出港遅れのしわ寄せで、タイムマシン関係の処理事項が重なってしまった。
 朝からドキュメントの修正、昼過ぎの某ドキュメントの到着を待って、色々とFAXやらメールやらEMSの発送やら。
 某行の某為に15時前ギリギリに書類を持ち込み。
 ギリギリセーフ。
 それにしても外為の女性はいずれも英語と文書のチェック力が凄くて、いつもほれぼれするのよねえ。
 これに較べて専属料理人の校正能力は……よけいなことはいわんとこ。
 15時過ぎにかっぱ横丁の「つるまる」で遅い昼食。ぶっかけうどんだけど。
 帰路、近所の内科で定期検診。
 防寒コート着てセカセカと歩いた直後で、息が荒く汗かき状態だが、血圧は正常であった。
 ということで、夜は安心して豆乳鍋でビール、黒糖焼酎の湯割りたくさん。
 早寝するのである。
 明日からまたしばらく播州龍野/相生行きである。

12月14日(火) 大阪→播州龍野
 慌ただしいのであった。
 早朝からタイムマシン関係の雑事色々。
 午前9時に梅田の某行某為に書類を渡して、大阪駅から新快速で播州龍野へ移動する。
 こちらでも慌ただしいのであった。
 何が慌ただしいか……パス。
 走行距離138,000キロのガタガタ軽でウロウロしたり、たいへんなんすから、もう。
 夕刻になってしまった。
 諸般の事情で、本日の相生ミッションは明日に送る。
 湯豆腐、ローストビーフ、トマトなどでビール。冷麺で「神の河」ロック。
 ふたご座流星群を見ようかと庭に出たが、薄い雲がかかっているらしく、下弦の月と恒星がポツポツ見えるだけである。
 願い事(○○死ね!とかね)がかなえられるはずもなし。
 寝る。

12月15日(水) 播州龍野/相生
 午前中、慌ただしいのであった。
 朝から相生に向かい、昼前に播州龍野へ帰ってくる。
 雑事色々あり。
 14時頃に片づいたので、庭に面した座敷のコタツに寝そべって本を読むことにする。
 再読したい本を書庫でゴソゴソ探していたら、四半世紀前の週刊誌が出てきた。
 『週刊宝石』1985年10月4日号。
 グラビアページに「午前3時/大阪の旅」という特集がある。おれが案内する夜明け前の大阪オデッセイである。
 これは、関西在住のライターのSさんとカメラマンのMさんが、おれの早朝ウロウロ趣味を聞きつけて、企画を通してしまったもの。
 キタとミナミの早朝グルメ、それに中央卸売市場などを紹介した。
 極めつけは早朝の御堂筋をバイクで走る爽快感である。
 ↓これがその時の写真。
  *
 時効だからいうけど、早朝に、カメラマンのMさんが阪神高速・船場センタービルの上にクルマを左(北側)に止め、御堂筋を見下ろす位置から望遠で撮影したもの。ちょっと危険な撮影である。
 Sさんが道修町の御堂筋のイチョウに隠れてトランシーバーでMさんと連絡とりつつ、クルマのとぎれた時に合図を出す。
 それを見て、おれがバイク(ホンダのゼロハン/Runaway)で道修町東側から走り出て、御堂筋の中央を南下、久太郎町まで走って、東側の通りを引き返す。
 これを3回繰り返した。
 3回目の待機の時、自転車で通りかかったおっさんが「何やっとるねん」……パトカーでなくてよかった。
 おれは違法行為はやってないが、阪神高速の駐車は微妙、ましてトランシーバーでの指示男は、グリコ森永犯と思われても不思議ではなかった。終結宣言を出す少し前、そんな時期だったのである。
 ああ、まだ若くて元気だったなあ。不惑は過ぎてたけど。
 しかし、ともかく、Mさんの撮ってくれた御堂筋バイクは最高の構図である。


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