『マッドサイエンティストの手帳』482

●マッドサイエンティスト日記(2010年7月前半)


主な事件
 ・森山威男ライブ(2日)
 ・通夜(3日)
 ・皿そば事件現場ふたたび(5日)
 ・創サポ講義(10日)
 ・参院選(11日)
 ・播州の非日常的日々(11日〜)


7月1日(木) 播州龍野の日常
 わ、気がつけば7月である。
 無為のまま半年が過ぎた。嗚呼。
 相も変わらず下男仕事。
 ちと気分が沈んできた。
 運動不足なので、夕刻に近い午後、岩見水路に沿って30分ほど散歩する。
 通路とも思えないような細い路地、対岸は酒屋の倉庫で、狭い空間に紫陽花が咲いている。
 
 見る人がいるのであろうか。
 メランコリックになるぜ。
 夜は、おぼろ豆腐ワサビダレ+カイワレ、おなじみチクワの梅肉炒め、出来合いの一口カツでビール。トマトぶち込みのぶっかけ素麺と「神の河」ロックで仕上げ。
 さあ、明日は久しぶりに「神のドラム」が聴けるので、早寝するのである。

7月2日(金) 播州龍野→大阪/森山威男SEXTET大阪ライブ
 早朝から張り切って下男仕事を片づける。
 昼間の電車で大阪へ移動。
 夜、桜橋の「Mr.Kelly's」へ。
 森山威男セクステットの「Central Park East」発売記念ライブである。
 最初、いちばん後ろの席に案内されたのだが、前の席でもでもいいですか?と言われる。
 で、カブリツキに変更となった。
 特別扱いではなく、後ろの方がいいという客との取引成立ということらしい。
 これが凄まじい席で、中央最前列、1メートル前に渡辺ファイアー(as)と音川英二(ts)の2ホーン。その背後に望月英明 (b)と佐藤芳明(accordion)、左に森山威男(ds)、右に田中信正(p)。
 19時30分に「Forest Mode」が始まったが、左耳で御大のドラム、右耳でピアノがくっきり分かれて聞こえるし、目の前のサックスは息づかいまでわかる。正面でグズラさんのベースが響くというえげつない迫力で、演奏グループに巻き込まれたような気分になる。
 
 つづけて「Central Park East」「Your Son」「Chiasma」……と、これはCDの曲順と同じ。
 キアズマ以外は佐藤芳明さんの作曲。
 (ちなみに『Central Park East』は渡辺ファイアーさんが参加して最初のCDで、『Live At Lovely』以来のラブリーでのライブ録音。塩之谷さんのライナーが素晴らしい。森山威男ディスコグラフィーに追加)
 その塩之谷さんはじめ、客席に知人多し。
 御大は「大阪は40年ぶりくらいかもしれません」なんていってはったが、1982年11月28日(日)のハチ以来、約1万日ぶりである。そういえばハチでは最前列で聴くことが多かったなあ。
 Mr.Kelly'sでは演奏が始まると、背後のカーテンは開けるはずだが、本日は黒いカーテンを引いたままで、なんとなく暗い。「轟音」が外に漏れないようにとの配慮であろうか。
 2ステージ目は「Mountain Mode」「題未定のスローな新曲」「Sunrise」「E.J.Blues」「Good-bye」
 知人が多く、終演後、ちょっと一杯飲みたくもあったが、実に心地よい疲労を覚えて、まっすぐ帰館。
 ……のつもりであったが、四ツ橋筋を渡ったら「ムルソー」を思い出して、水割りを一杯。
 東司丘さんが「森山さんのあとなら、こんなのがいいでしょう」と、バーニー・ケッセルとかジプシー・バイオリンを流してくれて、またも気分がよくなり、気がつけばラウンド・ミッドナイトである。

7月3日(土) 穴蔵/弔問
 朝から雨が激しい。
 終日穴蔵……のつもりだったが、午後に突然の訃報。
 平井常哉さんが亡くなられたという。
 夕刻、弔問に行く。
 平井常哉さんは大手電器メーカーに勤務されていたが、クラリネット協会の役員も務められていて、ともかくジャズ・クラリネットに関しては日本でいちばん詳しい方だった。
 バディ・デフランコとは長年の親交があり、来日時は通訳を務められていたし、ライナーも多く書かれている。滝川雅弘さんの最大の支援者でもあった。
 お通夜の会場には、平井さんらしく、デフランコが流れていた。
 
 「大先輩」とでも呼べばいいのか。平井さんからはずいぶん色々と教えていただいたし、資料をいただいたりした。
 5年前に怪我で入院されていた時、お見舞いに行ったら、リハビリの時間を遅らせてジャズ・クラリネット談義になってしまったことがある。
 退院されてからは、コンサート会場でお目にかかることはなくなったが、書斎での研究は続けられており、成果の一部をお送りいただいたが、体調を悪くされていたらしい。
 やり残されたことはまだまだあったはずで、残念でならない。
 帰館後、遅めの晩酌。
 デフランコを聴く。

7月4日(日) 穴蔵
 うーん、どうも昨日に引き続き、気分が鬱である。まさに梅雨空のごとく。
 終日穴蔵にてボケーーーーーッと過ごす。生産的なことは何もできず。
 いかんなあ。
 夕刻のニュースによれば、琴光喜は解雇だという。
 野球賭博という利権をヤクザが獲るか役人が獲るかの争いに巻き込まれた「悲劇のヒーロー」だな。
 くじけるな。きみは格闘技の世界で人気が出ると思う。好漢の健闘を祈る。
 夜は、枝豆少し、オニオン・肉炒め、焼きナス・おくら・トマトのサラダ風でビールを少しばかり(おれの少しばかりは500ml以上だけど)、あとはフランスパンとチーズでワインを少しばかり(おれの少しばかりは……ま、いいか)いただく。
 早寝するのである。

7月5日(月) 大阪→播州龍野/皿そば事件ふたたび
 早朝の電車で播州龍野へ移動。
 しばらく下男モード入りである。
 昼前、買い物のついでに、まねき食品がやってる味三昧という弁当屋で、コンパクトな『花の彩』580円を購入。これは老母の昼食用にちょうどいいのである。
 で、昼は、老母に『花の彩』を提供した後、おれは「文楽」砥堀店へ行くことにする。
 6月30日に「皿そば事件現場」として文楽・市川橋店へ行ったのだが、その後、色々と情報をいただき調べてみると、現場は「文楽・砥堀店」であることが判明した。
 砥堀店は文楽がチェーン展開する前から米朝師匠ご贔屓の店だったのである。
 野次馬としては、やはり事件現場は見ておかねばなるまい。
 播州龍野から約40分。
 米左さんの食べそこなった「季節定食」はメニューにもうなく、それに近い「文楽御膳」1080円をいただく。
  *
 米左さん、近くへ来はる機会があれば御馳走するからね。
 「米朝師匠は来はりますか」と訊いたら「最近は姫路駅南店の方においでになるようです」ということであった。
 バイパス近くで、尼への帰路だと、交通の便からそうなるのであろう。
 龍野からも、駅南店の方が便利だから、これからは駅南店だな。
 ということで、午後はボケーーーッと過ごす。
 先日、マイク・モラスキーさんが、この4月から一橋大の教授に就任という話を聞いていたが、ホームページ「マイク・モラスキー」を開設された。
 なによりである。
 以前、職がなければホームレスでも、なんてメールを貰って気にしていたのである。
 近日、ソロ・ピアノのCDが出る。ジャズ・ピアニストとして本格的に活動するのかなと思ってたら、研究職であった……と、こんな話を先日新地の某氏にしたら、「そりゃいい。モラさんはピアノより文章の方が絶対面白いもの」……激しく同感!
 が、むろんCDも聴きますよ。
 ということで、たちまち夕刻。
 老母の夕食は、大阪より1時間早い。
 おれもつき合うが、昼が豪華だったから、あまり腹は減らず。
 枝豆、冷や奴、筑前煮で軽くビール。
 老母就眠後、素麺1束(50g)にキムチ・トマト・ハムの代用冷麺作って「神の河」ロック。
 早寝するのである。

7月6日(火) 播州龍野の日常
 未明に激しい雨音で目が覚めた。
 が、朝刊を取りに庭に出たらやんでいる。
 ややこしい日だ。
 こんな日は出歩かないに限る。
 夕刻、梅棹忠夫氏の訃報。3日に亡くなられたらしい。
 梅棹先生の著作は色々読んだが、感化されたということでは、『文明の生態史観』、『人間にとって科学とは何か』(湯川秀樹との対論)、『知的生産の技術』の3冊が大きい。
 いずれも60年代終わり頃に集中しているなあ。
 会社に入ってからも『情報の文明学』『情報論ノート』など、学ぶことが多かった。
 お目にかかった……というよりも、お見かけしたことは何度か、主に米朝師匠関係のパーティなどであった。
 むろん尊敬の念をもって眺めるだけである。
 ただ、一門というか、石毛先生、杉田先生、小山先生など、これまた凄い方々と(むろん小松さんがらみで)親しく話せる機会が多かった。
 幸せなことである。
 それらのことから学んだ最大の成果は、「本当に偉い人は難しいことをいわない」という一事である。
 日本を代表する叡智であったのだなあ。

7月7日(水) 播州龍野の日常
 相変わらずの下男仕事。
 鬱陶しい天気が、夕刻近くに晴れ。久しぶりに夕焼けを見る。
 
 19時前、老母の夕食の後、揖保川堤をちょっと散歩。
 センチメンタルになるぜ。
 軽く飲んで早寝するのである。

7月8日(木) 播州龍野の日常
 相も変わらず下男仕事。
 久しぶりに晴れたので、冬物の布団を干したり、作業量、洗濯量、多し。
 合間に資料読み。
 目が疲れる。30分ほど読んでいると辛くなり10分ほど目を閉じてCDを聴く。この繰り返し。
 裸眼の片目(近視の方)で読んでいるせいであろう。読書用の眼鏡を作った方がいいような。
 不思議なニュース1件。
同姓同名同住所で別人に課税ミスというのだが……
 リンク先の記事がいつまで読めるかわからんから、以下に要約。
 「大阪市が50歳代の男性が所有するマンションの固定資産税等を、同姓同名で同じ住所の別人に課税し、この別人が納税しなかったのでマンションを差し押さえた。男性と別人は知人で同じ住所だが、理由は不明という」
 市は「再発防止を図る」いうのだが……
 要するに「マンションオーナーと同姓同名の人物が居住していた」ということらしいのだが、この記事、読者の知りたいポイントを何も伝えていない。
・「知人で同じ住所だが、理由は不明」というのがわからん。理由を調べろ。
・まず氏名が知りたい。山本一郎みたいなのか、変わった氏名なのか。
・偶然?なのか故意にやったのか。「知人」というから偶然ではあるまい。
・偶然でないなら、いったいどんなメリットがあったのか。
 かんべむさし『同姓同名逆人生』を思い出すが、むさしくんが作中にこのニュースみたいなエピソードを書いたら、「アホか、そんなことあるわけないやろが」とボロクソだったろうな。
 虚構的現実と現実的虚構……つぎのSF検討会のテーマとするか。
 明日は仮釈放。早寝するのである。

7月9日(金) 播州龍野→大阪
 朝から下男仕事を片づけ、昼間の電車で帰阪する。
 車中は資料読み。
 午後は穴蔵にて溜まった新聞を読み、また資料のチェック。
 近所の医院へ定期検診に行く。まあ正常であった。
 夜は専属料理人が並べてくれた、枝豆、牛肉炒め・ほうれん草・ポテサラのパレット、イカボイルでビール。
 アボガド生ハム巻き、ブルスケッタでワインを少しばかり。
 またちょっと本を読みかけるが、目に疲労を覚え、森山威男『Central Park East』をしばし聴く。
 そろそろ早寝。

7月10日(土) 穴蔵/創サポ講義
 終日穴蔵にて粛々と雑事の処理。
 日程調整、しばらく大阪にいることになった。
 すこしはまとまったことをやらなければなあ。
 夕刻、天満のテル大阪へ。
 創作サポートセンターの講義で、提出作品2篇を中心に行う。
 「仏師の世界を題材にした一種の時代ミステリー」と「なぜかイギリスの血を引く日本人少女が中世イギリスに精神的タイムスリップして政争に巻き込まれるロマン」……ともにおれが書けるタイプの題材ではないのだが、ともに題材は面白く、構成を少し変えるだけで格段によくなる話なので、こちらも勉強になる。
 隣室の専科の講師は五代ゆうさんなのだが、なんとゲストに芦辺拓さんが現れた。
 なんでも五代さんがプログ(ツイッター?)で、本日とんでもないラノベがあるみたいなことを書いたら、とつぜん東京から飛んできたらしい。
 
 いったいどんな講義だったのか……一杯やりながら聞きたいところだが、疲労蓄積とクルマ(自転車だけど)なので、ロビーで挨拶して帰館する。

7月11日(日) 参院選/大阪→播州龍野
 慌ただしい日である。
 しばらく大阪の予定だったのが、事情が変わって、播州龍野へイカネバの娘と相成った。
 8時過ぎに参院選の投票に行く。
 今回ほど虚しい投票はない。
 できることなら全部落選してほしい。
 大阪では絶対に当選してほしくないのが2匹。岡部まりと桂きん枝である。前者は見たことも聞いたこともない「タレント」とかで、後者は大昔に「ヤング・オーオー」で見たことがあるが落語を聞いたこと皆無の「噺家」である。
 身の程というのを知ってもらうのも本人のためであろう。
 投票後、そのまま播州龍野へ移動する。
 雑事色々。
 夜はビール飲みつつ開票速報を見る。
 出口調査では民主は過半数割れである。
 22時過ぎに岡部まりの落選確認(おれは落選会見で初めてこのタレントやらを見た……もう見ることもあるまい)する。
 きん枝なんてのは、小沢が三枝と勘違いして比例から出た泡沫だから、確認するまでもあるまい。
 大阪にもまだ良識は残っていたのである。
 安眠。

7月12日(月) 播州の非日常
 慌ただしい日である。
 未明から豪雨、ふだんより3時間遅れて朝刊(夕刊並みの薄っぺらい紙面)が届くが、これは参院選の開票速報が未明までつづいた影響で、怒りは感じないが、内容はネットでちょっと見たらわかることばかりで、しかも古い。
 「2011年 新聞・テレビ消滅」がだんだんリアルに感じられる。
 その理由を……と、色々書きたいところだが、面倒になった。
 朝から東奔西走、色々あって、21時過ぎにやっと落ち着いた。
 明日も慌ただしいので早寝するのである。
 つかこうへい氏の訃報……山田正紀さんと新宿の紀伊国屋ホールで『熱海殺人事件』を見たのはつい先日だったような気がする。

7月13日(火) 播州の非日常
 慌ただしい日である。
 終日小雨が降り続く、典型的梅雨空。
 早朝から色々と(まったく生産的ではない用事で)動いて、夕刻には汗と湿気で下着べったりキンタマむれむれ、全身なめくじに貼り付かれたような、物乞いに落ちぶれた今岡清に脚を掴まれて蹴飛ばしても離れないような、ともかくイヤ〜〜〜な気分になってしまった。
 播州龍野の実家にて、20時過ぎにシャワー、あと盛大にビールを飲む。
 書きたいことが色々あるが面倒になってしまった。
 明日も早いので早寝。

7月14日(水) 播州→大阪/日本橋
 慌ただしいのであった。
 早朝、播州龍野→相生の某所にクルマで移動。
 1時間後、バスで相生駅へ。
 山陽線の連絡悪し。
 新幹線で大阪へ。
 いったん帰館。
 慌ただしく某発送作業。
 ジョージ・ルイス生誕110年(正確には昨日・7月13日)である。
 小雨の中、ヤマト運輸営業所へ。
 午後は日本橋へ行く。
 2時間ほど徘徊。
 夕刻帰館、昨日に引き続き下着べったり。
 シャワー。
 夜は専属料理人に色々並べてもらってビール。
 たちまち眠くなる。
 早寝するのである。
 本稿、明日には書き直すつもりである。
 (※面倒だからこのままにする)
 21時過ぎ、ともかく眠い。

7月15日(木) 大阪→相生→龍野
 ここ数日、記述がなにやら乱れている。
 何やっとるのかといわれそうだが……播州龍野から西南13キロにある港町・相生で、昼間、部屋にこもって過ごさねばならぬ事情が生じたのである。
 部屋にテレビはあるが、バカ番組ばかりだから見る気にならず。本を読むしかない。
 インターネツト接続が可能であることが判明。
 ただ、おれが大阪と播州龍野の書斎で使用しているのは、ともにデスクトップ(e-machine)機である。持ち込むのは無理。
 で、昨日の午後、安いノートパソコンを探しに日本橋を歩いたのである。
 中古品やジャンク品を色々見たが、いまひとつ。
 で、最後の方、恵美須町のジョーシン・テクノランドで工人舎のB5サイズのSX3KX06MAD新品(新古品か)が39,800円で残り数台というのを発見。XPモデルである。
 目新しい機能はないものの、書斎との互換など、これはなかなかのものではないか。
 価格もポイントを含めれば、価格.comで調べても最安値のはずである。
 即決。
 ということで、本日はこれを持って、早朝の電車で相生に移動。
 
 狭いテーブルに置いてLAN接続……おお、うまくいった。
 視力が落ちているから、ちょっと辛いし、肩は凝るし、ま、サブ機だから贅沢はいうまい。
 夜、播州龍野の実家に戻る。
 ビール飲んで早寝。

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