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『マッドサイエンティストの手帳』403

●マッドサイエンティスト日記(2007年6月後半)


主な事件
 ・「ロケットガール」阪大サイバーメディアセンター(18日)




6月16日(土) 東京→大阪
 朝7時頃に気分よく目覚めた。
 ボンクラ息子その1にメールしたら、15分ほどしてホテル1階のレストランに現れた。
 本日も午前中だけ仕事するという。
 ということで、いっしょに朝食の後、チェックアウト。
 帰阪。
 東京では午後に宇宙作家クラブの例会があり、顔を出したいところだが、大阪にて雑事あり、まっすぐ帰館する。
 車中『日本SF作家クラブ40年史』を読む。
 大伴さんというのはやっぱり不思議な人だったなあ。
 ちなみにこの本、編集作業の中心は高橋良平さん、製作の中心は米田裕さんである。
 よく作られていると思う。
 一般にはたぶん流通しないだろうが、国立国会図書館には収められるはず。ぼくも短い文章を書いております。

6月17日(日) 穴蔵
 終日穴蔵。
 一昨日の諸々の刺激の反動であろう、部屋にこもって本を読んで過ごす。
 日曜で、近所のマンション工事もなく、静かである……と思ってたら、近くの公園に共産党が演説に来た。共産党でなくても、こんな日に朝からけたたましい騒音を流す政党は拒否だ。ったくもう。
 演説が終わったら、今度は廊下側で物音。
 おっ、少し離れた部屋の引越であった。
 廊下ですれ違うと「睨みつけられる」間柄であったので、ほっ。
 らくだが引っ越してくれたようなものかな。
 ということで、嬉しくなって、昼に一杯やりたくなり、専属料理人に「ネギ焼き」を所望したら、30分ほどで用意してくれた。
 材料、すべて冷蔵庫にあるのだった。
 いつもなら「昼間にビール?」と嫌味な一言ありそうなのに……と思ったら、世間は「父の日」なんだという。
 旨いなあ……。
 粉もんの店でもやったらどうかと問うに、「あの種の店は味よりもキャラクターが重要で、私は向かない」。ま、そうであろう。
 午後も雑読。
 夜はごく軽く一杯。
 テレビで「猿の惑星」リメイク版を30分ほど見るが、テーマがなんとなく読めてしんどくなる。
 早寝するのである。

 ……そういえば一昨日、親っさんに訊きそびれたのだが、小松右京さんというのは実弟?!
 小松多聞氏というのもいるけど、おれはやっぱ小松小左京がいいと思うなあ。

6月18日(月) 穴蔵/阪大サイバーメディア「ロケットガール」
 梅雨空である。
 穴蔵にて少しは仕事もする……つもりであったが、あまりアタマが働かないのであった。
 夕刻に近い午後、阪急石橋、阪大サイバーメディアセンターへ行く。
 菊地誠さんの企画による「サイエンス・フィクション」講座の一環で、本日は野尻抱介さんによる「ロケットガール」である。
 
 オープンの講座で、補助椅子の出る盛況。たぶん半分以上は生徒以外のファンのようである。
 野尻さんの講演の眼目は、おれなりに要約すると、現実の技術開発で隘路や欠点とされる部分はSF的には利点でもあり、そこにSF的想像力を働かせることが現実のブレークスルーにつながる可能性もある……これを主にロケガに登場する「スキンタイト宇宙服」と「ハイブリッド・ロケット」を例に話された。前者では「思わぬ副作用(セクシーである)」もあるなど、野尻SFの人気の秘密がわかるなあ。
 ついでに菊地研究室見学、6階ロビーは居心地のいいサロンになっていて、しばし歓談。
 
 おれが40年前にいたのは隣の棟で、眺望はほぼ同じ。
 当時は池の向こうは日当たりのいい公園墓地で、冬枯れの芝生に墓石が点在していた。その眺めは、いつか作品の一場面につかうつもりだったが、もう当時の雰囲気はないなあ。
 ちなみに反対側は、以前は「刀根山丘陵」で、『愛国戦隊・大日本』のロケ地であったはずだが、このあたりも何とか棟で埋まっている。
 当時と変わらないのはグランドだけか……と思っていたら、坂道の下の「憩食堂」はまだ営業していて、この建物は当時のままであった。
 久しぶりに「憩食堂」で晩飯を食べたい気分になるが、ビールを飲むにはちょっと……で、駅前の居酒屋で一杯。
 「ロシアン・ルーレット・たこ焼き」というのがあり、6個のうちに1個「激辛」が入っているという。ちょうど6人だったので、これを試す。
 被害者は野尻さんであった。
 夜行バスで東京へ帰るというノルマさんを送って茶屋町アプローズ北側の発着場まで。
 おれはここから5分で帰館である。

6月19日(火) 穴蔵
 終日穴蔵……のつもりであったが、雑事発生して、昼過ぎに外出。
 久しぶりにカレーが食べたくなり、ランプハウスへ。午後1時半で、空いてきた時間である。
 で……夜のメニューはカレーである。
 「一言いっといてくれればいいのに」
 シンクロニシティなんて大げさなことではなく、要するにカレーが食べたくなる周期であったのだ。偶然というより胃袋の共鳴。
 専属料理人の作るのも旨いのである。
 が、さすがに昼夜連続はつらく、グラタンを作ってくれた。これで白ワイン。
 眉村さんの「ミスター・カレー」ではないが、昔、富山の工場にいた頃、「カレー男」がいた。
 当時の工場食は、メニューは一種類で、予告があるわけでもなし。
 で、昼のメニューがカレーの日は、家に帰ると夜もたいていカレーだという人がいた。その確率8割くらいという。携帯電話もなし、昼休みにわざわざ公衆電話まで行くのも目立つしで、我慢するしかなかったのであろう。
 この人の場合、昼メニューは選べないわけで、偶然性はかなり高い。
 不運というべき……かなあ。

6月20日(水) 穴蔵
 終日穴蔵。
 早朝のニュース、渋谷の温泉施設の爆発事故一色である。
 風呂好きのボンクラ息子その1、よく「温泉」へ行ってたが、控えることになるかな。
 そういえば……2004年7月に爆発した九十九里浜「いわし博物館」はどうなってるのか。2004年10月に見物に行ったが、たぶんあのまま廃墟になっていくのだろうな。
 夜、集合住宅の大規模修繕委員会。
 これがあるから龍野行きを明日までずらしたのである。
 ま、しかし、前回に較べてずいぶんスムースに進む。
 前回はドキュメントの作成一手引き受けみたいだったが。
 「業者」が増えてマニュアル化が進んでいるのであろう。
 こちらも不動産への執着が希薄になってるしねえ。

6月21日(木) 大阪→播州龍野
 早朝の電車で播州龍野へ移動。
 しばらく田舎暮らしとなる。
 下男仕事色々、タイムマシン格納庫にてちょっと作業。
 夕刻、老母の夕食につきあって軽くビール。
 老母就眠後、トマトやチーズなど並べて軽くワイン。
 ま、本日は、特別といえば特別な、ちょっとブルーな日。
 サルトルくんはともかく、おーい、戸倉俊一くん、飲んでるかい?……っとくらあ、(雀が)シュンイチ……と、これはコーシンのギャグ。
 などと、わけのわかんまま、そろそろ就眠である。

6月22日(金) 播州龍野の日常
 梅雨空なり。
 下男仕事のあと、タイムマシン格納庫にて見張り番。
 某国へマシンが無事届いたのかどうか気がかりなところに、某行から電話あり、振込の連絡である。システム上ありうることだが、ありがたい話なり。もう少しシステムを工夫したら、船積み前に、いや製造もしないのに入金というのができそうだ……と、本気にしないように、エシュロンくん。
 夕刻、雨が上がったので、少し散歩。
 それは、薊でなければならなかった。
 ちがった。ドクダミだ。
  
 路傍の(たぶん)菊の一種が鮮やかである。
 わが家の周辺および庭の片隅には、ドクダミの白い花が、独特の臭気を放っているのだった。
 終日、なぜか気分は梅雨空のごとく。
 一杯飲んで寝るのである。

6月23日(土) 播州龍野の日常
 下男仕事色々。
 やらねばならぬことがあるのだが、2時間以上継続して自分の時間がとれず、何も進まない。
 食事のメニューとか洗濯物の片づけなんてことが浮かぶともうダメである。
 昔は1時間あれば少しは何かやれたのだが。
 アタマを使う仕事はしんどく、目先の雑事のみ。
 困ったことだ。

6月24日(日) 播州龍野→大阪
 早朝の雨音で目覚める。典型的な梅雨空なり。気分もしかり。
 老母が朝5時からゴソゴソ動き出す気配。ややこしいことである。
 昼前に来客予定あり、それが気になっての行動である。
 わが仕事は手つかず。
 来客あり、雑事色々の後、夕方の電車で帰阪。穴蔵に戻る。
 明日からしばらくは、荷風晩年のごとく「終日穴蔵」の予定である。

6月25日(月) 穴蔵
 終日穴蔵。少しは仕事もするのであった。

6月26日(火) 穴蔵
 昨夜から夜更かしして、午前1時に自宅へコーヒーを飲みに行こうとしたら、わが集合住宅前にパトカーが来ている。
 
 エントランスの扉のガラスが割られている。
 管理人氏に聞くに、深夜1時に若い男ふたりが、郵便ボックスをスタンド型灰皿で殴り続け、物音に驚いた管理人が出ていくと、管理人室の窓に灰皿を投げつけて壊し、玄関のガラスを蹴り割ってから逃げたという。
 当然、防犯カメラに画像が残っている。
 ひとりは野球帽のチンピラ、ひとりは黒スーツのホスト風・客引き風。ともに見たことのない顔という。この時間、梅田あたりによくいるタイプ。
 「手配写真」をここに公開しようかと迷ったが、やめた方がいいといわれる。法的な問題ではなく、つけ狙われたらまずいということである。
 顔は覚えたが、こんなのを深夜に発見しても、確かに処置に困るなあ。
 四半世紀以上住んでいて初めての事件である。
 終日穴蔵。

6月27日(水) 穴蔵/ハチ/信ちゃん
 終日穴蔵。
 昼過ぎにひと区切りついたところに高井信さんから電話。
 ちょうどいいタイミングなので、中間点「ハチ」で会うことにする。
 ハチ・ランチ。ビール一杯。
 高井さん、大阪に住んで2年だが諸般の事情で6月末、名古屋に引っ越すという。この話は聞いていたが、引き続き仕事の関係で月2回はこちらに来るというし、ま、本格的送別会はいいかという雰囲気。
 コーヒーおよび物々交換で送別会を兼ねる。安いものである。
 帰路、「ジャズの専門店ミムラ」に寄ったら、「デキシー系がどさっと出てまっせ」
 棚を見たら、確かに凄い充実。持ち主が亡くなったための処分と思ったら「生前処分」なんだとか。トラッド好き急ぐべし。……おれ? おれは、大阪ではニューオリンズ・ジャズは世界最高のライブが聴けるから、CDはもう増やさないことにしたのである。
 夜、久しぶりにビール、ワイン。
 明日は田舎行き。もう寝るのである。

6月28日(木) 大阪→播州龍野
 早朝の電車で播州龍野へ移動。
 田舎の実家、門柱の脇に凌霄花(のうぜんかずら)が咲きはじている。
 
 長年の習慣で、この花が咲くと、お茶を熱い煎茶から冷たい麦茶に切り替えるのである。
 下男仕事を精力的にこなす。麦茶作りもそのひとつ。
 そろそろ寝るのである。

6月29日(金) 播州龍野→大阪/SF検討会
 播州龍野にて下男仕事の後、午後の電車で帰阪。
 穴蔵に戻る。
 わっ。FAXからうねうねと某ゲラ、某書面、某伝票など、感熱紙が連続してあふれ出している。土日の楽しみが保証されたような。
 夕刻、かんべむさし氏来穴蔵。
 ひと月ぶりに「SF検討会」(会員2名)を開催する。
 30年前は週1、2度、20年前でも週1ペースであったこの会、今は月1が限界。おれは田舎との二重生活だし、むさしくんは月-金『朝ミラ』のパーソナリティを務めているから、金曜夕刻に限定されてしまうのである。
 それにしても、飽きもせず、よく続くことよ。
 本日の議題は多岐にわたるが、課題として残ったのは「敬遠」。
 歳とともに敬遠したいこと(人物も含む事案)が増えてくる。
 ……日本人は野球用語を一般化して使う傾向があるが(「続投」とか「全力投球」などね)、本場アメリカではどうなのだろう、という話。
 「敬遠」はやはり正岡子規の翻訳なのかな? ちょっと調べてみたが、よくわからない。語源は孔子で「鬼神を敬して遠ざける」にあるらしく、「故意四球」以前からとある言葉だから、野球用語が一般化したわけではないけど。
 けだし名訳というべき。

6月30日(土) 穴蔵/創サポ
 わ、6時半まで寝ていた。珍しい熟睡である。
 終日穴蔵。
 溜まっている雑件を処理するのであった。
 夕刻天満へ。創作サポートセンター専科の講義。
 提出作品が4編あって、「同族経営の製菓会社の相続を巡るミステリー」「ベビーホテルを舞台にした一夜の騒動」「血のつながりのない父子の二代にわたる相克と和解」「社会的にはどうしようもないダメ男だがなぜか他人に愛される男を中学生の娘の視点で描く中編」……と、すべてノンSFである。おれが適任なのか気になるところだ。
 それぞれ着眼点や題材などいいところは色々あって、面白く読ませてもらったが、最後の中編が問題作。どうしようもないダメ親父だが、男に好かれ女にはもて、しかも美形……。これは現実離れしていて、キャラクターとしてもどうか。(*田実を例にあげて)「風采はあがらないのに、なぜあんな奴がもてるのか……というのが現実で、たぶん一種のフェロモンによる。美形にはしない方がリアリティがあるのではないか」がおれの意見であったが、賛同者は半分くらいかな。しかも「こんな男を知っている」という意見も複数あって、これは意外であった。
 本日、色々なことが片づいた解放感のあって、近所の中華屋でのウチアゲにもつきあう。
 ビール飲みながら、引き続きモテルモテナイ議論。
 美形の田村正和よりも兄の田村高廣に「男の色気」があったなどと言ってると、うら若き女性が「田村高廣はバンツマによく似ている、ただ無声映画時代のバンツマには色気が感じられない」などと話し始めたのに驚く。聞けば、ご母堂が時代劇チャンネルのファンで、毎晩つきあって見ているからという。
 世の中、おれにはわからんことが色々ある。

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