『マッドサイエンティストの手帳』322
●マッドサイエンティスト日記(2005年1月前半)
主な事件
・龍野←→大阪、いたりきたり(1日〜)
・NEW YEAR JAZZ PARTY 2005(9日)
・堀川戎にタイムマシン繁盛祈願(10日)
・ハチで年男引き継ぎの儀式(11日)
・シンポジウム「大阪にアトムが生まれる日」(15日)
1月1日(木)
久しぶり(8年ぶり)に播州龍野の実家で新年を迎える。
特別の感慨もなし。ここまでくれば、もう惰性だものなあ。
朝4時に朝刊が届いたので目を通す。アーティ・ショーの訃報。12/30に死亡で94歳という。今年の聴き初めはグラマシー・ファイブとするか。
7時前、写真撮影のために揖保川堤から旭橋まで行ってみるが、橋の上、残雪が凍りついて、ちょっと危ない。
初日の出が撮影できないではないが、絵にならないことに気づく。山のかたちが、西側はいいが、東は凡庸。「赤とんぼ」のイメージどおりで、龍野は日没の方が絵になる。山の中腹まで登ればいいのかもしれないが、この路面では無理である。
8時頃に、母と形ばかりの朝祝い。
おれは長年「餅は年にひとつ」と決めていたが、それも去年の1月1日正月で最後にした。雑煮は母用だけに作る。年末に親戚が大量の餅をくれたのだが、どう処分したものか。老母が喉に詰めないか、心配でならない。ありがた迷惑の典型である。
ということで、おせちで年に一度の朝酒。
午後帰阪。
さすがに電車はガラガラである。
夜はボンクラ息子その2が年末に阪急で買ってきてくれたという推定180グラムの和牛ステーキでワイン。(カニも買ってきたというから、親父より羽振りがよさそうだ)
あとは穴蔵に移動して、アーティ・ショー「コンプリート・グラマシー・ファイブ」を聴く。
1月2日(日)
朝7時に梅田へ出ると、阪急・阪神の両百貨店、ともにコンコースに長い列ができている。福袋争奪戦らしい。たいしたものだ。
播州龍野へ移動。
姫路駅前の山陽百貨店、こちらも9時前というのに、社員総出で行列の整理に当たっている。こちらは福引きがなんとかと叫んでいる。
本日は比較的暖かい。
午後、DiMAGE A200を持って龍野公園まで。
老母が昔通った女学校、今は「龍野城跡」というが、建造物はチャチ。28mmの効果でそれらしく写る。
帰ったら、老母が着物を着ていて、「米寿の記念写真」を撮ってくれという。
正月で、数え年八十八になったのであった。
20枚ほど撮影、葬式用のを選ぶと言い出す。気が早いことである。まだ卒寿や白寿がありまんがな。
夜、NHKで『新シルクロード』を見る。ヤラセとまではいわないがねえ。ともかく時間と金がかかっていることはよくわかる番組だ。
1月3日(月)
雑件あって大阪と往復するか迷うが、本日Uターン・ラッシュのピークらしく、気が重くなる。
半日、タイムマシン格納庫で雑用。
午後は実家のこたつで収縮したキンタマをほぐす。
夜、寒くて書斎にこもる気にならず、テレビで『ナニワ金融道』を見る。……もう6回目である。まあ普通の2時間ドラマのレベル。しかし、小林薫という役者、災難だなあ……。
1月4日(火)
播州龍野の日常。
雑件あり、日帰りで大阪往復と考えるが、本日からボンクラサラリーマン諸君が始動、Uターン・ラッシュも終了していない気配。
結局、龍野にもう一泊して明日帰阪ということにする。
料理はおせち終了、通常に戻る。昼、おれは餃子を焼いてビールを飲むのであった。
近日放映の連ドラ『富豪刑事』のアラ探しに備えて、『富豪刑事』を再読。細部に色々な実験的な試みを発見して驚く。
1月5日(水)
播州龍野の日常……は昼過ぎまで。
夕方、帰阪。
なんだか久しぶりに帰ってきた感じである。
今頃年賀状の整理など。
穴蔵……暖かいなあ。
1月6日(木)
終日穴蔵……といきたいところだが、雑用山積。
銀行関係その他あって、朝から市内ウロウロ。自転車で回れば早いのだが、寒くていけない。歩く方が全身が暖まっていい。
ということで、9時前から昼過ぎまで、歩行約5キロかな。
扇町公園も堂山町も通過したが、ルン吉くんの姿はない。元気にしているのだろうか。
午後は穴蔵で雑用。
1月7日(金)
終日穴蔵。
あまり仕事はしないのであった。
夕食時、寒くてビールをさほど飲む気になれず。と、専属料理人がいうのに、ボンクラ息子その2の部屋に「伊佐美」があるとか。九州出身の友だちが持ってきたらしい。
グラス半分ほどを貰う。
子供の焼酎を盗み酒、あまり尊敬されそうにないなあ。ま、しかたあるまい。
1月8日(土)
終日穴蔵……ともいかず、調べることあって、中之島図書館へ。
本日も寒波。自転車はつらく、歩いていく。散歩の距離としてはいいのではないか。
が、目的の資料、大部分が荒本に移されている。
中之島図書館の内部はかなりレイアウトが変わっている。スペースに余裕が出来た感じだが、要するに、資料を荒本の中央図書館に移したから空きスペースができたということのようだ。
大阪暮らしもだんだん不便になるなあ。
目的の資料はないが、新潮社の『波』で小林信彦の連載、『東京少年』の1年分を読む。前半が『冬の神話』のリメイク版、後半は今まで書かれなかった(初期の短篇『日々の漂白』にちらっと書かれたくらいか)新潟への縁故疎開になる。『冬の神話』に比べより事実に忠実と読める。春頃に完結か。秋には望月<グズラ>英明さんと、色々と酔っぱらいつつ論じることになるだろう。
1月9日(日)
晴れた空、そよぐ寒風。
昼、専属料理人と梅田へ。
旭屋書店で、横浜から来た兄と合流。
南へ5分ほど歩いて、梅田新道、ビアホール「スーパードライ」へ。
新年恒例のニューイヤー・ジャズ・パーティ「NEW YEAR JAZZ PARTY 2005」に参加である。
関西のデキシー好きの新年会みたいなもの。
今年は盛況で、いつもならメインのホールが一杯というところ、さらに奥の別室?のドアも開放して、ともかく、全館満席状態である。
平均年齢……出演者も含めて……たぶん60を超えていると思うが、若い女性も増えてきて、ありがたい限りである。
出演順に
ロイヤル・フラッシュ・ジャズバンド
ニューオリンズ・レッドビーンズ
グローリーランド・ジャズバンド
キャッスル・ジャズバンド
マホガニーホール・ストンパーズ
デキシーランド・ハートウォーマーズ
ニューオリンズ・ラスカルズ
7バンド出演で、ともかく飲み放題というのがいい。
2バンド目あたりで、ビールも十分に行き渡って、チャールストン踊り出す隊列も出てくる。皆さん元気だなあ。
わしらは奥の方のテーブルで、倉敷から来た小野さん、神戸の藤本夫妻と、お馴染みの方々と同テーブル。ビールからワインに切り替えて、ともかく4時間半、飲み続け。
久しぶりにキャッスル・ジャズバンドの桔梗亮三さんのクラを聴いた。
姫路で誕生したバンド、30年ほど前、桔梗さんは確か北海道に転勤、しかし、デキシーランド・ジャズ・フェスティバルなどでは「海峡を越えて」帰ってきてはった。その頃から聴いている。バンドのメンバーは若返ったが、桔梗クラ、まさに円熟、花岡さんがデキシー・キングスを離れてスイングに移った今となっては、ハッピー・デキシーのクラでは第一人者であろう。
ということで、今年のジャズはデキシーで始まった。
夕刻、播州龍野へ向かう兄と大阪駅で別れ、歩いて帰宅。
長尾三郎『週刊誌血風録』(講談社文庫)を読む。
活字文化に元気がある、いい時代であったのだなあ。
1月10日(月)
やや二日酔いである。
夜中まで本を読んでいたこともあって、朝7時まで寝てしまった。
珍しいことである。
10時前に某くんがクルマで来たので、いっしょに西天満ま堀川戎へ。
恒例の商売繁盛祈願である。
朝10時で、参拝客は少ない。
さっさと拝んでさっさと退散。
福笹、500円値上げしている。
ハチママにいわせれば、堀川戎は「貧乏戎」らしいが、さりとて急にやめたらたたられそうだしなあ。
「導師」に桂米八さんが座っていないかと期待していたのだが、今年もいない。
初めてお参りした2002年、米八師に御祓いを受けた。この年がタイムマシンもいちばん好調だったのである。
米八師匠、来年は頼んまっせ。
だいたい、えべっさんは耳が遠く、社の裏側に回って壁をドンドンと叩いて「たのんまっせ」と言わなければ通じないという。
で、裏に回ろうとしたのだが、堀川戎の裏は別の建物が密接していて、それらしきスペースはない。
ま、赤字にさえならなければ、細々とでいいんだけどね。
1月11日(火)
朝から西長堀の市立中央図書館へ。
雑誌関係を調べるが、ここは月遅れの雑誌は貸し出し可能となるので、欠番が多い。
昼、荒本の府立中央図書館へ移動。
が、なんと休館である。ネットで調べてから来たのによ。「開館日カレンダー」2005年のはまだ掲載されていないのである。房江、ちゃんと指示しとけよ、ったくもう。
ここは地下鉄から近鉄に路線が変わるから、料金が跳ね上がる区間でもある。
困ったものだ。
午後、予定が空いてしまったので、阿波座に引き返し、かんべむさし氏の仕事場で雑談1時間。こんな事情で寄られたのでは、かんべ氏も迷惑であろうが。
DiMAGE A200を持っていたので、かんぺむさし氏のプロフィールを撮影。
せっかくだから、かんべむさし氏の近影を公開。
男としての深まりを感じさせる横顔で、この陰影はコンパクト機では出せない。
少なくともかんべページに掲載されている写真よりもはるかにいい出来映えである、と自画自賛。
雑談内容は、この写真の雰囲気ではなく、アホなことばかりである。
いったん帰宅。
夜、歩いてハチへ。
ハチの「年男」交替の儀式をやるということで、ハチママからの呼び出しである。
ハチママはいわゆる「けんげしゃ」で、どういう訳か、その年の「年男」を決めていて、毎年「堀川戎」にお参りするということになっている。
去年の年男がおれ(申年/年齢は書かない)であり、今年は1歳年下の「大ちゃん」(酉年)である。
ということで、酉年の大ちゃんと「引継ぎの儀式」を行い、ビールで乾杯。
おれは堀川戎には昨日お参りしているので、儀式終了後、歩いて帰宅。
ハチでは夜中まで大騒ぎするらしいのだが、本日はつきあえる体力なしである。
1月12日(水)
終日穴蔵。
夜、テレビで『A・I』放映だが、ちょっと長いねえ。一応ビデオをセットして早寝。
1月13日(木)
昨日「青色LED訴訟、8億4千万円で和解」のニュース。
これに関して、中村修二教授のインタビューが放映された。
「100%負け」「日本の司法制度は腐っている」「和解を強要された」「代理人の意見にしたがってのこと」……
色々とキンキン声(これ、横山やすしが一番嫌う声質ね)で吠えているけど、これはおかしい。
わが事件の場合、徳間康快氏がテーブルを叩いて和解を拒否したのである。このことは、いずれ詳しく書くけど。
最高裁まで争っての結果が不満なら、こんな捨てぜりふを吐いてアメリカへ去るのもいいと思うが。
まあ妥当な線ではないか。おれの予想は10億だったけど。
昨年の文芸春秋4月号に乗った山口栄一氏の論考、3月12日に読んだのだが、この記事での認定は2億くらいではなかったっけ。意見は妥当だが、心情的には(経営批判ね)上積みがあってしかるべきと思ったのである。
発明者としては、これ以上争っても金額は増えそうにないから和解したが、小川英治くんへの怒りがおさまらないというところだろうか。
小川くん、一度は真っ青になったのだから、いいのではないかい。
朝から荒本の府立中央図書館へ。
夕方まで。色々読む。
夜、テレビで『富豪刑事』第1回を見る。……深田恭子という女優(タレント?)を初めて見たが、利口そうに見えない(むしろバカにしか見えない)ところが決定的なミスキャスト。喜劇にもなっておらず、はっきりいって見るに耐えない。来週からの「強力な悪役」登場に期待をつなぐ以外にないね。
1月14日(金)
かんべむさし氏がここのフリーメモに、東京の友人が「SWING TAXI」に乗ったエピソードを書いている。
管球アンプを積んだジャズ・タクシーで、ぼくは乗ったことはないが、コラムで読んだことがある。
たまたま偶然、今朝の産経・朝刊に、このタクシーについて詳しい記事が載っている。
色々面白いエピソードが紹介してあるが、いちばん感心したのが、ヤクザらしい3人が乗ってきた時の話。
助手席に乗ったチンピラ風が「音を消せ」といったのに対して、後部席の兄貴分が「運転手さん、これコルトレーンでしょ。音量を上げてください」といい、つづけて「この曲は17分かかりますから、少し遠回りしてくださいな」
こんなヤクザ、大阪にはいそうにないな。
朝から荒本の府立中央図書館へ。
昼過ぎまで。色々読む。
帰路、ハチに寄ってコーヒー。
夕刻に近い午後、堂山町〜泉の広場あたりを歩いて抜けるが、ルン吉くんの姿はない。
年末に扇町公園から定位置を変えてしまったようだけど、どこへ行ってしまったのだろう。
1月15日(土)
昼過ぎに出かける。
堺筋本町の大阪産業創造館へ。
「大阪にアトムが生まれる日−−ロボット産業の可能性を追う」というシンポジウム。
会場には上田早夕里さん、八杉将司さんも。
プログラムは、
■ 基調講演 瀬名秀明氏「あしたから未来へ−−21世紀□ボットの夢と現実」
瀬名さんの講演はさすがに高密度。
大量の資料を駆使してロボット開発の現状を紹介し、最大の問題は「キラー・コンテンツが見つからない」点にあると指摘。……これは、その後のパネルや質疑応答でも中心的な話題になった。
瀬名さんの見解は、キラー・コンテンツは「ヒューマニティ」(ロボットと触れあうことによって逆に人間性が再評価・再発見できる、ということかな)に見出せるのではないかということである。
瀬名さんらしい、きわめて格調の高い講演であった。
■ ロボット実演
「ホスピー」松下電工……病院内搬送ロボ
「□ボビー」ATR……皮膚感覚を実現している
「太極(たいち)」ニルバーナテクノロジー……太極拳の動作などが音声で指示できる
「チラシ配布□ボ」ビー・エル・オートテック……手首モジュールから進化したらしい
「災害現場対応の蛇型□ボット」ロボメカニクス研究所……これはテレビでも何度か見た
コーディネー夕一・大阪産業創造館の美濃地研一氏が「ロボットで大儲けしようとかひと山当てようという方はぜひ当館をご利用ください」といったのには笑った。さすがに民間からの出向だけのことはある。
■「□ボッツ」プロモーションビデオ上映
■パネル討議
・長島是氏(三菱重エ業神戸造船所新製品・宇宙部部長)
・東嶋和子さん(科学ジャーナリスト)
・大和信夫氏(ロボットベンチャー・ヴィストン社長)
・浅野幸治氏(大阪府企画室)
・コーディネーター 浅田稔教授
スペシャルゲストとして瀬名さんも。
ここでは、各氏の見解が一通り述べられたが、なんといっても素晴らしいのが、例によって浅田稔さんの仕切り。
多岐にわたる話題を整理し、会場からの意見に応えつつ、パワーポイントでパネラーの発言要旨を整理していく(これ、同時進行でっせ)
おれが余計な紹介をするよりも、写真を見て貰うのが正確である。
まるで神業であるなあ。
で、浅田先生、今後のロボット開発の中心となるべき大阪キタヤード(おれんちから徒歩10分ね)に出来る「ロボシティ・コア」に関連づけて、「これをライフワークとする」「このシンポジウム『大阪にアトムが生まれる日』と題したが、アトム像(既成のロボット概念)をいったん破壊して新しいアトム像(新しいロボット概念)を創造する段階に来ている。これは、阪神タイガースを愛するがゆえにボロクソにいう、そういう『なにわ気質』に満ちた大阪でこそ可能なのではないか」(正確ではないが、こういう主旨)とまとめられた。わしゃ、大きな拍手を送りましたね。
ということで、予定時間を30分超過して、17:30に終了。
会場にいる皆さんと色々しゃべりたかったが、次の予定あり、そそくさと退場。
雨の中、歩いて徒歩12分、天満のエルおおさかへ。
某エンターテインメント・ノベル講座「SFの書き方」講義の日である。
18時から2時間。
の予定がこちらでも30分超過して20時30分まで。
だいぶロボットに刺激されたらしい。つまり自分でも「新しいロボットSFを考えならがらの講義」になってしまったのである。
あと、ちょっとビールを飲んでいたら、午後10時。
高密度の午後であったなあ。
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