『マッドサイエンティストの手帳』277
●マッドサイエンティスト日記(2003年6月後半)
主な事件
・コリアンタウンでハードSF(16日)
・滝川雅弘月例ライブ(17日)
・神戸の石畳を歩く(18日)
・阿倍野再開発地の「廃墟」を歩く(20日)
・異人館あたりを歩く(23日)
・工場跡地を歩く(24日)
・NTTの電話セールスは違法行為ではないか?(28日)
2003年
6月16日(月)
曇天である。
少しはまじめに穴蔵で仕事をするのであった。
某「天満地帯」のタウン誌をほとんどひとりで切り盛りしている井上さん、昼過ぎに来穴蔵。ダンボール箱を広げていたら珍しい写真が出てきたので、それも渡す。
どうなりますやら。天神祭を目指して鋭意準備中である。
夕刻、地下鉄で鶴橋へ。
大迫公成さんからの連絡で、金子隆一さんが関西へ来ているから、鶴橋で焼き肉でもどうというお誘いである。わしゃ韓国料理なら毎日でもいいほどなので、喜んで出かける。他に野尻抱介さんと林譲治さん。大迫さんが「仕事で知り合いの女性SFファン」を連れてくるというから、誰かと思ったらソリトン同人で「Anima Solaris」にもかかわっている児島康子さんではないか。「英語」関係での知り合い。世間は狭いものである。
6人で歩いてコリアンタウンへ。
ここまで来るのははじめてである。
「カルビハウス」で盛大に焼き肉。ロースかと思ったらバラ肉であった。量は普通の店の1.5倍くらいある。
徒歩15分の値打ちはある。
こういうメンバーだから、話題はとうぜんハードSF。
井田茂『異形の惑星』を読んで、ホット・ジュピターについて、「本影」部分の利用を漠然と考えていたのだが(←40年前に書いた「イカルス」の拡大版ね)、野尻構想を聞かされて愕然。とんでもない着想に圧倒される。……ただし、小川一水さんはすでに短篇を書いているのだという。すぐに図書館へ行かなければ。
その他……まあ、公表できない話色々。
冷麺で仕上げ21時頃である。
6月17日(火)
雨、本降りである。
終日穴蔵。
オーディオ環境をまたも改造。
パソコン横に置いていたtimedomain miniを「寝転がって本の読める」部屋に移し、そちらに置いていたミニコンポを仕事部屋に移動。要するに入れ替えである。
この数日、全然仕事が進まない原因がtimedomain miniであったのだ。 仕事しながら聴くつもりが、どうしても気合いを入れて聴きこんでしまう。ライブ会場にいるのと同じ感覚になってしまうから、それだけ疲れるわけだ。1日5時間以上のライブというわけにはいかんものなあ。
ということで、ミニコンポの「甘ったるい」(←と感じてしまうようになってしまった)音を聴き流しながら、これだと少しは仕事もできるのであった。
が、夜8時過ぎに穴蔵を抜け出して谷九SUBへ。
滝川雅弘カルテットの月例ライブである。
本日、客4人。……阪神が甲子園で試合をやっている影響らしい。
リクエストなんでもということになって、パーカー版「インディアナ」の「ドナ・リー」をお願いする。絶品。バップの神髄であるなあ。
6月18日(水)
雨である。
ほぼ終日穴蔵。
集合住宅関係でまたもちょっとややこしい問題。わしゃ理事長役は終わっているのだが、過去の事例がどうこうとなるとなあ……。
夕方、神戸文化ホールの会議室へ。
神戸ジャズストリートHPのリニューアル打ち合わせ。
今年の「神戸ジャズ副大使」の二神くんがHP製作を仕事にしているプロで、試作ページを見るが、さすがにあか抜けたデザインである。
終了後、末廣ご夫妻ら数人で三宮のごく大衆的な中華料理店へ。
店名は書かない方がいいのかな。餃子が売りだが、焼きそばなど、ありふれたメニューが抜群に旨い。駅のすぐ近くの路地にあって、こんなかたちで連れてきて貰わなければわからないな。ビールのあと紹興酒。
神戸の安くて旨い店を教えてもらうだけでも来た甲斐があったというものだ。
末廣光夫「****が連れていく店、ありゃ何だ。味覚音痴じゃないのか」
こんな店で食べると、その通りですという他ない。
6月19日(木)
終日穴蔵。
が、心配なニュースや訃報が重なって落ち着かぬ日である。
ひとつはごく親しい****さんが階段から転落して救急車で運ばれたという連絡。
幸い、骨折はなく、肋骨にヒビということらしい。が、めまいによる転倒らしいから、そちらの原因がちょっと心配。
午後に、サラリーマン時代にいっしょに仕事した方の訃報。会社時代の知人とのつき合いはほとんどないが、リタイア後も時々会う数少ないひとりであっただけにショックが大きい。
週末に予定していた飲み会をキャンセルする。
夜、集合住宅関係で相談事。
ややこしいことの多い日だ。
午後9時頃にやっと落ち着いてビールを飲む。
阪神が横浜に勝つが、おれにはそんなことどうでもいい。巨人も勝ったのが気に入らない。
ふて寝。
6月20日(金)
天王寺まで出かけたついでに、午後、「阿倍野再開発」地区の「廃墟候補地」を歩く。
阿倍野再開発は20年以上前に始まったはず。やめときゃいいのにと思ったものだ。これは後知恵ではない。地下鉄「花園町」から山王町を抜けて阿倍野筋・近鉄百貨店の前まで延々とつながる細く長い商店街があって、ここは学生時代に古本屋回りをする時の経路のひとつ。80年頃まで隠れ散歩道でもあり、その終端であった。……ここから天王寺公園を抜け、通天閣の下、ジャンジャン横丁で串カツと生ビールということになっていた。
天王寺公園が「有料」になってから、このコースを歩くことはなくなった。
まったく大阪市というのはひどいことをするぜ。
阿倍野地区の町並みも好きであった。
想像以上にひどいことになっている。
ビワがなり、アジサイが咲いているのが悲惨である。
工事中の高層ビルはマンションになるのか?
ゴーストタウンを見下ろす高層マンションは風情がありそうだが。
大阪から出たくなる。もう別に大阪に住んでいる必要はないのだが、今まで30年以上税金をふんだくられてるからなあ。少しは「福祉」で返してもらわないことには。
ビールを飲みながらテレビ。
巨人が負ける試合がない日で寂しい。
報道特集で「阪神の応援団」を取り上げている。
ゲストが後藤政治氏。が、後藤氏ともあろう人が、コメントが甘い。阪神応援団の「統率」を紹介しながら、アナウンサーが「こうしてひとりひとりが自由に応援できるところがいいんですね」といったトンチンカンなことをいったのに、否定のコメントなし。
おれが球場へ行かないのは、応援団の圧力(それも「無言の圧力」なんてものではない)が嫌だからである。……学生時代、スポーツ紙でアルバイトしたことがあり、この時はカメラマンの横で途中まで見る、途中でフィルムを持って社に走るという、楽しい仕事だった。ネット裏の特等席で見るから面白かった。この時には応援団の害は感じなかった。この連中が怖くなったのは、その後、外野席(それも広島戦だったか、空いている試合)で観戦した時だ。北朝鮮のマスゲームとか、某巨大宗教団体と同質の恐怖を覚えましたね。
くどいようだが、おれは巨人ファンである。
いつも「巨人負けろ」と「応援」しているのである。
似たような立場で「アンチ・タイガース」というファンはいないのだろうか。
「負けろ!」「井川、打たれろ!」「八木、三振しろ!」「金本、落とせ!」……こういう声援を送ると、甲子園では三塁側でも袋叩きではないか。
アンチ・ファンというのは、テレビで応援するしかないだろうな。
本日も訃報がひとつ。
<訃報>山本廉さん73歳=俳優 山本廉さん73歳(やまもと・れん=俳優)17日、脳いっ血のため死去。
山本廉といえば、なんといっても「独立愚連隊西へ」の関曹長だ。
拳銃かまえて「西部劇にこんなのがありましたなあ」、機関銃構えて「ギャング映画にこんなのがありましたなあ」の名セリフ、それに堺左千夫との格闘場面などを思い出す。あの頃の岡本一家はやっぱり凄かったなあ。天本英世といい、個性的な役者が消えていく。
6月21日(土)
ほぼ終日穴蔵。
運動不足なので、市内を自転車で1時間ほど走る。
白ワイン(阪神タイガースのラベル)を買って帰宅。……専属料理人の鑑定では、代表的千円ワインで、ラベル代が200円くらい乗せてあるという。確かに。もうタイガース・ブランドは買わんぞ。巨人をやっつけてくれる「正義の味方」だと思って買ったのに。
本日、わが**歳の誕生日である。
サントリー5へ出かけてラスカルズを聴くつもりでいたのだが、訃報のあとで出かける気分にならず。もっとも、ニューオリンズ・スタイルで送るという考え方もあるのだが、ど演歌愛好の人だったからなあ。
自宅で白ワイン。
東京ドームの巨人〜阪神戦中継を見ながらであるが、長嶋の「解説」(←というより、何をしゃべってるのかわからんから、ただの音響だな)がうるさいので、テレビ消音、追悼の意味でジョージ・ルイスの「PLAYS HYMNS」を聴きながらワインを飲む。
と、なんと8回裏に10点の猛虎猛攻。ルイスの切々たるクラリネットの響きと阪神の猛攻という無音画像の組み合わせはシュールですらある。長嶋のうるさいしゃべりがないだけ素晴らしい。どんなことしゃべってるのだろう。巨人の久保という投手、今にも泣き出しそうな顔がなんともいい。ファンになるよ。アホ原の茫然自失の表情もいい。海亀の産卵みたいな顔しとる。ははは。
200円のラベル代、無駄ではなかった。
これからは巨人戦、賛美歌を流しながら見ることにしよう。巨人追悼にもなるしね。
6月22日(日)
昼、阪急で伊丹へ。
会社員時代いっしょに仕事をしてきたM氏の葬儀である。
某大手電機メーカーの部品組立をやる事業所を長年ひとりで仕切ってきた人である。
発注側から見れば1下請け会社に当たるのだが、そのメーカー側から、リタイアした人を含めて10人以上、知った人はほとんど列席。M電器の社風でもあるが、いかに信頼されていたかわかろうというもの。……それに比べて某「親会社」は冷淡なものだ。閉鎖した事業所などもはや関係なしで、労務屋あがりが約1名、それもわしゃ一生顔を見ずに済むと思っていた御仁だから憂鬱になる。まあ、もう会社勤めというのは終わったことだから、余計なことはいうまい。
パートの「おばちゃん」連が多く来ているあたりが人徳である。
親しいメンバーで近いうち「偲ぶ会」をやろうということで別れる。
帰宅したら、知人からメールで訃報。
ピーナッツ・ハッコーが週末に亡くなったという。
1918年生まれだから享年85歳。……わ、わが母と同年生まれだったのだ。
夜、鈴木章治との「鈴懸の経」を聴き、続けて「ベニーグッドマンへのトリビュート」を聴く。あと、記憶にある映像では「真夏の夜のジャズ」で、サッチモ・バンドのクラとして出ている場面かなあ。
6月23日(月)
天気予報では晴間ありだったのが曇天。
昼過ぎ、神戸へ。
神戸ジャズストリートのHPリニューアルを進めているジャズ副大使・二神さんと、北野坂〜異人館・外国人倶楽部まで、ぶらぶら歩く。ああしんど。
二神くん、190センチの長身。神戸生まれなのに異人館地区にくるのは初めてという。おれも通天閣に登ったことがないから、そんなものか。
しかし、男ふたりで散策する場所じゃないな。
HP用の写真素材探しだが、今ひとつ「絵」になる場所がない。
結局、ソネの前で舗道に埋め込まれた「KOBE JAZZ STREET」のプレート撮影した程度。
神戸の観光写真ではなく「ジャズ風景」がほしいのだが、電線蜘蛛の巣国家・日本では、神戸に限らず、町並みじたいがだめだ。
またもニューオリンズへ行きたい気持ちが再燃してくる。
6月24日(火)
早朝の電車で播州龍野の実家へ移動。
昼前に、近所にいる某くんとクルマで姫路へ。
姫路在住の元同僚M氏に、先日の葬儀の報告。
昔の工場跡地に近いので、いっしょに見学に行く。
姫路港に近い工場跡地、10年ほど前に巨大ショッピングセンターになったというのだが、訪れる機会もないままであった。
確かにでかい。
何度か来たことのある場所だが、昔の面影は皆無。古い工場の場合、煉瓦の壁を一部残したりするものだが、ここまできれいさっぱり片づけるのもまたよし。もともと史跡に残るようなものはなかったともいえるわけだし。
ま、ここは感傷に浸るような思い出もない場所であり、どうでもいいのであった。
昼間でクルマだからビールというわけにもいかず。
中の食堂街でうどんを食べたのであった。
チェーン店なのでふつうの味であった。
夕刻帰阪。
6月25日(水)
雨である。
終日穴蔵。
6月26日(木)
週刊新潮、博多の一家殺しの犯人をほぼ断定している(と読める)。
多数の訴訟をかかえていながらよくやるよ。これは相当な確信があっての記事なのだろう。
テレビも新聞も、ベンツの発見くらいしか伝えない。水面下で「事情聴取」中。
現地に行けばクチコミではっきりわかる「犯人」がいるのだろう。和歌山のカレーみたいに。
「主犯」はこの記事のとおりで、「実行犯」は「外国人」(これもどの国かは常識でわかる)というところか。「実行犯」が捕まらないと長引きそうだ。
葬儀のビデオが各局にあるはずで、犯人逮捕の時には、「何くわぬ顔で」参列していたビデオが繰り返し流されることになるのであろう。と予測。
終日穴蔵。
……のつもりが、ちょっと気になる症状あって、昼前に回生病院へ。
気にするほどのことではなく、パソコンに向かっている時間を減らせばいいだろうというが、あまりに若い医師なのでなあ。
午後からは、終日寝そべって、本を読んで過ごす。
本日、滝川雅弘さんがマンハッタンで、珍しくも美穂夫人とのデュオを演る日。聴きに行きたいが、「症状」が耳に係わることなので、残念ながら見送るのであった。
6月27日(金)
晴れているが、午後は雨の予報。
朝から市内ウロウロ。株主総会集中日らしいが、本町あたりには行かないので、ふだんと雰囲気は変わらないのであった。
ジュンクドーに寄ってSFマガジンを読む。
小川一水『老ヴァールの惑星』……ホット・ジュピターを題材にした最初のハードSFである(少なくとも日本初)。これが「若干27歳の中堅作家」の作品とは……。うちのボンクラ息子その1とそう変わらぬ年齢、えらい違いである。題材が「ホット」だから、もっとセンセーショナルな書き方もできるはずだが、昔の光瀬龍を思わせるタッチである。時代は変わっていくなあ。
6月28日(土)
雨である。
終日穴蔵。
午後にまたもNTT西日本から「セールス電話」。3度目ではないか。Bフレッツかなにからしいが、さすがに頭にきて「二度とかけてくるな」と怒鳴る。
穴蔵にセールス電話がかかってこないように、日頃どれだけ注意し、苦労しているか、NTTはわかっているのだろうか。
番号を非公開にし、信頼できる人にしか教えていない。
防波堤役の専属料理人の努力も並大抵のものではない。
NTTは電話番号簿を持っているわけだから、この防波堤を易々と突破する。
間違い電話を除けば、この2年で、セールス電話は(NTTから以外は)2件だけ。それも「なんとかの編集部です」と専属料理人を騙して番号を聞きだした不逞の輩だけである。1件は文部省外部団体を名乗って「政党大鑑」を売りつけようとしたやつ。もう1件は、やはり出版社を名乗って番号を聞きだした「同和団体を名乗る」男であった。
幸い、その後、セールス電話はない。
NTT西日本を除いて。
電話番号簿を持っているNTTが電話セールスをやるのは、はっきりいって違法行為ではないのか?
ともかくこちらは「非公開」にしているのである。
NTTのセールス担当とは一面識もない。
電話帳で「迷惑電話でお困りの方へのご案内」の欄を調べる。
「しつこいセールスの電話」に対して「ハッキリ断りましょう」などと書いてある。
喧嘩を売られている気分である。
あるいはナンバー・ディスプレイなどのサービスを売りつけるプロモーションなのか。
116へ相談すると、「上司に代わります」といって、「豊中の○○○」という男が出てきた。
「申し訳ありません、処置します」というが、本当だろうか。今度あったら法的措置を検討せざるをえまい。
ともかく、とんでもないことやってくれるぜ、NTT西日本はよ。
終日気分悪し。
土曜で、ラスカルズを聴きに行きたい気分だが、耳鳴りが治まらず。
専属料理人が「イタリアの家庭料理」的なのを数皿作ってくれたので、これを並べて白ワイン。
巨人〜中日戦、テレビ消音にして、ラスカルズのCD(むろん賛美歌入り)を流しながら見ていたら、見事に1-0で負ける。ははは。巨人戦はこれに限るなあ。NTTから被った不快、少し治まる。
6月29日(日)
朝、珍しく強い日照りであるので、穴蔵を少し乾燥させるために掃除。
7時から1時間ほど。
が、9時頃には曇ってきた。湿度も高い。梅雨明けまではしかたあるまい。
午後、上六の都ホテルへ。SARS騒ぎに巻き込まれたホテルだが、結構賑やかである。
喫茶ラウンジで住田千鶴子さんに会う。
高石市で「ユニークジャズダンススタジオ」主宰、自らも現役のジャズダンサーなのだが、ともかく経歴が凄い。
1960年代はじめに歌手のビリー・バンクスと組んで海外公演を含む活動。
この時代、バンクス氏の家が六本木にあったことから、来日ジャズメンのほとんどが転がり込んできたというのである。
トニー・スコットが来たというあたりから聞きだして、アート・ブレイキーが来るわ、ジェリー・マリガンが来るわ、ジョージ・ルイスご一行が来るわ(なんたる組み合わせ!)、ついでに「ジャニー○○川」の若いときの話とか離婚後の白木秀雄の話とか、びっくりするなあ。
写真左は「HAMA」名でビリー・バンクスと。右が現在。
ダンスには意欲的で、9月14日には高石市民文化会館で『静御前』を「邦楽」と「少林寺拳法」の組み合わせで踊るという。
また時期がくればご案内したい。
ぼくにとってはジャズが聴きたくても聴けなかった時代の、貴重な証言者である。
6月30日(月)
病気のことはあまり書きたくないが、先日来の右の耳鳴りがひどくなる。
パソコンのファン程度だったのが製糸工場にいるくらいになる。
月一度行く内科医院で相談。血圧は147-74と正常。平衡感覚のテストも異常なし。……耳鳴りの原因は結局わからないことが多いという。脳神経なら聴力障害が起こるらしいが、聴力自体は落ちていない。
やっぱり疲労か老人性か。
先日の「耳鼻科」の診断は基本的に間違ってはいないということらしい。
TIMEDOMAIN mini を愛聴しはじめてからの症状であるから、これはむしろ高忠実音に目覚めて聴力が進化しはじめたと解釈した方がいいのだろうか。
聴覚が進化して体内の血流音まで聞き取りはじめた……。
そう考えておいた方が気が楽である。ライブハウスでもノイズはあるわけだし。
ともかく「聞こえるうちに楽しむべし」というお告げであろう。心を入れ替えて聴きまくることにしよう。
月末で、市内をウロウロする仕事。
ただし、銀行はどことも(「りそな」まで!)月末とゴト日が重なってATMに長い列。まあこちらは借金の返済があるわけではないから、銀行関係は明日に延ばす。
気がつけば今年前半が終わっている。
困ったものだ。
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