『マッドサイエンティストの手帳』229
●マッドサイエンティスト日記(2002年2月後半)
主な事件
・ウズベキスタン行き(〜16日)
・滝川雅弘ライブ(19日)
・またもタイムマシン製造者の日々…
2002年
2月16日(土)
ウズベクからの帰路、仁川着陸前で朝になる。
関空→ラピート→地下鉄で、帰宅13時。
変則的な徹夜だったので、夕方まで仮眠。
ああ、サカナが食べたい……と思っていたら、夕食はつくねの鍋であった。気の利かないやつだ。
こんな場合、おれは、煮魚とか厚揚げの焼いたのにネギカツオドバドバとかイカと小芋の煮たのとかが食べたいのだ。
といいつつ、ビール飲み、溜まっていた郵便物や新聞を途中まで読んで早寝。
2月17日(日)
朝4時に目が覚めてしまった。
結局、朝型生活は変わらんのだなあ……。
終日穴蔵。
2月18日(月)
やっぱり午前4時起床。
終日穴蔵。
溜まっていた雑件はだいたい片づく。
2月19日(火)
終日穴蔵。
夕刻、某経紙のH記者が来宅。……このH記者とは昨年8月9日に資料を届けてくれたH記者と同一人物である。個人的に借りていた資料があるのだが、「成果」をまだ出していないので申し訳ない気分である。東京転勤ということで、送別会も兼ねて軽くビール。
今度の住居は地下鉄東西線の某駅という。今やSF者の密集地帯と化した一帯らしい。文化部だと面白いことになるのだがなあ。
ということで記念写真。目張りしてあるのがH記者である。なんだか縄つきの刑事犯みたいだなあ。ま、ジャーナリストであるので、素顔はまずいかなという配慮である。怒るかなあ……。青山智樹とか伊吹秀明が見たら「なんだHのやつじゃないか」とすぐわかるんだけどね。
20時過ぎまで。
あと、ひとりで谷九のSUBへ。久しぶりに滝川雅弘さんのライブ。ちょっと遅れて行ったら、なんと「満員」である。珍しいことだ。滝川雅弘、人気沸騰か?! といっても、20人以上は無理な店なんだけど。
カウンターの隅に座ると隣にサウスサイドの吉川裕之氏がいる。バスクラを持ってきていて、1ステの最後に「If I had you」を吹く。これはスイングの古い曲だが、ドルフィー風のモダンな演奏にびっくり。吉川さんは何でもやれるんだなあ。
2ステージ目には芝山さんという女性ヴォーカルもゲスト参加。「Willow weep for me」という「シクシク泣ける」(←(C)【森山研】ののりこり専務)名曲も聴けた。
滝川さんは3月に北村英治さんとのデュオがあるという。楽しみである。
ジャズのない国に10日もいたので、久しぶりにいい気分である。
2月20日(水)
早朝の電車で播州龍野の実家方面に移動。
またもタイムマシン製造者と化す。「玩具製造者」は田中麗奈だけど、タイムマシン製造者もアイドルで映画化してくれないかなあ。
……とぼやきつつ、ウズベキスタンより遙かに寒い環境で作業するのであった。
今度はベトナム方面か。
2月21日(木)
タイムマシン製造の続き。
朝7時から始めたら、おっそろしく寒い。防寒下着の威力は素晴らしく、体は特に寒くないのだが、指先が金属に触れるとかじかんで精密作業は不可能である。エポキシの硬化速度が遅い……というより、ほとんど反応しない感じだ。
これだと中央アジアの方が楽だぜ。
午後、やっと調子が出てきた頃に専属料理人から電話。明日でいいと思っていた一件、ちとまずいらしい。
夕刻帰阪。
そのまま穴蔵に籠もる。
2月22日(金)
あ、確定申告もぼちぼちやらなきゃいかんのであった。
他にも雑用が多い。
夜、衛星放送で岡本喜八版の『姿三四郎』を見る。……まあ、これだけは黒沢作品と較べてもしかたない。原作に忠実なのはこちらの方だが。今回見直して、協力者に池田一朗氏の名が気になる。脚本が岡本喜八と「隆巴」とある。これは池田一朗氏の別名か? 隆慶一郎でデビューの前だが。脚本家として名を出せない事情でもあったのだろうか。
※「隆巴」は仲代達矢夫人で無名塾主宰・脚本家であるというご教示をいただいた。あ、確かにそうだった。「影武者」の隆大介の芸名由来がそうであったのだ。あわてて訂正します。隆慶一郎のペンネーム由来には影響しているのだろうか?(2002.3.6)
2月23日(土)
暖かいので、午後、自転車でかんべ事務所へ。
2時間ほど雑談。……SF作家クラブの「名誉会員」についての話題になる。おれは「名誉会員」だが、むろん「名誉」という称号がつくような人格は持ち合わせていない。SF作家クラブ会員でも事情を知らない人が大部分だと思う。もともと「名誉会員」とは真鍋博氏のために作られた制度といっていい。「会員であるが実務では何も協力できない」と退会をいわれかけた真鍋氏のために「義務なし」制度を検討したのが発端。会費は払わねばならない。総会への出席義務なし、議決権なし。金は出すが口は出さない。……かんべは別の理由もあって、パーティにも出たくなくなったという。「それだと会員でいる意味もなくなるのて゜はないか」「まあそうですな」……わしゃ次回の総会にはちょっとだけ用事があって久しぶりに出席する。だが、かんべのいう理由は、実は吾輩も確かに同感なので、そろそろ「消えゆくのみ」の時期かなとも思うなあ。SF大会は20世紀で終わりにしたことだし……。と、じつにつき合いのいいことである。あ、気心知れたメンバーの飲み会はむろん大好きなのである。念のため。
2月24日(日)
終日ボケーーーーッとする……つもりで半日ボケーーーーッとしていたら、妹からメール。母が風邪でダウンしているらしい。妹が明日用事があるというので、交替することにする。実家方面行きを1日繰り上げるため、午後はマジメに雑用。
2月25日(月)
午前4時に起床。ウズベクから帰ったら、やっぱりいつものパターンに戻ってしまった。
8時半から市内ウロウロ、某「機料店」でタイムマシンの部品を受け取って、播州龍野の実家方面へ移動。
老母の風邪はほとんど回復していて、寝込み状態は脱していた。ほっ。
半日、タイムマシン製造者と化す。
母の愛猫が死んで1年以上になる。
最近、台所にネズミが出るという。……夕方、食材の買い出しのついでに、ホームセンターで「ミズミ獲り」関係の棚を見る。あるある。殺鼠剤や古典的バネ挟み、カゴ状のやつ、12000円の「電磁波」というのまで。しかし、なんといっても猫がいちばんらしい。母はまだ再婚……じゃなかった、新しい猫を飼う気分にはならないらしいので、とりあえで『ねずみホイホイ』というのを買って帰る。「家」のかたちになる粘着板。獲れたら「生ゴミ」として処分するらしい。
実家泊。寒い寒い。ウズベクがよかった。
2月26日(火)
『ねずみホイホイ』一匹も入っとらんじゃないか。
くしゃみ、鼻水が出はじめる。花粉かホコリか。まだ寒いが、花粉の季節到来でもあるらしい。
午後帰阪。
ボンクラ息子その1が、ドルの購入について尋ねてくる。
明日から2週間ほどトルコその周辺へ行くのだという。先日、1000ドル購入して930ドル残っている。これ幸いと136円のレートで売り渡す。……イスタンブールには古い知人のエルセス氏がいる。99年6月にパリで会って以来。まさかの時には彼に連絡しろと名刺のコピーを渡す。カッパドキアには行ってみたいが、しばらくは動きたくない。
2月27日(水)
ボンクラ息子その1、関空方面へ去る。大丈夫かねえ。
先週末、タシケントの「一週間居残り」組が帰国した。聞けば、タシケントから仁川までの便が遅れ、関空行きへのトランジットがギリギリでセーフ。しかし、関空で荷物が出てこない。荷物は積み替えが間に合わなかったのだという。自宅へ配達というのが、まだ届かないらしい。……こんなのがあるからなあ。ボンクラ息子その1は、機内持ち込み1個を背負っていったから、荷物はまあ大丈夫だろうが。
3月2〜3日、同時多発テロの影響で半年延期になっていたジョージ・ガゾーンと森山威男さんのライブが東京TUCである。てっきり手遅れと思っていたら、まだチケット入手可能と判明、あわててネットで申し込んでおいたチケットを受取に行く。ついでに上京の新幹線チケットなども購入。
これで3月1日が『かめくん』SF大賞授賞式、3月2日東京TUCのガゾーン+森山威男という上京スケジュールが決定する。
2月28日(木)
わ、普通の月より2〜3日短い。ちょっと焦ること重なる。
面倒なことからと、確定申告を行う。集計してみて愕然。まあ昨年途中で身分が変わっているからなあ。
来年からの方式をどうするか、また面倒臭いことが多くなりそうな。青色かつ深刻な顔つきになるのだろうか。
結局、税務署往復(といっても、片道徒歩5分でから、便利なのか鬱陶しいのかわからん。税務署員諸君には、昔、パソコンや書斎の減価償却について親切かつ有利なように相談に乗ってくれたから、悪い印象は持ってないのだけどね。悪いやつは、税金を使う連中なのである)して、昼前に提出。
午後は穴蔵に籠もる。
終日小雨。花粉は少なく、気分のいい日であった。
さあ、明日は久しぶりに上京である。あっちは花粉が多いからなあ……。
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