『マッドサイエンティストの手帳』109
●ITMA99
ITMAという見本市がパリであり、ヨーロッパの知人とまとめて会う機会は今回しかないだろうと、発作的に行くことにした。
ITMAといっても知る人は少ないだろう。 International Exhibition of Textile Machinery の略称。繊維機械では世界最大の見本市である。4年に1回。仏(パリ)独(ハノーバー)伊(ミラノ)の持ち回り開催なので、パリでの開催は12年に一度。
3日間休暇をとる。土日を入れて5日間のパリ往復。
なぜこんな見本市に関心があるかといえば、ぼくの職歴と業界事情を説明しないとわからないだろう。
ぼくは繊維会社に30年勤務してきたが、主な仕事は繊維用計測機器の開発製造販売で、20年以上関わっている。この世界は意外に狭くて、ユーザーとなる工場・研究機関などは地球上に6000ヶ所というのが定説。20年前だと、その一割は日本といわれたものだが、日本市場は激減している。したがって、客先は、東南アジア、中国、インド、中近東……やがてはアフリカ、南米へと移っていくわけだが……まあ、同業者とは世界の色々なところでよく顔を合わせる。20年前にfaxでやりとりしていたポルトガルの機械メーカーの社長と15年前のペキンの見本市で同じ展示館になったり、10年前にジャカルタで再会したり……という風に。
つまり「残念ながら出展できない」が「気分は出展者」。
ITMAというのは、この業界最大の見本市で、SFでいえばワールドコンである。売れないSF作家だがワールドコンには行きたい、そんな気分である。
会社生活の「余命」がいくばくもない人間にとっては、欧米の知り合いにまとめて会える数少ないチャンスでもある。
きわめてプライベートな旅行だが……会えた人たちが(日本語は読めないものの)ホームページは見てくれる予定なので、礼状を兼ねた私的メモを掲載。
ITMA99
会期 6月1日〜10日
開場 Paris Expo-Porte de Versailles
ぼくが覗いたのは6月5日(土)7日(日)の2日間である。
会場はメトロ直通でコンコルドから20分と便利だが、この線だけが混み合う。ほとんどITMA行きの乗客である。
会場入り口、大混雑。入場までの手続きが煩雑で、入場者すべてにバーコード入りのパスを発行するためである。
アメリカはノースカロライナのマーク高浜氏に会う。
10年ほど前にアトランタからシャロッテを回ったとき、現地スタッフのアベさんがオーソン・スコット・カードと知り合いであることが判明、週末にグリーンズボロウまで会いに行った。その時に通訳をつとめてくれたのが高浜さんである。
韓国から来ている沈さん、チョイさんに会う。韓国からの来場者は日本より多いようである。
日本から出展しているブースで知人数氏に挨拶。
……と、これだけで4時間ほどかかる。
大阪のINTEXで開催される同様の見本市に「OTEMAS」があるが、規模は3倍以上ありそうである。ほぼ全部のブースを見たつもりだが、歩行距離はたぶん20キロを越えているはずだ。……根拠は、歩行時間と脚の疲れ方。阪神大震災の時に、西宮北口〜夙川を一日2往復した、あの時と疲れ方がそっくりなのである。
展示内容を紹介しても面白くはないだろうな。こんな機械が7館(うち2館は3階建)にびっしり、である。
2日目。9時から午後3時まで会場うろうろ。
イスタンブールのERSES氏に会う。
Erses San! Can you see this photograph?
1986年に来日、わが家にも遊びに来たことのある旧友、イスタンブールでELEKTRO+SERVISという会社を経営している。13年ぶりの再会である。エルセス氏はその昔、デニケンをアララット山に案内したことがあるという。……リタイアしたら、いやしなくても、トルコへ遊びにこいという。アララットはともかくカッパドキアには興味があるからなあ。
日本の出展社のなんでは最も勢いのあるM社ブースで小森氏と。インドネシアでビールを飲んで以来、6年ぶりか。現在、家族とともにイタリア駐在という。初対面の時には入社間もないフレッシュマン、今や堂々たる国際営業マン10年選手である。海外でしか顔を合わすことがない。
……と、会った人たちのことばかり。まあ、ブライベートな旅行だからね。
6日夜、M社のパーティに招待される。
オペラ座近くのグランド・インターコンチネンタルでの豪華パーティ。
日本人は少数である。……バイヤー主体と考えれば、日本市場は「壊滅」に近づいているから、中近東、インド、今後のアフリカ、南米が目立つのは時代の流れであろう。
パーティといいながら一種の緊張感がみなぎっているのがいい。
M社……などと書く必要はあるまい、MURATEC・村田機械の健闘を祈ります。
それで思い出したのが、関空出発時の光景である。
エールフランスのパリ直行便AF293。ゲート前で待っていたら、わが勤務先の某部長を見かける。同じ行き先・同じ便らしい。こちらは私的旅行なので、機内で仕事の話などされてはたまらない。別に嫌な人ではないのだが……と、心配していたら、どうやら業界の団体らしく、エコノミーのわしとよりずっと上席へ早々と搭乗していったのでホッ。……それはよかったのだが、この「ご一行様」、2日経ってもITMA会場に現れない。広い会場だからと思っていたら、2日目の午後、あるブースで出展者からこう声をかけられた。
「あれ、堀さん、明日じゃなかったのですか?」
「え、何のことです」
「○○ご一行様は明日おいでになると聞いてましたから」
「あ、ぼくは団体じゃないんです」
……同じ便で到着した団体が消失してしまったらしいのである!
これは国際的時刻表ミステリーか、と驚きかけたが、まあどのへんに「消失」したかはだいたい見当がつきますね。
本来なら21世紀の設備投資の方向を見極めるべき見本市見学にこのていたらく。
日本○○業界滅亡の予感を覚えたのでありました。
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