『マッドサイエンティストの手帳』224
●石原藤夫『卑彌呼と日本書紀』(栄光出版社)
石原博士が挑む<邪馬台国>と<卑彌呼>の謎
ハードSFの大先輩・石原藤夫博士のどこにこんな知的好奇心とそれを大著に結実させるパワーが潜んでいるのだろう。
前の研究書『国際通信の日本史』では「科学史家」という「顔」が加わった。……それまでの「顔」は「技術者・研究者・科学者」「ハードSF作家」「SF科学研究家」そして「日本一のSF書誌学研究家」である。
今度の顔は「古代史研究家」である。
『卑彌呼と日本書紀』はその一部がハードSF研究所公報に連載されていた、邪馬台国と卑彌呼に関する研究がまとめられたもの。といっても、大幅に加筆訂正再編集、文献リストや年表が加えられているから、書き下ろし同然。600頁の大著であるから、いつこんな研究がなされていたのかと驚く。
それに、科学関係……とくに宇宙、通信、物理学、ロボットなどSF周辺の科学が主なフィールドであった石原博士が、なんと邪馬台国の謎に挑む! あの石原博士が光世紀宇宙から一転して古代史の世界へ?! と、正直いって、ちょっととまどう。 だが、読み始めると、これはやっぱり石原博士の研究なんだなあと実感できる。
「光世紀の世界」の構築がまず星図作りから始められたように、邪馬台国の研究もまず膨大な文献の収集と読み込み、数多い論点の分類から始まっている。「何よりも基礎作業が重要である」……これは石原博士の一貫した姿勢で、やっぱりこの部分の労力が凄い。このへんが、時々話題になるアマチュア研究家のトンデモ本(とまではいわないが、ちょっと際物めいた「研究書」)とちがうところだ。最初に掲げられた九州説派と大和説派の区分リストだけでも過去の研究が概観できるようで感心する。
ここから、膨大な文献と論点を検証しつつ「卑彌呼」の正体に迫っていく。
この雰囲気は「光世紀」に挑んだ姿勢と変わらない。つまり、「日本一のSF書誌学者」の文献調査力(古文献)と「光世紀世界」を構築した科学の方法(ここでは考古学の成果、特に年輪年代法)がいかんなく発揮されていて、新しいセンス・オブ・ワンダーの世界へ導いてくれるのである。
最終的には、卑彌呼の(たぶん)眠っている古墳にまで行きつくが、ここでも記述は客観的で、異論も別の可能性も紹介しつつの結論である。
文献リストや年表の工夫など、やっぱりこれは石原博士にしかできない研究なんだなあと思う。
この研究に対してSF的センス・オブ・ワンダーと感想を述べるのは、テーマに対して失礼かもしれない。このへんは、小生の読者としての限界でもある。だが、色々触発されるところもあり、できれば関連書籍を読んでみたくなる。たとえば計量言語学の安本美典氏が九州説というのはちょっと意外な気がするし、そうなると「数理歴史学」(こんな文献の名前さえ知らなかった)を読んでみたくなる。こういう効用こそがいいのではないか。
それにしても、これが約2年間の研究成果……この2年間、わしゃ何をやっていたのかと自省することしきり。石原博士の知的パワーには改めて頭が下がる。
※『卑彌呼と日本書紀』A5版600頁(2段組)/定価3800円+消費税
(株)栄光出版社 電話03-3471-1235 FAX03-3471-1237
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