HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』135

●石原藤夫『国際通信の日本史』(東海大学出版会)


植民地化解消へ苦闘の九十九年

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 ハードSFの大先輩・石原藤夫博士にまたひとつ大きな業績というか肩書きが追加された。
 石原博士にはさまざまな「顔」がある。
・電気通信関係ではわが国でも指折りの研究者であり、その後大学で教鞭をとられることになる「技術者、研究者、学者」としての顔。
・いうまでもなくわが国のハードSFの第一人者。
・SF科学研究家。……科学解説のジャンルとはちがって、SFのための科学研究といえる。「SF相対論」「銀河旅行」「光世紀の世界」。さらにハードSF研究所の公報の論文などは、「科学解説」よりも「学会誌掲載の論文」レベルであって、やはり日本では独創的な活動である。ハードSF研公報から日本天文学会の「天文月報」に転載の福江純氏の論文などもこのジャンルといえる。
・そして日本一の「SF書誌学研究家」であり、これがいかに凄いかは「SF図書データベース」をご覧になるとわかります。
 これらのどの「顔」で見ても斯界の頂点といえる業績であるところに、またひとつ新しい「顔」が加わることになった。あまり頑強とは思えぬ石原博士の体の、どこにこんなエネルギーが潜んでいるのか、驚嘆するばかりである。
 新しい「顔」は「歴史家」であり、狭義には「科学史家」であろうか。

 『国際通信の日本史』は、明治初期から始まる「海底ケーブル」による国際通信の技術史から見る日本の近代史研究書である。
 科学史的著作としては、石原博士には「ニュートンとアインシュタイン」があるが、これはどちらかというとアシモフ的(つまり正統的な)解説書の色彩が強い。が、「国際通信の日本史」は、専門分野であり、先人の業績に関わる分野でもあることから、技術的記述は詳細であり、なによりも明治の技術官僚への敬意が伝わってくる。門外漢がいうのはへんだが、おそらく、学術的レベルも極めて高いものと思う。……海底ケーブルが明治時代にここまで発達していたとはほとんど知らなかった小生としては(日露の海戦はぜんぶ無線のイメージでいたクチ)、初めて知る事実が多く、教えられることばかり。
 さらに、抑制してあるだけにかえってエキサイティングな「物語性」にも感嘆。この「物語性」とは、サブタイトルにある「植民地化解消へ苦闘の九十九年」。……デンマークの「大北電信会社」による「日本の情報通信網による植民地化」を解消するための苦闘がひとつの軸になっている。……不謹慎ながら、これが極めてエキサイティング。多くの「架空戦記」ものがつまらないのは、こういう知的興奮がないからだということがよくわかる。
 珍しい図版や写真が多く掲載されているのもうれしい。

 石原博士は『特許の日本史』(これも知的戦いの世界!)というのも計画されているらしい。
 ボンクラサラリーマン生活というつまらん「顔」ひとつの小生としては、ただ敬服するばかりである。


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