HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』199

●マッドサイエンティスト日記(2001年5月後半)


主な事件
 ・別荘でタイムマシンの組立
 ・川上弘美さんの講演会(19日)
 ・「タイガー計算機をいじる会(22日)

2001年

5月16日(水)
 6時の電車に乗るつもりが、ちょっと仮眠したために原稿仕上がらず、6時半に穴ぐらを這い出る。
 新大阪7時2分のこだま……くだりの新幹線に乗るのは久しぶりであるなあ。尾道に行って以来か。コンクリートの崩落が恐ろしくて、飛行機に乗るよりも恐ろしい。で、無事に姫路まで着いたが、姫新線との連絡が悪く、40ほど時間がある。なんのために恐怖をがまんして新幹線に乗ったのやら。
 姫路駅前の本屋に寄る。……中学時代から利用している大手の「新興書房」、午前8時には開店しているからすごい。
 龍野の別荘に午前9時到着、タイムマシンの部品到着を待つが、昼になっても宅配便到着せず。電話で問い合わせたら、まだ発送してない。嗚呼……。
 まあ、しかし、集中して原稿書いたのだからいいか。
 夕刻、冷えたビールを買って実家へ。大量に茹でてもらった空豆でビール。
 午後8時就眠である。

5月17日(木)
 午前3時起床。定刻より1時間早く、さすがにまだ暗い。
 終日タイムマシンの組立て。停止用目覚まし時計を鳩時計に交換する。
 夜遅く帰阪。

5月18日(金)
 健康のためと称して交通費節約のため、市内を自転車で移動。北は三国から南は京町堀のかんべむさし事務所まで、この間、5ヶ所ほど、5時間。
 久しぶりにハチに寄る。
 8月4日の山下洋輔ソロが決まった直後で、ポスターを貼ったところであった。
 <お知らせ>
  恒例、夏のハチ・ライブ
  山下洋輔ソロ
  2001年8月4日(土)19:30〜
  申し込み、お問い合わせは
  06-6363-4888 インタープレイ・ハチへよろしく

 さっそく専属料理人の分と2名予約、最前列確保である。
 梅田から中津へ向かう途中、堂山町の交差点を渡ったところにルン吉くんがいるではないか。梅田センタービルの方向へ向かうその姿、相変わらず防寒服のまま。……寒がりのわしが、本日は半袖ノーネクタイというのに、真冬の深夜に歩道で寝ていたのとまったく同じ格好である。痒くないのかねえ。
 3月20日以来、2月ぶりだ。
 off
 明日はわが身……

5月19日(土)
 今頃になったが、文学界6月号に掲載の新人賞受賞作、長嶋有『サイドカーに犬』を読む。
 最近のいわゆる純文学臭がまるでない、もう実にうまい短篇である。家出した母と、その後に来た父の愛人らしき女性を少女の視点から描いているが、自転車とかマグライトとか、小道具の使い方などが抜群にうまい。……長嶋さんの短篇はパスカルの候補作を読んでいる。過去のを読み返そうと当たってみたが、うまく出てこない。確か「野球で一塁へ走った父が、そのまま家出してしまった」といった書き出しだったと思う。SFではないが、すごく面白かった記憶がある。余計なケチをつけなかっただろうか。『サイドカーに犬』も、雰囲気は変わっていない。この作品を選んだ選考委員にも敬意を表する。
 それにしてもパスカルの応募者にはすごい才能が集まっていたのだなあ。
 その第1回パスカル短篇文学新人賞の受賞者、川上弘美さんの講演会が、午後、赤い観覧車下のホールで開かれる。
 日本ペンクラブ主催で、演題は『小説世界へ入っていくということ』……満員で補助椅子も出る盛況。6月には劇団公演がこのホールであるという北野勇作さんも来たので、隅の方でコソコソと聞く。真っ正面に知り合いの顔があっては話しにくいのではないかと、一応気を遣って。  
off
 話は、読むこと、着想、言葉、リズム、「空気」など、小説世界を作っていく過程を自作の一部朗読も含めて、色々なキーワード中心に話された。エッセイと講演が苦手でということだが、アイデア・ストーリーが中心のぼくにはたいへんユニークかつ刺激的な内容であった。
 が、さらに面白いのが質疑応答。生物学と小説の関係とか、色々な質問続出で30分くらい。……中央、後ろの方から「……ええっ……ぼくは映画評論を書いているんですが……ええ……その、もうひとつうまくまとまらないというか……オリジナリティということでしたが……そのう……小説も書いてみようかと……」「評論と小説はまったく違います(とプロセスの違いを説明)」……また色々な質問があって、司会者が「最後のふたつ」に限定。と、また「映画評論」の兄ちゃん「……あの……オリジナリティということでちょっと……その、サッカーでもブラジル型とヨーロッパ型があるように……その……ええ……」ゲラゲラ笑いたいのをこらえる。北野勇作「これ、結構オリジナリティありまっせ」
 最後の質疑は明快そのもの。「執筆中は、その長い髪はどうされているんでしょう」「後ろに束ねております」
 終了、サイン会。「質問の兄ちゃん、並んどるか?」北野「あの種の人間は本は買いません」なるほど。
 会場に来ていた筒井クラブの上田卍さん、錯乱坊夫人・そうこさんと17番街のサロンでしばらく雑談。
 off
 筒井クレクターのひとり・卍さんに「筒井康隆大事典」の<特装版>というのを見せて貰う。限定35部というお宝だという。

5月20日(日)
 朝刊に東京高裁判事・村木保裕くんが14歳の女子中学生「買春」で逮捕の記事。たいした事件とは思わないが、朝のテレビ・ニュースではNHKはじめ各局「かいしゅん」と発音している。わしゃてっきり「ばいしゅん」と読むものと思っていた。「売」と混同するからか。しかし、おかしな発音だ。湯桶読みの典型だが、国語審議会か何かが決めたのだろうか。「生きざま」同様、はずかしい言葉であって、わしゃ使うことはない。わしに対して使われるのはもっと嫌だから「買春」はしないでおこうっと。
 真夏日かもしれない。暑くて、扇風機を出す。ルン吉くん、大丈夫かねえ。暑さにも寒さにも強いんだなあ。

5月21日(月)
 久しぶりに散髪に行ったら、店名がいっしょで、中身(理髪師)が替わっている。経営が替わって、近日看板も変えるということだが、「いつも通り」で済むからわざわざ自転車20分かけて来たのだぜ、ったくもう。とぼやきつつも、座ってしまったから、剃刀持ったヨボヨボ(にしか見えない)に命を預ける他ない。
 本日、東京では『難波弘之さんを称える会』がある。が、本日はわしもちと特別な日であって、ゴチヤゴチャと雑件が派生しそうなので、今週は大阪を離れるのが難しい。
 難波さんが演奏しているであろう時刻、わしゃ自宅でビール。ボンクラ息子ふたりがアルバイトで不在ということで、並んだ料理たるや、書くにしのびない「粗食」……ひじきとか根菜類とか、栄養バランスを考えているのはわかるが、今日くらいはもう少しいいものを並べろ! などとは恐ろしくて口に出せず、ありがたくいただいて仕事場。嗚呼……

5月22日(火)
 久しぶりに雨である。
 大阪市内、自転車で移動するところ、本日は徒歩。  曾根崎の旭屋前まで来ると路上に林譲治氏が立っている。よおっと手を挙げて合図。と林さんの視線がちとずれている。わしの後ろの人物を見ているらしい。ん? 振り向くと、後ろにS澤編集長が立っている。ようするに林氏とS澤氏が待ち合わせしていた中間点に、たまたまワシが入り込んでしまったということである。不思議な遭遇である。宇宙人同士がファースト・コンタクトする直前に、間にとつぜんタイムマシンが出現したなんて設定のSFはあったかなあ。喫茶店でしばらく雑談。……念のために書いておくが、「S澤編集長」というのは大森ページのS澤編集長応援掲示板に登場するヴァーチャル人格で、まさか実体化して梅田に出現するとは想像もしていなかった。
 本日は市立科学館で野尻抱介氏らが集まって「タイガー計算機をいじる会」があるという。あ、情報は知っていたが、今週は雑事が多くて忘れていた。それにタイガー計算機にはもううんざりしている。学生時代、下宿がいちばん近いという理由で、実験レポートの最小自乗法計算はぼくの役目だったのである。演習室からタイガー計算機をぶらさげて帰り、夜遅くまでガラガラ。とても骨董品感覚で楽しむ気分にはなれない。
 18時過ぎからニュートーキョーの「タイガー計算機」懇親会に合流する。
 野尻抱介、林譲治、4本目のギターを買ってきたという菊池誠、学芸員の渡辺義弥と長谷川能三、ちょっと遅れて北野勇作とS澤編集長の各氏。タイガー計算機につづき、野尻氏が航空機の離着陸用「計算盤」とヘンミの計算尺を持っていることからレトロ技術が話題。計算尺と対数表、アナログLP。奈良の竹がフラーレン製造用に「歩留まり」がいいのだという。エジソンの京都の竹から100年、21世紀は奈良の竹か。なぜ竹がフラーレンになるのかというと、フラクタル構造で、顕微鏡で見たら竹の形だ……と、ほんまかいな。
 off
 各氏の電車時間にあわせて21時解散。……おや、店の人にたのんで写真を撮ってもらったのに、S澤氏だけが写っていない。やはりヴァーチャルな存在だったのか。

5月23日(水)
 本日も雨である。
 本日も徒歩で移動。本町付近の某行地下の貸し金庫から重要書類(タイムマシンの設計図)を梅田方面へ移すため、梅田某銀行地下の貸金庫係に相談に行く。ついでに必要あって、この銀行地下には梅田地下街へ直接出られる通路はないのかとか、色々質問すると露骨に警戒されてしまった。重要なポイントなんだがなあ。その他色々ややこしいことあって、口座一切を解約することにした。二度と世話にはならんよ、三*銀行さんよ。……ここの地下金庫が破られても、行員が惨殺されても、これはあくまでもフィクションであって、ずっと前から構想していたことだからね。地下街の細部が20年前とはずいぶん変わっていて、わからない点が多い。銀行もだけど、携帯電話のアンテナとかも。
 足腰が弱ってきたけれども、明日からしばらくウロウロするか。
 ルン吉くんスタイルで散歩するのも一興か……専属料理人が泣いて止めるだろうけど、練習もしといた方がいいのではないか。

5月24日(木)
 小雨である。
 市内を自転車でウロウロする。
 巽孝之『「2001年宇宙の旅」講義』(平凡社新書)を読む。
 感想は別項を立てる……のつもり。

5月25日(金)
 朝刊の経済欄に色々と面白い記事があるのだが、よくわからんこともある。
 これから調べることにする。
 近未来にたぶん頑張って書く予定のノンSF『人魚の溺死』を刮目して待たれよ。
 早朝の電車で播州龍野の別荘へ。タイムマシンの組立。
 中核装置の鳩時計、ゼンマイ不調につき、捲土重来を期すことて、夜、帰阪。
 帰ってみると、専属料理人はまたも実家方面、ボンクラ息子その1その2、ともにアルバイトで不在、ひとり寂しくワインを飲むのであった。

5月26日(土)
 梅田花月前のジョーシンが全館CD専門の「ディスクピア」に新装開店ということで見に行くが、まるで貧弱。売場にゆとりが出来ただけで、ジャズに関してはほとんど変わっていない。何も買わずに帰る。……これでは東京資本に乗っ取られるぜ。

5月27日(日)
 土曜だろうが日曜だろうが、定刻午前4時に目が覚めてしまう。
 小雨の中、ルン吉がピンクの防寒服で寝ている。快適なのかなあ。
 専属料理人不在につき、掃除洗濯自分用調理。
 夕方、大相撲なんとか場所千秋楽……前日ヒザを痛めた貴乃花が優勝決定戦で武蔵丸を破って優勝!!! 武蔵丸もこんな「どさ回り・お涙頂戴」型の田舎芝居が出来るようになったか! あほらしくてあほらしくて。……「注射」じゃないかもしらんが、武蔵丸が愚民国家大日本の「大衆」の予定調和的期待に応えてしまったところがいかんのだ。ハワイ人がポンジンの愚劣なメンタリティに迎合するなよ、ったくもう。……まあ所詮相撲は見せ物だからなあ。結局は田舎芝居が受けるんだよなあ。
 けったくそ悪くてビールがぶ飲み、愚痴をこぼす相手がいないのが寂しい。相撲なんて見るんじゃなかった。20年前……アホの輪島の頃は面白かったがなあ。

5月28日(月)
 専属料理人不在。ボンクラ息子どもそろって(当然ながら)不在。
 書留郵便で重要書類がそろそろ届くはずが、先週後半からまだ来ない。
 長時間出るわけにもいかず、漫然と本を読みながら過ごす。また1日浪費である。

5月29日(火)
 専属料理人不在。ボンクラ息子どもそろって(当然ながら)不在。
 書留郵便で重要書類がそろそろ届くはずが、先週後半からまだ来ない。
 長時間出るわけにもいかず、漫然と本を読みながら過ごす。また1日浪費である。
 夕刻、専属料理人帰宅。
 夕方になって、某社の某に2回目の問い合わせFAXを入れる。
 と……やっと連絡が来た。「××××××で××××ですので××××××でして××××××××でした」だと! なんかやってくれる男だとは予感していたが……それならそれで前もって××××××しといてくれよ、ったくもう。
 上記伏せ字部分は、そのうち連載予定『人魚の溺死』を刮目して待たれよ。
 ちなみにわしが怒っているのは、昨年2000年6月19日の日記に「わしはちょっとばかり気を悪くしているぞ」と明記している対象である。わが近未来透視力を自慢してもせんないことだが。
 実質5日間ほど無駄にしてしまったことになる。これは大きいぜ。「抑留」の苦痛が数万分の一ほどわかる。

5月30日(水)
 朝から市内ウロウロ、溜まっていた事項数件をやっと片づける。
 昼、小雨になる。自転車を阪急茶屋町口近くのガード下に置いて、地下街、北端・三番街ジョーシンからディアモ−ルンテ経由、「お子様ランチ」はがくれの行列の横を抜けて、某金券ショップ、来月2日に迫った名古屋往復チケットを購入、東梅田方面経由で茶屋町口まで戻る。約1時間半。天井をはがして空調工事しているところがあり、いろいろ参考になる。
 帰宅して郵便受けを覗いて仰天、「××証書」がなんと普通郵便で届いていた。おっそろしーっ。簡易書留の不在通知も入っていて、こちらは某行からの某通知で、さして重要とも思われぬ書類らしい。落差が大きいなあ。
 上記伏せ字部分は、そのうち連載予定『人魚の溺死』を刮目して待たれよ。

5月31日(木)
 午前4時、定刻起床。ルン吉、梅雨入りを思わせる小雨の中、じーーーっと立っている。蒸れないのかしらん。寒がりのわしが半袖のシャツだぜ。
 off
 5月18日以来。
 そういえば、昨日銀行のソファで読んだ週刊朝日、嵐山光三郎「コンセント抜いたか!」(このコラムは東海林サダオのと並んで面白い)に、オヤジの「ピンク化」現象が書かれている。オヤジのシャツとかネクタイとか装飾品にピンクが目立つという。それが、ピンクの背広とか、ホームでピンク・レディの振り付けを練習するオヤジふたりとか、電車の中でピンクに着色したハムを食べるオヤジまでエスカレートする。大部分は創作だろうが、ルン吉くんのピンクの防寒服は昨年秋からである。案外流行を先取りしているではないか。
 どうもすかっとしない5月であった。
 6月2日には岐阜スタジオFでの森山威男コンサートが控えている。気分のいい6月であってほしいものだ。


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