『マッドサイエンティストの手帳』783

●マッドサイエンティスト日記(2022年7月前半)


主な事件
 ・眉村卓文庫寄託式(7日)
 ・播州龍野いたりきたり


7月1日(金) 穴蔵
 晴。本日は大阪38℃の予報。熱中症警戒アラートがでている……らしい。
 終日穴蔵。
 お上のいいつけに従順だからではなく、特に用事がないため。
 ベランダの気温を時々チェック。
 4時28℃、5時40分からは直射光が当たるので中断、9時35℃、11時以降は夕刻まで37℃。
 夕刻のニュースでは、大阪は15時54分に38.4℃を記録という。
 驚いて、16時に撮った写真を「精査」してみる。
  *
 ほぼ同時刻、ウチのベランダは38℃には達せず(37.7℃くらいか/精度は1℃だからな)。
 こちらはコンクリートのベランダ。朝は日が当たるし、輻射熱で、たいてい「大手前4丁目の芝生の上」よりも2℃ほど高い。
 本日は40℃以上を期待していたのだが、残念というか不思議というか。
 大阪市北区の地震計と並んで、また謎がひとつ増えた。

7月2日(土) 穴蔵
 定刻4時に目覚める。4:20頃にビルの隙間に東雲の明り、本日の晴天なり。
 終日穴蔵。ボケーーーーッと(一応思索に耽りつつ)過ごす。
 昨日の……アメダスとベランダ実測値との違いを解明してみようと、ベランダに手持ちの温度計3個を並べて1時間ごとに記録することにした。
  *
 バカみたいな結論。
・もともと3個に誤差があり、±2℃以内だが、その誤差が一定ではない。
 そもそもJIS規格によって校正できるものでもない。(たぶん中国製の)安物。1個(液体の)は100均で買ったもの。
・読み取り精度も1℃きざみ。0.5℃なんて推定である。視力も落ちてるし。
・ベランダに直射光が当たっている時間はアメダスより3〜4℃高く、これは当然であろう。
 ただし、午後は、全体に大手前(アメダス)よりもこちらの気温が少し高い傾向がある。
アメダス大阪の気温と、スマホに配信される気温(豊崎と表示/ウチの所在地)に差があり、スマホの値が(午後に限れば)ウチの実測値に近い。
 スマホ配信のデータはアメダスではないのか? 豊崎の観測点はどこなのか?
 謎は残るが……高精度の温度計に買い替えるか? Too Late !

7月3日(日) 穴蔵
 朝だ。雨が降っている。仔猫が遊んでいた。
 午前5時過ぎ、ベランダから下を覗くと、細かい雨の中、眼下の庭で仔猫が4匹、遊んだり寝そべったり。
  *
 親はどうしているのか。
 先日来、公園の一角で、夜に「猫のエサ」を出す住人と、早朝に片づける住人のイタチごっこが続いている。
 どちらかといえば○○側を応援したいが、旗色不鮮明というか。
 母親はもう4匹の面倒を見るのは限界のはずだが。
 終日穴蔵。
 静かに思索に耽るのであった。

7月4日(月) 穴蔵/西長堀
 朝だ。雨が降っている。2秒ほどヨコジュン追悼。ま、そのうち行くから。
 5時過ぎにゴミ出し(わが唯一の労働である)、ついでに愛猫家と嫌猫家のイタチごっこの現場を見る。
 悲惨なもの。とても写真では紹介できない(そのうちやるかも)。
 公園の端……昼間は愛煙家諸君が喫煙所にしている場所である。
  *
 ハイビスカスが咲いているのが救いであった。
 午前中、穴蔵にて思考に耽る。
 午後、雨のやんだ時間に地下鉄中津駅まで行き、100円で西長堀往復、中央図書館で3冊返却、2冊借りてきた。
 また穴蔵にて思考に耽る。
 結論が出たよな出ないよな。思考のスピードが極端に低下しているのである。
 夜は専属料理人が並べた5皿でビール、酎ハイ。お楽しみはこれだけだ。
 早寝させていただく。

7月5日(火) 穴蔵
 陰。断続的に雨。涼。
 終日穴蔵にあり。
 コロナ感染者急拡大中。
「第七波が懸念される」と悠長な報道。
 とっくに第七波入りしているだろうが。

7月6日(水) 穴蔵
 未明に猫の鳴き声。喧嘩ではないようだが。
 5時半頃に「戦場」まで行ってみると、エサの痕跡はもうなく、親猫がビル前の歩道で休憩している。
  *
 植込みの中で遊んでいる仔猫を見張っているらしい。
 どちら側が勝利したのか。戦況わからず、まだ当分続きそうな。ウクライナか。
 終日穴蔵。
 夕刻……コロナ感染者急増。第七波入りは明らかなのに、誰も騒がんなあ。

7月7日(木) 眉村卓文庫寄託式
 昼前に出て阪急で石橋へ。
 久しぶりに母校訪問。
 ついでだから坂下の総合学術博物館に寄って「大大阪時代の中之島」の展示を見る。
 あと炎天下、阪大坂を上るが、暑いの暑くないの…暑いのであります。
 暑さには強い方だが、さすがに上着は着てられない。
 昔に比べて緑がずいぶん増えた印象である。
  *
 右手の刀根山は、以前は荒れ果てた丘陵であり「愛国戦隊大日本」のロケ地である。
 本日は経済学部棟へ。
 阪大経済学部に眉村さんの資料が寄託され「眉村卓文庫」が開設されることになった。
 本日はその寄託式である。とうぜん村上知子さんが来られており、柔道部のOBらも多数。
 資料室に一部が展示されている。
  *
 この寄託式に合わせて「何か話を」と依頼されて、内輪のイベントだから気楽に引き受けたのだが、これが「経済学部講演会」としてポスターが作られ、誰でも自由に参加となった。
 猛暑の中、昔からのSFファンらも来てくれて、緊張してしまう。
 演題は「阪大とSF」だが、本当は「眉村さんのインサイダーSFはいかに生まれたか」で、独断に陥らないよう、なるべく詳しく資料に触れながらだが、1960年代がメインだから、どうしてもマニア的な話になってしまう。
 パワーポイント作成は6,7年ぶりで、(後で調べたら)画像数枚をスクリーン非表示にしてしまったためにもたついて、後半がひどい駆け足になってしまった。申し訳ない。
 主旨だけ書いておくと……
・インサイダー文学論は、話にはよく出るが、眉村さん本人が書かれたのは「SF新聞」3号(67年)の「まじめな話/インサイダー文学論」というエッセイだけである。
 面白い構成だが韜晦もあって真意がつかみにくいところもある。
・これがSFM68年2月号の新春放談会「SF人がこう評価する」でのすれちがい議論でさらにわからなくなる。
 混乱の原因は眉村さんの長篇が読めなかった事情にもある。4篇中2篇は出ていなかったはず(当時私も読んでなかった)。
 しいてレッテルを貼るなら、『燃える傾斜』は文明論SF、『滅びざるもの』は産業SF、『幻影の構成』は経済SF、『EXPO'87』は社会SFである。眉村さんは「資材を運ぶ貨物列車」にたとえられていた。
・インサイダー論よりも「原価計算もわからない人間に会社が書けるか」の名文句の方が実感とよくわかる。だが、調べてみると原価計算(特に設備投資の減価償却)を重視する製造業勤務の経験者はSF作家の5%に過ぎない。これが阪大に限ると80 %になる。阪大SFの特質は原価計算SFか ?
・SFM69年2月号の「覆面座談会」でSFの状況が大きく変わる。作家の反応はまちまちだが、インサイダーSFが論じられる機会はなくなる。
・70年代の眉村さんは「論より実践」でSFMに司政官シリーズを書き続ける。その最大の成果が『消滅の光輪』で一般小説界でも高く評価された。
・70年代は眉村ワールドが大きく拡大する時期で、中間小説誌にも多く執筆。私見だが「あの真珠色の朝を」から大きく方向が変わり、これがその後の「私ファンタジー」につながる。ここにも前述の放談会・座談会の影響がなきにしもあらず。
・(私の独断になるが)司政官が狭義のインサイダーSFなら、私ファンタジーは広義のインサイダーSFから始まったといえる。ともに原点は67年の「まじめな話/インサイダー文学論」である……というのが結論。
 (当方の不手際で申し訳ないことになった。近いうちレジメを整理して、来場して下さってた方には読めるようにしたいと思う。)
 終了後、またも炎天下、坂道をくだり、喫茶店で数名で1時間ほど雑談。
 冷たいビールといきたいところだが、このご時勢、がまんせねばならぬ。

7月8日(金) 穴蔵
 陰、午後は薄曇り、時に晴れ間。暑くはなく、ありがたい天気である。
 終日穴蔵。
 朝からマジメにPCに向かう。
 昨日の不備の修正と、ついでにメモ書きだったレジメを整理しておくことにする。一応記録として残される可能性があるため。
 わりと集中できて、午前中で完了……と思ったら、昼食時に「安倍晋三が銃撃された」ニュースを知る。
 午後はテレビ全局こればかりになる。
 心肺停止というから、おそらく……とは思うものの、気になって、自分の作業は進まなくなってしまった。
 夕刻に死亡確認のニュース。
 夜はパエリアで白ワイン。専属料理人が午前中から用意していたもので、献杯でも、むろん祝杯でもない。
  *
 テレビは切り、ゲッツ師匠とバロン師匠のデュオを流しつつ。

7月9日(土) 穴蔵
 晴れたり曇ったり。
 午前9時、ala森山威男 JAZZ NIGHT 2022の予約受付開始。例年の席を確保した。9月17日まで70日、長生きしなければ。
 11時頃に専属料理人と出かけ、セブンで予約チケット入手、あとカンテグランデへ行ってサンド、某店でタコ焼きなど買って帰館。
 昼は横浜のボンクラ息子ファミリー(犬も勘定に入れます)とzoomランチ。向うは唐揚げなど、似たようなメニューらしい。
 ビールなど飲みつつ、ラチもない雑談1時間ほど。
 午後は昼寝。
 生産的なことなにもない1日だが、たまにはいいではなか。毎日そうか。

7月10日(日) 穴蔵/参院選
 早朝に小雨あり、あとは陰。
 参院選投票日であり、9時頃に豊崎小学校まで出向き、唯一の政治的意思表示を行う。
 あとは終日穴蔵。一応マジメに机に向かうのであった。
 夜、晩酌時にちょっと開票速報を見る。大阪はやはり予想通り。比例区のややこしい連中の当落は深夜にならないと決まらないだろう。
 早寝することに。

7月11日(月) 大阪←→播州龍野
 早朝の電車で播州龍野へ移動する。9時前にタイムマシン格納庫に到着。
 別荘解体に伴う 工事を午前中に行うので立会いである。
 倉庫はエアコンなし。朝から35℃、工事終了の昼前には(窓を開けていても)40℃となる。
 昼前に終了、これで連休頃からの一連の解体工事は終了。
  *
 格納庫だけが広い更地の中にボツンと残されることになった。
 残り部品も減っており、わが担当業務はすでに終っているが、ま、長くてあと2年か。
 実家の雑事を片づけ、午後は姫路に移動、久しぶりに知人と会って近況報告会、夕刻に帰阪。
 さほど体を動かしてないのに疲労感が大きい。暑さのせいであろう。
 十分に水分補給して早寝。

7月12日(火) 穴蔵
 ちょっと早め、3時に目が覚めた。
 3時40分から激しい雷雨となる。
 4時頃から猫数匹の鳴き声が聞こえ出した。いかなることにや。
 外は暗くて見えず、この雷雨では見物に行くわけにもいかず。
 5時には静かになった。雨音のみ、断続的に続く。
 終日穴蔵。
 東京のコロナ感染者1万人を突破。まだ第7波とはいわない。はて?

7月13日(水) 穴蔵
 曇天。あまり眠れず。
 終日穴蔵。
 目先のことあれこれ処理するが、これといったこと出来ぬまま1日が終る。
 大阪のコロナ感染者1万人超え。お上の動きはなにもなし。

7月14日(木) 穴蔵
 目覚めれば5時であった。早寝して8時間以上、爆眠していたらしい。珍しいことである。
 曇天。小雨が断続的に降る。
 室温30℃、湿度70%で、じっとしている限り、わたくしには快適である。
 終日穴蔵にあり。雑事やって過ごす。
 なぜかボンクラ息子その1が500ml缶用の保温容器を送ってくれた。
 先日のzoomランチでビールをだらだら飲むのを見ていたせいか。
 夜、さっそく試用。
  *
 晩酌時、1缶20分ほどで飲んでしまうから、保冷するまでもないかと思ってたら、これが意外に効き目あり、2杯目、3杯目(がラストだが)とうまくなる。
 2缶目……はやめて、ワインに切り替える。ビーフシチューだからな。

7月15日(金) 穴蔵/西長堀
 定刻(4時)に起きて、下男仕事(ゴミ出し)片づけ、あとはあとは穴蔵。
・不思議なニュース。
 岸田が「秋に安倍晋三の国葬をやる」という。一方、感染者激増なのに「第7波入り」なのかどうか、はっきりしない。東京都が「明言」したようだが、他は不明瞭で「か」とか「懸念される」が多い。今まで気にしなかったが「波」はどなたが決めていたのか……あ、そんなことは本題ではなかった。国葬だ。言い出した以上やるんだろうが、オリンピックに倣って「無観客」でやってくれよな、岸田はんよ。
 10時前に出て、地下鉄で西長堀へ。
 中央図書館へ本の返却。ついでに4階で大阪の資料をあれこれ見てたら、14時を過ぎてしまった。
 大正まで歩いて「沖縄そば」も面倒になり、まっすぐ帰館。
 あとは穴蔵。


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