『マッドサイエンティストの手帳』772

●マッドサイエンティスト日記(2022年1月後半)


主な事件
 ・穴蔵の日々
 ・神戸新聞文化センター(21日)
 ・マンボウ発令(27日)


1月16日(日) 穴蔵
 晴れて、たぶん外は暖かそうな。
 終日穴蔵。
 全体的に不調で、生産的なことは何もできず。無為徒食の日。
・朝は午前5時にひとりで定番メニュー。
・昼は珍しくも専属料理人がタコ焼きを作った。
  *
 小型ホットプレートにタコ焼き用の鉄板もついていたからとか。
 近所の半世紀近く続いている名店蛸丸は、最近休みが多いからな。
 ということで、タコ焼きでビール一杯。
 タコが大きいのはいいが、ふたり差し向かいで食べる料理ではないな。ボンクラ息子一家が帰ってきて、賑やかでなければ。
・夜は鴨鍋で「十右衛門」ちびちびぐびぐび。蕎麦ぶち込んで仕上げ。
 これは結構な。
 早寝させていただく。

1月17日(月) 穴蔵/ウロウロ
 晴れて、たぶん外は暖かそうな……と10時頃に出てみたら、寒いのであった。
 平日なので、人出に用心しつつ、梅田うろうろ。
 お初天神にお参り。
  *
 1月4日はえらい行列だったが、本日は人の気配なし。
 特にお願いすることもないので、ちょっとご挨拶して、駅前ビルへ。
 居酒屋盛大にやってるようだが、そちら方面は見向きもせず、某チケットショップで某方面の往復を購入。
 新御堂沿いに帰館。
 午後は穴蔵にて、相も変わらずボケーーーーッ。
 ニュース雑感。
・トンガの海底火山噴火による津波(潮位変化)に関連して、「空振」という言葉をはじめて知る。
 マグローヒル科学技術用語大辞典に「空振」「空気振動」ともに出てこない。強いて探せば「気圧急昇(pressure jump)」か。
 ……と思ったら「火山噴火などにより発生した空気の急激な圧力変化が、大気中を周囲に伝わる現象(気象庁)」らしい。
 英語ではatmospheric vibration? air shock?
 この30年くらいに使われ出した用語なんだろう。追いつけなくなってきたなあ。嗚呼。
・大学入学共通テスト会場で3人刺傷事件に関して、容疑者(高2)が通う高校が謝罪コメント。
 「本校は、もとより勉学だけが学校生活のすべてではない」と「発信してき」たが「昨今のコロナ禍のなかで」多くの行事が中止になり「学校からメッセージが届かず、正反対の受け止めをしている生徒がいることがわかりました」のだという。
 この「正反対の受け止め」がよくわからん。
 「密」をつくるなという「社会風潮のなかで、個々の生徒が分断され」「孤立感を深めている生徒が存在しているのかもしれません」という。
 全部コロナのせいにしてしまうのは短絡的すぎないか。
 わたくしは、学校に責任はないと思うがなあ。そんな学校に子供を入れた親に責任があるとは思うが。

1月18日(火) 穴蔵
 晴たり曇ったり、ともかく風強く、寒い。
 朝、近所の某医院へ。定期健診。きわめて正常であった。
 あとは、出歩く気分にならず、終日穴蔵。資料を読んで過ごす。
・昨日のニュース。
 谷本盛雄が犯行前に両親の骨壺を「此花区の寺」から持ち去ったという。
 寺の映像がちらっと映されたが、この寺には見覚えがある。わたくしにも因縁のある場所である。
 確認に行ってみたいが……どうしたものか。
・本日のニュース。
 大阪の感染者5,396人で、あっさりと新記録達成。昨日が月曜で2,549人だったから、驚きもせず。
 三連休(1月8〜10日)の人出を考えると、25日までは増え続けるだろう。
 出歩きたい用事が色々あるが、どうしたものか。
……などと思い悩みつつ、夜、湯豆腐その他で一杯飲んでたら、どうでもいい気分になってきた。
 長時間迷うことではなし、その場その場で即決することにする。

1月19日(水) 穴蔵/ウロウロ
 早朝から晴たり曇ったり。さほど寒くはなさそうな。
 穴蔵にて半痴呆状態で過ごす。
 これではいかん。少し体を動かさねば。午後、5,000歩ほど歩く。
 人のいない道を選んで、貨物線地下化工事の現場に沿って東へ。
 左岸線の豊崎換気塔工事現場〜本庄公園〜豊崎長屋〜JR高架をくぐって〜A先生の研究所前を通過。
  *
 書斎棟に明かりがあり、仕事してはるようである。見習わねば。
 穴蔵に戻り、しばらく机に向かう。
 夕刻の報道。大阪の感染者は6,101人で、東京には及ばぬものの、新記録。吉村会見、まんぼう要請は「様子見」らしい。
 明日がピークとは思えないな。週末に5桁まで行くか。
 夜は専属料理人がパエリアを作った。
  *
 これで豊崎西公園南側中本酒店の格安馬鹿旨ワインをいただく。
 飲食は自宅に限るな。

1月20日(木) 穴蔵/某所ウロウロ
 恐ろしく寒い日で、大寒という。こんなに暦と気象が一致するのは珍しい。
 たいていは「立春というのにこの寒さ」だからなあ。
 午前中外出。
 内緒の見学会……みたいなもので、一応マル秘、そのうち書くかもしれない。
 昼過ぎに帰館。
 体が冷え切ってしまった。
 あとはコタツで資料読み、メモ取り。
 たちまち夕刻。
 入浴後、湯豆腐その他ありきたりのメニューで熱燗一献。ほっ。このパターンがいちばんいい。
 早寝させていただく。

1月21日(金) 神戸新聞文化センター
 昼前に出て阪急神戸線で兵庫県へ越境し、三宮へ向かう。
 大阪は晴れていたが、西宮あたりから曇りはじめ、三宮では雪が舞う。
  *
 神戸新聞文化センター(17階)から見る六甲山系は煙っていた。
 2時間ほど講座。
 エッセイ・創作、それぞれ題材が面白く、趣向も工夫してあるのだが、いちばん話題になったのが「明らかなモデル小説」である。
 激論……とまではいえないが、相当熱っぽい議論になった。
 わたくしはその「モデル」人物を知らないのだが、多くのメンバーは「よく知っている」実在の人物らしく、その作品の面白さ(謎)の多くはモデルの面白さに依っているという。
 こうなると、講師としては、ぜひともモデルを見てみたい(会いたくはないが)……しかし、これでは講座として変則的すぎるなあ。
 議論は時間切れ。「エッセイとフィクション」「モデルと作中人物の違い」「モデル小説で架空の人物が果たす役割は」その他、多くのテーマを提起してくれることで、これは問題作であるなあ(いったいモデルはどんな人物なのだと思われるだろうが、わたくしは知らないから書きようがない。文章の格調と実際の人格にとてつもない落差があるらしい……その落差について、わたくしは「小説『私小説』」を例に挙げたのだが、ぜんぜん違うらしい)。
 来月につづく、か。
 阪急神戸線で逆越境。武庫川を過ぎると急速に晴れてきた。
 十三で途中下車。元今商店街の丹波で「きさらぎ漬」を買って帰館。
 夜はこれらで熱燗一献。寒い日はこれに限る。
 早寝させていただく。

1月22日(土) 傳法バスツアー
 曇り空だったが、昼前から晴れてきた。
 17日(月)から気になっている場所があり、午後、路線バスで出かけることにする。
 7分歩いて、済生会病院前から、大阪市バス43号路線「酉島車庫前行」に乗車する。
 はじめて乗るが、奇跡的な路線である。ロセンチン・タレスキーとでもいいたくなる。
 バスはガラ空き。淀川を右岸に渡り、ここから西へ、十三→北野高校→塚本→姫島(谷本盛雄の住んでいた場所! こないだ来た)→福→淀川を左岸に渡って伝法。ここで降りる。約30分。
 堤から淀川を見る。阪神なんば線の淀川橋梁の改築工事中である。
 南側の伝法公園にもフェンスが作られている。
  *
 この公園は3年ほど前に来た場所で、わが勤務した会社のルーツ傳法紡績の跡地である。
 少し下流に歩けば伝法さんが「川で書いてはる」かもしれないが、執筆のじゃまをしてはいけないので、本日はここから上流方向へ。
 伝法駅すぐ東側の西光寺を確認する。ここが17日にテレビでちらっと見て気になっていた場所。間違いない。
  *
 谷本盛雄(25人放火殺人犯)が犯行の3日ほど前に「親族の墓から両親の骨壺を持ち去った」寺である。
 谷本一族の菩提寺なのであろう。奥にある墓地まで行ってみたいが、誤解を受けてもいかんので遠慮する。
 わがルーツの傳法紡績と谷本の菩提寺・西光寺は、淀川開削以前から、同じ傳法村で隣り合わせだった。
 120年経過して、東隣に25人放火殺人犯が出現し、少し西に天才作家が誕生したのである。
 西光寺から東へ。
 澪標住吉神社にお参りし、旧鴻池本店の横を通り、森巣橋筋を抜けて、千鳥橋から大阪駅前行のバスに乗る。約30分で大阪駅に着く。ここから歩いて帰館。
 出かけてから2時間半のバスツアー。料金は100円であった。

1月23日(日) 穴蔵
 曇天、午後は雨。寒い日である。
 終日穴蔵。
 コタツに潜って、あれこれ思案して1日が過ぎる。生産的なこと何もできず。
 夜、BSで『グリーンブック』を見る。
 いい映画だと思うが感動はせず。ジャズ映画と思い込んでいたわたくしが悪い。
 不調の日であった。

1月24日(月) 穴蔵/ウロウロ
 平日である。
 午前、天六の某院へ。1年半ほど前の経過検査、特に何もなし。
 体に変化はないが、しばらく来ないうちに近所は大変化。
 向かい側の旧北天満小学校が解体中である。
  *
 いったい何になるのか。
 前まで行ってみるが、ガーやんが立っていて「覗くな」という顔つきで睨みつける……ような気がする。
 日曜日にでも覗き見にくることにしよう。
 天六。商店街は人が多そうなのでやめて、銀行のATMに立ち寄ったあと、本庄・豊崎の人通りのない路地を選んで帰館。
 午後は穴蔵。
 急速に晴れてきたが、コタツに潜り込んで、よくいえば「思索に耽る」、じっさいはボケ状態で過ごす。
 コロナ感染者……いよいよ明日が期待の注目の日である。

1月25日(火) 穴蔵/ウロウロ
 晴れて暖かなれど午後陰。
 終日穴蔵にあり。
 アタマ、皆目働かず。困ったものである。
 たちまち夕刻。
 本日の大阪のコロナ感染者8,612人(東京は12,813人)。
 本日、1万人突破ではないかと思っていたのだが、おとなしい数値であった。
 1月8日に、いずれにしても1月25日に反省の弁を述べると書いたので、ここで反省しておきたい。
 1月8日のわが予想は、1月25日(火)に(大阪の)感染者10,000人突破……であった。
(ちなみに1月7日の大阪府のシミュレーションは、1/15に1,018人、1/21に3,014人、1/25に5,121人で、これはまあ正確な方であった)
 わが根拠は、年末年始の人出から2週間ほどで3連休があり、この3連休(1/8〜10)の人出が2週間後に決定的に反映する……というものだった。予想は外れ。検査数の限界か。オミクロンの感染力の強さと潜伏期間の短さで、もっと増えると思ったのだが。
 反省してお詫び申し上げます。
 いずれにしても、ど素人の勝手な予想は、これを機にやめることにいたします。
 夜のメインは串カツでビール、山かけで熱燗一献。
  *
 他に筑前煮とか漬物。いちばん好みの居酒屋メニューである。
 2年近く居酒屋には行ってない。
 専属料理人がいるので、マンボウに不自由は感じず。ありがたいことである。

1月26日(水) 穴蔵
 晴。午後は薄曇。
 終日穴蔵。不調で、無為徒食の日。
 一杯飲んで、早寝させていただく。

1月27日(木) 穴蔵/ウロウロ
 晴れたり曇ったり。寒くはなさそうである。
 相変わらず不調。体を動かさないのがいかんようである。
 午後、散歩に出る。
 人のいない貨物線沿いに豊崎神社〜本庄公園〜淀川堤を歩きたくなり、長柄橋まで歩いて堤防に出る。
 久しぶりに毛馬閘門まで。
 毛馬排水機場の横にある淀川大堰で工事が始まっている。
 ここに閘門が併設されて、此花方面からの船も通過できることになる。
  *
 7本ある堰柱の手前を掘削するらしい。まだ基礎調査段階のようで、重機が1台だけ。
 大阪万博まで3年あるから楽勝だろうが、またこのあたりも通行止めになるのが心配な。
 散歩道だけは残してほしいものである。
 本日の大阪、マンボウ発令(2/20まで)、コロナ感染者は9,711人。
 大台にのらんなあ。本日達成と思ってたが。検査数が頭打ちか。

1月28日(金) 穴蔵
 晴れたり曇ったり……昨日と同じ。
 相変わらず不調……これも昨日と同じ。
 違うのは「出歩かない」ことだけ。結局、終日穴蔵。
・早朝のニュース見たら「昨夜から、ふじみ野市で猟銃を持った住人が医師を人質に立てこもり」の中継をやっている。
 この手の現場中継は目が離せなくなる。
 明るくなって、8時過ぎに身柄確保。人質は心肺停止……やがて死亡の報道。
 動機がよくわからんが、そのうち解明されるだろう。
・ワクチン3回目の接種券が届く。
 迷うところだが、ややこしいことは早く片づけた方がいいであろう。幸いかかりつけの某院で来月に予約がとれた。
・たちまち夕刻。
 おっ、大阪のコロナ感染者がやっとついに1万人を突破。
 明日も出歩けないなあ。
・危険を冒して買い物してきた専属料理人が、5皿(鉢)ほど並べたのでビール。
  *
 おっ、若ごぼう(八尾の特産品)がもう出たのか。早春であるなあ。
 これの炒め煮で伊佐美の湯割り一献。うまっ。
 お楽しみはこれだけだ。

1月29日(土) 穴蔵
 陰晴定りなし。不調。終日穴蔵……すべて昨日と同じ。無為徒食。
 昼は、若ごぼうの掻き揚げと蕎麦で上燗一献。早春であるなあ。
  *
 昼間からこんなことやってていいのだろうか。いいのである。
 外に出れば(特に茶屋町以南)オミクロン感染者うろうろ。
 人を見たらコロナと思え。
 穴蔵に閉じこもっている他ないではないか。
 たちまち夕刻。
 本日の大阪のコロナ感染者は10,383人。
 昨日より370人増だが「微増」としか思えないのが恐ろしい。
 高止まりに見えるが、検査数の限界という気がしてくる。
 今日またかくてありけり
 明日もまたかくてありなむ

1月30日(日) 穴蔵
 陰晴定りなし。不調。終日穴蔵……本日も昨日と同じ。
 ほとんどコタツで本を読んで過ごす。
 時々ニュース。
・マンボウ発令中。わかっとるよ。だから穴蔵にこもっておる。
・北京五輪。うるさいことよ。報道も中継もやめてほしい。
・北朝鮮が弾道ミサイル発射。もう飽きた。
・ 大阪国際女子マラソン。あっ、本日やってたのだ。見ないけど。
・王将戦、藤井聡太が渡辺明に王手。
 「トルコ風呂王将戦」を思い出すなあ。
 71年に都島区大東商店街(今の蕪村商店街)の大東劇場で見た。山城新伍の傑作のひとつ。ヒモ役で岡八郎や西川きよしも出ていた。
 あの頃は最悪の時期だったなあ。デビューは果たしたものの、ぜんぜん書けなかった。理由は色々あるが、私生活でプライベートな空間がなかったことがいちばん大きい。寮生活で2人部屋。絶えず色々なのが入ってくる。ろくに本も読めず、居酒屋か映画館が多かった時期だ。
 今は「穴蔵」で時間もあるのに、このていたらく。嗚呼。

1月31日(月) 穴蔵
 本日も陰晴定りなし。不調。終日穴蔵……毎日同じ繰り返し。嫌になってくる。
 たちまち夕刻。
 本日の感染者、大阪6,243人、東京11,751人。月曜としてはえげつない数字である。明日が楽しみな。
 夜、BSで『ミザリー』を見る。
 なかなかの出来栄え。「原作」を読んだのは30年ほど前と思う。メタフィクションを見事にエンターテインメントにするキングの手腕に感嘆したのもである。
 その「小説的な趣向」は映像では無理だが、うまくまとめていると思う。


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