HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』8

●マッドサイエンティスト日記(1996年11月)


主な事件
 ・ネット上のSF世界  ・ファースト・コンタクト・シミュレーション
 ・なな、なんと、女性しか弟子にしない某落語作家
 ・ガス漏れ大爆発(不発)
 ・SF大賞受賞式
 ・時間SFを書かない作家はSF作家ではないのだ

11月2日(土)
 新装オープンの大阪市立中央図書館で「ネット上のSF世界」という内容で2時間 しゃべることになった。この図書館の長所は全館開架式であることで、大型書店の感 覚で本が探せる。今回、地下鉄・西長堀から直接地下一階に入れるようになってい る。検索用端末も充実していて、判例検索端末をちょっといじってみる。「太陽風」 でキーワード検索したら、たちまち出てきましたね、15年前の重要判例。牧野利秋 判決である。
 近所に仕事部屋を借りたくなる。30年前まで、司馬遼太郎がすぐ近くのマンモス ・アパートに住んでいて、よく通っていたというし(これは元館長氏から聞いた)、 十年ほど前までは谷甲州が通っていた。
 ホールにはプロジェクター完備。パソコン通信、インターネットに接続しての実演 講演となる。
 (話の内容は、このホームページをごらんの方には常識レベルだろう。参考まで に、別掲記事としてアップしておきます。)
 終了後しばらくして、ソリトンの部屋に「聞いてましたよ」とたちまち書き込み。 ソリトン同人の天羽成孔氏である。会場を出てからモバイルギアで書き込んだらし い。
 そのうち、こんなイベントでは携帯電話を使って会場から書き込んでくる人間が現 れるのだろう。いや、もうすでにいるはず。
 こちらも壇上からデジタル写真をとる。壇上からの眺めは写真の通り。ちょっと寂 しい眺めだ。

会場

11月3日(日)
 朝から、阪急六甲からクルマで六甲山頂に近いYMCAへ。
 昨日から「コンタクト・ジャパン2」という集まりが開かれていて、前日が別件あ ったため、2日目からの合流である。
 大迫公成氏(もう30年のつきあいである)が中心になって開催している「ファー スト・コンタクト」のシミュレーションである。2年前に名古屋で2泊3日のシミュ レーションがあって、この時は疲れたなあ。今回は講演と分科会形式。80人くらい の参加。今回、なんと寿岳潤、松田卓也という第一線の科学者がゲスト参加である。 松田先生の話は昨日なので聞けなかった、「人類の未来は明るい寝たきり生活」とい うかなりマッドなものであったらしい。昨夜も遅くまで盛り上がったようである。
 「遺跡から文明を考える」企画に参加。面白い議論が出て、「遺跡の声」すでに改 稿を終えてしまったことが残念でもある。
 午後、パトリック・コリンズ氏と金子隆一氏の講演、15時終了……はいいが、帰 路、ハイキング下山組とクルマの渋滞が重なり、バス停付近で1時間ほど雑談。
 六甲山頂付近にまでUFOなんたらのポスターがある。コンタクトのあとはコンタ クティというお誘いであろうか。
 (プログラム・ブックにファースト・コンタクトについて、ぼくなりの意見をまと めたので、これも別記事としてアップします。)

11月5日(火)
 文化の日の「秋の叙勲」記事を読んでいたら、日頃仕事でお世話になっている弁理 士・三枝英二先生の黄綬褒賞受賞を知り、事務所に寄ったついでにお祝いを申し上げ る。
まあ、勲章はどうでもよろしい。いや、立派なことなのだが、ぼく自身はオカミが 授ける勲章に興味なしということである。
内田修先生といえば、ジャズの世界では大変偉い方なのだが、法曹の世界において も……特に関西の特許関係の世界ではそうなのである。その内田先生・傘壽記念論文 集を読んでいたら、執筆者に知り合いの弁護士弁理士数人、さらに先使用権に関する 論文の筆者に牧野利秋氏の名がある。この世界も案外狭いなあ。いつもながら明晰な 論考である。何度かお目にかかり、数回言葉も交わした間柄なのだが、プライベート にはお話する機会がないまま。残念ながら一生かかる機会はなさそうだ。著作権関係 の論文は何編か読んでいるのだが。牧野利秋氏は現東京高裁判事。ぼくとは15年 前、東京地裁で主席判事と被告の間柄で言葉を交わしたきりなのである。「冷たい方 程式」に興味を持っておられたようだが……。

11月8日(金)
 夕方、天王寺・一心寺シアターへ。虚航船団パラメトリックオーケストラの公演 「千早赤阪村に降る白くて丸くてでっかいもの」を観る。面白いことは面白いのだが ……前の「老人たちのジャズバンド」ものもそうだったが、秋山シュン太郎の脚本 は、着想がいいわりにちょっと弱い。とくにマスコミがからむと処理が急に甘くな る。ドタバタにはなるがマスコミ批判の視点が欠け落ちてしまう印象を受けるのだ。 北野勇作の怪演が光る。ますます存在感が出てきてるのだが、本当に芝居の世界にの めりこんでいきそうで、ちょっと心配でもある。
 終演後、ネット関係のメンバー9人で近くの居酒屋でビール。なんだか既視感のあ る席だなと思ったら、なんと先だって電脳句会オフで座ったのと同じ店の同じ席であ った。メーキャップを半分ほど落とした北野勇作氏も合流。いっしょに来ていた松本 くんという「お笑い作家志望」青年としゃべる。この若さはちょっとうらやましい。 脅かすわけじゃないが、紳士ぞろいのSFとちがって、「関西のお笑い作家」の世界 は魑魅魍魎の跳梁する魔界。モーホもおれば「女性しか弟子にしない」ことで有名な 落語作家もいる。
それにしても女性しか弟子にしないという感覚、あんたどない思いなはる? と、 ざこば師匠みたいな口調になってきた。落語は男性主流の芸だから女には向かない、 などとは申しませんが、弟子は才能で選ぶものでしょうが。1に才能2に情熱、3、 4がなくて5が相性。本件の場合、この順序が逆転しているとしか思えん。……ぼく は、今日び、もの書きが「弟子」をとるという感覚自体理解できないのだが、たとえ ばSF同人誌SOLITONは女性同人に限定しますなどといったら、異常というよ りもSFに対する冒涜である。……だいたいが、その「弟子」たらの作品、見たこと もないのだが……。松本くんのガールフレンドらしい、おなじく「お笑い作家」を目 指している女性に、「あなたなら某落語作家にならすぐに弟子入りできる」と、これ は北野勇作と意見が一致した。

11月17日(日)
 アスキーから短編集「遺跡の声」の見本が届く。
 小松御大の宇宙(コスモス)SFと同時に出るのがやはり嬉しい。

11月18日(月)
 会社近所のそばやで昼飯を食っていたら、ヘリの音などやたらうるさい。そのうち テレビが中継をはじめた。大和銀行本店付近の路上でガス漏れ騒ぎ。大和銀行を閉鎖 し、地下鉄堺筋線がストップ、地上は交通規制しているという。ええっ、このそばや は筋ひとつ西にずれているだけではないか。表に出るといつのまにか消防車と野次馬 がひしめいている。興奮するが、近くにくわえタバコのバカがいないか、慌てて警戒 する。
 昔のことだが、こんな事件があった。交通事故で車が転倒、一服しながら見物して いた野次馬のタバコが流れ出したガソリンに引火、車から這い出そうともがいていた 運転者が焼死した。炎の中でのドライバーの断末魔に視線が集中する間に、喫煙男は 後ずさりして姿をくらました。
 あの人殺しはまだ捕まっていないはずだ。
 以来、くわえ煙草を見ると潜在的殺人犯に見えてしかたがない。

11月26日(火)
 昼、ソリトン同人とランチタイム編集会議。ゲラがほとんど出来ている。今回も真 殿剛氏ががんばってくれた。あとは塩田氏のイラストなのだが、塩田氏、やはり全作 品を読んでイラストを描くという。プロに対して「手抜きでいい」などとはいえない し……。ネタバレになっては困る作品についてだけ説明。……出来映えはSOLIT ON6号をご覧ください。今回、全作品、手描きです。

11月28日(木)
 早朝、某PR誌に「時間講」というショートショートを書いてFAX。……タイト ル通りの、時間でネズミ講をやるヨタ話。4枚。……ほんとうは、この手の話、30 枚くらい書けば面白いのだが。6時始発の新幹線で上京、ビジネス色々。
 夕方、東京會舘。SF作家クラブ総会の総会に久しぶりに出席。新入会員推薦の大 演説をぶっていたら地震が起こった。なな、なんだ。某「増長」作家に対する天の怒 りか。
 18時からSF大賞授賞式とパーティ。本年度の受賞作は「ガメラ2」。受賞作を 読まず・見ずでの出席ははじめてなのでちょっと気がひける。
 隅の方にいたら、さらに隅の一角で石川喬司氏と森下一仁氏が何やら「密談」して いる。と、森下氏がぼくに「時間SFを書くか書かないかでSF作家は二分できるの ではないか」という。……両氏は会えば前回以来の「時間論」に関して情報交換し議 論するのが習慣になっているのだという。いいなあ。ぼくの加えてほしい。時間SF でSF作家が二分できるというよりも、「時間SFを書かないのはSF作家ではな い」のではないか。……などといった手前、「早朝、時間ものショートショートを一 編でっちあげたばかり」とはいうなくなってしまった。ただ、石川さんの東大での時 間論講座以来、際だった時間SFは出ていないようにも思う。「時間衝突」だって確 か74年の作品のはずだ。松田卓也先生など巻き込んで時間SF分科会を作ったらど うだろう。以前はもっとSFについて議論していたはずなのに……先ほどのSF作家 クラブの議論があまりにも散漫(内容は非公開のため書きません)だったので、そん な思いが強い。
 1階サロンで、ヨコジュン、山田正紀、森下一仁、土屋裕、北野勇作、新井素子、 会津慎吾の各氏(五十音逆順)と21時30分まで雑談。あと飲みにいくこともなく 日本橋の商人宿が進化した国際ビジネスホテルへ。


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