『マッドサイエンティストの手帳』68
●かんべむさし「泡噺とことん笑都」(岩波書店)
かんべむさしの新作長編
かんべむさしの長編「泡噺とことん笑都」(岩波書店)が出た。
雑誌「世界」に連載された「烈火の哄笑」の改題、単行本化である。「世界」の連載小説といえば、古くは安部公房の「第四間氷期」、吉村昭「破獄」、近くは井上ひさし「下駄の上の卵」と名作が多い。 最近といっても数年前には清水義範「柏木誠治の生活」など、いわゆる団塊の世代を意識した作品が目立つ。
かんべ作品もこの流れにあって、閑職に回された中年管理職が主人公。いわゆる「団塊の世代」に属する。となると、かんべ作品の系列では、「黙せし君よ」「片隅の決着」につながる作品かと思うと、意外にもドタバタ要素が多い。この点では久しぶりという雰囲気である。
この作品でかんべが試みている実験はふたつ。
主人公が珍しくも「東京出身」で、この視点で関西を見るという、かんべ作品では珍しい設定である。これはストレートに書けば「坊っちゃん」風になるが、かんべむさしは上方文化に通暁しているから、もう少し複雑で……外人の視点から見た日本文化みたいな極端なディフォルメは行われていない……主人公が巻き込まれる事件は、実にアホらしい住民活動。ここでは大阪住民がかなりカリカチュアライスズされている。かんべ久々のドタバタはこの部分である。ここで主人公は「異境」を見るわけだが、全体の構成は、上方派とのディスカッション形式がとられている。
ここでふたつ目の「実験」(というか、こちらが書きたかったテーマと読めるが)上方派・関西文化の導師役に上方落語家を配置してある点である。桂朝之助という中堅……これは明らかに桂歌之助がモデルで、この朝之助以外、なんと桂米朝以下、枝雀、ざこば、南光から米二、米左にいたるまで、米朝一門の噺家が「実名」で続々と登場し、その楽屋での雰囲気が活写してある。こちらは優れた「上方文化」の世界で、上方落語の世界から離れて久しいぼくには、一種の懐かしさを感じるほど面白く感じた。
ドタバタと上方文化論という、かんべむさしの得意とする両面が一体になった秀作である。
……以上の感想を書いてから、後日、間違いに気づいた。
東京生まれの主人公の視点で関西文化を見るという方法は、「38万人の仰天」ですでに試みられていた。かんべ作品では「珍しい」ことには違いないが、実験的な方法ではないようで、この点、修正しておきます。