HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』66

●マッドサイエンティスト日記(1998年7月前半)

主な事件
 ・雨の天文台は夏炉冬扇である
 ・森本<マーキー>雅樹先生との1夜

1998年

7月1日(水)
 貿易業務で○万ドルの送金を受けるが、為替相場の変動が激しく、判断をまかせられるのが苦痛である。ぼくに博才は皆無である。
 午後のニュースでは三浦和義の控訴審は無罪判決。
 ぼくは三浦の「名誉毀損」訴訟の勝率の方に興味がある。「新車に乗った巨根」を訴えるには時効であろうが……まだ色々と検討はしているのである。

7月2日(木)〜3日(金)
 マジメにサラリーマン。

7月4日(土)
 世間は休日なれど出社。本日、フロアには誰も来ず。雑用の片づけ、びっくりするほど進む。

7月5日(日)
 終日原稿。朝6時から昼食をはさんで19時まで、ソリトンの「送稿作品短評」を書き続ける。40枚くらいになったかな。楽しきかな机。

7月6日(月)
 朝から一種のバニック。内容マル秘。

7月7日(火)
 ソリトン7号完成、宅配便で届く。編集スタッフに配布。ただし、郵送料削減のために8号が完了するまで、まだ非公開である。

7月8日(水)
 不気味な雰囲気の1日。内容マル秘。

7月9日(木)
 早朝のひかりで上京。青梅線の「小作」へ。20年以上前に何度か来た土地である。当時、青梅市にはまだ「織物業」が残っていてスピーカーで「町内放送」が流れていた。まったく別の仕事で再訪することがあるとは想像もしていなかったなあ。
 帰宅深夜。

7月10日(金)
 夕方から、小松左京氏の「フロンティア3000」というグループに入れてもらって、マイクロバスで西はりま天文台公園へ。森本<マーキー>雅樹先生のいる天文台を見学しようというツアーである。
 生憎の曇り空。黒田台長の話の話を聞く。森本先生、暗くなってから到着、バーベキューパーティとなる。
 元気老人が怪気炎……夜中までの議論となるが、ぼくは22時をすぎると眠くなるので、家族用ロッジで先に寝る。夜中に目覚めて、ちょっと本を読み出したところに、森本雅樹先生が入ってきた。部屋割りはまあ適当なことになつている。「おじさんがいっしょでもいいかな?」……「いいとも」としかいえまへんがな。しかし、夜中の2時までの「宴会」セミナー、お元気である。「おじさん、自分のいびきで寝られないほどだからね」……それから朝までのことは、まあ書かないでおこう。こんな高名な天才科学者と天文台のある山頂で一夜を過ごすことがあるとは、夢にも思わなかったなあ。

7月11日(土)
 早朝に天文台付近を散歩しようと思っていたら大雨である。
 雨の天文台というのは夏炉冬扇の代表格であるなあ……。
 一夜を過ごして晴れ晴れとした表情の童顔<マーキー>と記念撮影。

 off off

 大阪へ帰るメンバー2氏といっしょにタクシーで姫新線・佐用へ。ここから実家のある本竜野まで45分。実家の倉庫に寄り、雑件調査。夕方帰阪。

7月12日(日)
 朝、参議院選挙の投票、大阪はどうせ西川きよしのトツプ間違いないという。愚民も投票権はあるからいたしかたなし。

7月13日(月)
 為替相場の変動が大きいところ、香港の新空港のコンピュータ・システムのガタガタが船便にまで影響しはじめている。船積みした貨物は1週間後には香港に届く。その間に船荷證券を航空便で送る。この航空便が出てこないために船便の通関も遅れる。さすがグクチューである。

7月14日(火)
 マジメにサラリーマン。

7月15日(水)
 SF大会プログラム原稿、ソリトン発送用にラベルプリントなど、いよいよ「仕上げ」段階である。


『マッドサイエンティストの手帳』メニューヘ [次回へ] [前回へ]

HomePage  自己紹介
作品リスト・クロニカル  書庫の片隅
SF同人誌「SOLITON」