HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』17

●マッドサイエンティスト日記(1997年2月後半)

主な事件
 ・「車椅子ボランティア」に「おとうさん」と呼ばれて
 ・歌之助師匠入院
 ・クズSF議論開始

1997年

2月16日(日)
播州龍野の実家で書庫の整理。
ブザーが鳴るので出てみると、ジーンズでリュックを背負った若い女性が「あ、おとうさんですか」という。
その「おとうさん」に向かってしゃべる内容を要約すれば、「車椅子を贈るためのボランティア」とかで、ゴム紐とかなんとか、昔懐かしい「押し売り」の営業品目を並べる。写真入りの身分証明とかを見せるのだが、いかなる団体なのか。本当に善意の人たちかもしれないし、あやしい団体かもしれない。善意の人としても、訪販まがいのボランティア活動をぼくは認めない。先週も同様のが来た。車椅子は結構な趣旨だが、まだ杖なしでは歩けない老母がひとりで住んでいる家に「車椅子ボランティア」に再三訪問されるのもたまらない。
だいたい、アカの他人に向かって「おとうさん」という呼称がカチンとくる。
ぼくに向かって「おとうさん」といえる人間はこの世にふたりしかいないはずだ。
 妻が「おとうさん」と呼びかけることがたまにあって、不愉快なので無視することにしている。鈍感だから気がついていないのだろう。「あなたの息子さんのおとうさん」という意味なのであろうが、なぜこんなにもってまわった言い方をするのか。
ぼくは妻を「おかあさん」とは絶対に呼ばない。「おい」である。簡単明瞭ではないか。
夕刻、「小林信彦60年代日記」、中原弓彦「汚れた土地」など5,6冊持って帰阪。

2月17日(月)  静岡の友人からメール。「島田市で昨日予定していた枝雀師匠の独演会が、演者の急病入院のため中止」……「なにかご存知ですか」という問い合わせ。かんべむさしに電話。かんべも知らず、かんべさんに、おなじみ「女性しか弟子にしない落語作家」へ問い合わせてもらう。枝雀師匠、独演会と「ふたりっ子」などテレビの掛け持ちが多くて単なる過労という。ついでに桂歌之助師匠が膵臓炎で入院中と聞く。えらいこっちゃがな。
 日本経済新聞2月9日の「日本SF、氷河期の様相」という記事を、会社の新聞ラックを探して今頃読む。
 なんじゃ、この記事は……
 クズSFに関しては、別項を設けて書くことにする。
 各方面で議論が拡大していて、今ごろアップの日記でというのは、後知恵ととられかねないからである。

2月19日(水)
 朝5時、例によって久田直子さんに面会。臙脂のブラウスに白いストライプのブレザーである。
 朝刊に植谷雄高死去のニュース。

2月20日(木) 19970220 木 晴  週後半は久田直子さんに会えないで、テレビはつけず、朝刊を見ると、朝日の朝刊トップに「トウ(←字がでない)ショウヘイ死去?」のトップニュース。あわててテレビを見ると?はなく、正式発表があったらしい。大物の死が続くなあ。
 夕方、豊中アクアホールへ。
 山下洋輔ソロ。「耳をすますキャンバス」中心のソロ。
 終演後、山下さん、Gさん、ハチママ、若村さん、岡本会長夫妻と計7人で焼鳥屋「てころ」へ。岡本夫妻が婚姻届けにヤノピさんにサインを貰った由緒あるヤキトリ屋である。
 某タクマ重役の若村さんの話。若村夫人がいうには「久田直子さんは結婚していて、今、妊娠中ではないか」と。まさか……。そんなことないよなあ。が、女の直感は恐ろしいからなあ。本当かもしれないなあ。

2月22日(土)
 午前中、会社で仕事。午後、天王寺区の警察病院へ。桂歌之助師匠お見舞い。
 歌やん、膵炎で、この2週間点滴生活、点滴でも大便が出る不思議。倒れたときは、背中にベニヤ板を差し込まれたような痛みだったという。
 まあ、例によって病気について理路整然と説明できる程度には回復してきているわけだ。
 横田純一郎くんという青年がいる。略せばヨコジュンか。歌やんの弟子候補で、まだ最終決定には至らずの状態という。千葉大建築科出身という。ちゃんと卒業した秀才である。東京工大の建築を受験、浪人中に米朝師匠を聴いて弟子入りした歌やんにはふさわしい弟子ではないか。
 見晴らしのいい病室で1時間ほど雑談。点滴のみというのに枕元に翻訳書が積んであるのがいかにも歌コである。
 芸風が変わるであろうか。
 川柳の師匠・深尾さんが来たところで交替。先に来ていた桂雀松さんと地下鉄の駅までいっしょに歩く。
 枝雀師匠の「入院」について聞く。枝雀師匠も小米時代以来の入院という。正月に聴いた新作「いたりきたり」は傑作と思うが……また大きな芸風の変化の時期なのだろうか。

2月26日(水)
 226事件から何年になるのか、山下洋輔氏の誕生日である。  お祝いというわけでもないのだが、夜、家内と食事に出る。
 何年目になるのか忘れてしまったが結婚記念日でもある。
 偶然の一致ではない。この日付に合わせたのである。岡本夫妻の証明書ほどではないが、ウチの証明書も、日付にはそれなりの値打ちがあるのである。


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