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『マッドサイエンティストの手帳』398

●マッドサイエンティスト日記(2007年4月前半)


主な事件
 ・上山高史ライブ(7日)
 ・山下洋輔ソロピアノ・コンサート(8日)
 ・桂歌之助襲名披露公演(14日)



4月1日(日) 穴蔵
 終日穴蔵。
 アタマがボケている。昨日の刺激が大きすぎたか。
 1時間ほど本を読み、1時間ほど老母の短歌のテキスト化作業の繰り返し。
 目が疲れて、寝そべって本を読んでいると、たちまち眠ってしまう。
 夕刻、電話で目が覚める。げっ、梅田で某氏と会う約束をしていたのに居眠りしていたのである。百代の過客、じゃなかった一代の不覚。自転車で10分で駆けつける。
 1分間で資料の交換ののち別れる。
 19時から植木等の追悼番組あり、ビール飲みながら21時前まで見てしまった。
 が、断片的映像ばかりで、いまひとつ。
 特に東宝映画のはつまらない。クレージーはジャズメンだからアドリブが本領、ステージの中継が面白く、リハーサルを繰り返した映画はアドリブ皆無でまったくノリが感じられないのである。

4月2日(月) 穴蔵/黄砂の彷徨
 月初の月曜で、雑事色々。
 市内を歩いてウロウロするが、黄砂がひどい。
 鼻水とクシャミの連発は黄砂か桧花粉なのかわからんけど。
 朝10時前から午後2時半まで、梅田〜中崎町(青空)〜西天満(ハチ/ランチ)〜梅田と歩き、12000歩を超えた。
 近所の豊崎西公園、桜が満開である。
  
 桜の樹の満開の下で、野良が一服しているのであった。
 穴蔵に戻り、夕方まで老母の短歌入力、やっと終了。
 晩酌は軽くビール。
 さあ、これからやっと『星新一 1001話をつくった人』を読めるのである。

4月3日(火)大阪→播州龍野
 早朝の電車で播州龍野へ移動。
 老母の短歌掲載誌約5キロ入りの紙袋ぶら下げてなので、ちょっとしんどい。
 龍野着。タイムマシン格納庫にてマシン組立作業。
 龍野公園、桜満開寸前みたいだが、見に行く気分にはならず。
 夕刻、下男に戻って手抜き炊事……大阪で専属料理人が作ってくれたのを加熱するだけだから、龍野の「初日」は楽なのである。
 老母、おれがテキスト化して朝渡した短歌約600首を、夕方までに「自選」してしまった。もう少しゆっくりやってくれよ。読み書き能力が衰えてないのはいいのだが、おれが抜かれそうな。あ、おれが追いつけないままか。
 眠い。
 ということで、これからやっと、昨夜半分まで読んだ本の続き。
 寝床に入る。

4月4日(水) 播州龍野の日常
 昨夜から午前3時頃まで、最相葉月『星新一 1001話をつくった人』(新潮社)読了。
 これは現時点で今年読んだ本のベスト1である。『酒井七馬』の少し上である。この「僅差」の理由は、星新一さんをおれが存じ上げているという1点である。
 この本については別項に書く。今書かないのは、大阪にある資料で確認したいことがあるため(明らかなミスはオールディスをアメリカ人としている点だけ/あ、アラ探しする気は毛頭なし)。感動した。
 ということで朝7時まで仮眠の後、下男仕事につづき、午前中はタイムマシン組立作業。
 午後、老母を花見に連れて行く。
 龍野公園の桜はさほどでもないので、東の旅、林田川を渡り、槻坂トンネルを抜けて太市あたりまで、約10分。
  
 山桜がなかなかの雰囲気。せいぜい5キロほどの場所だが、人の気配なし。これがいいのである。
 風冷たく、久しぶりにキンタマが収縮する。これもたまらんなあ。
 帰館、午後は老母の短歌編集。
 やらねばいかんこと、まだ色々。が、ともかく早寝するのである。

4月5日(木) 播州龍野の日常
 老母を定期的診察のためにI医院へ連れて行くなど、下男仕事半日。
 あとの半日はタイムマシン組立……のはずだったが、部品に問題生じ中断。明日、日本橋まで行くことにする。
 しばらく歩いてないので、夕刻に近い午後、龍野公園を1時間ほど散歩。
 龍野城趾、桜満開である。
  
 が、白塀に桜はちと俗っぽい。おれはむしろ近所の畑のネギ坊主に春を感じるのであった。
 ということで、夕刻、炊事にかかる。
 と、ネギを刻んでいる慌ただしい時にブザーが鳴らされる。
 「大東建託です」
 「何十回も断って、もう来てくれるな言うてるやろ」
 「あのう、うかがってませんが」
 「同じこと何十回もいわすな、ボケ! 前任者から聞いとらんのか」
 「はい」
 「ドアホ、いね!」
 バットを振り回したくなる。
 こんなに社内連絡をやらん会社が信用できるわけないのだが、ここまで嫌がらせのごとく来るのは、何か別の意図があるのだろうか。
 本日のについていえば新入社員の研修なのかもしれん。
 ケンモホロロに追い返えされる、逞しいセールスマンを育てる訓練で、おれは教育係として協力していることになるのかな。
 気分が悪く、ビールがまずい。
 明日にでも『大東建託お断り』の看板を作ることにしよう。

4月6日(金) 播州龍野→大阪/検討会
 慌ただしい日である。
 普通ゴミを指定袋に詰めて指定場所に持っていくなどの下男(おとこし)仕事を色々片づけ、午後、大阪へ移動。
 日本橋へ直行、ナニワネジとシリコンハウスを回って、タイムマシンの部品を手配。
 六角ボルト1000本、重いのであった。
 夕刻に近い時間にヘロヘロ状態で穴蔵に帰館。
 夕刻、かんべむさし氏、久々の来穴蔵、軽くビール飲みつつ「SF検討会」なるものを開催する。
 テーマは主に『星新一』……結論は「わしらは小粒である」ということかな。
 ただ、小粒は小粒なりに小粒であることを自覚している、これはこれなりにいいのではないか。自覚なしの「逆」や「待遇」、ややこしいのは多いものなあ。
 ということで、夜は専属料理人の数品で白ワイン飲み、そろそろ就眠。
 明日からしばらく上京。
 本プログも更新は未定なり。

4月7日(土) 横浜/上山高史ライブ
 大阪始発7時17分の新快速に乗る。
 久しぶりに「青春18」で上京である。
 この春の「青春18」はなんとか記念で8000円、1回が1600円で、これは大阪〜本竜野の片道料金より安い。で、3月以来、播州龍野との往復に使ってきたのだが、2回分残っている。この安さだから一度は遠距離移動に使おうという、そんな貧乏性から思い立った旅行。
 ただ、期限ギリギリで気候のよい土曜、似たような乗客が多く、米原では、5分で連絡の豊橋行き、ラッシュ以上の超満員である。1本ずらす。あとは最短接続で移動できた。
 ただし、3月にダイヤ改訂以来、豊橋〜熱海間はコマギレ状態、不便になっている。
 ま、「青春18」での上京は、これが最後であろう。
 横浜に16時40分着。途中、文庫、新書各1冊。
 関内のホテルにチェックイン。
 横浜に住む兄と待ち合わせて一献。
 あといっしょに関内のライブハウス「JAZZ CLUB FAROUT」へ移動。
 本日は上山高史さんのライブである。
 ピアノはオーナーでもある村尾陸男さんで、この方は『ジャズ詩大全』の著者でもある。
 
 1stステージがミュージカル・ナンバー中心、2ndステージが「春の曲」中心。
 正統派クルーナーのヴォーカル、じつに大人の雰囲気である。
 「I'll Remember April」……アボット・コステロ映画の主題曲なんて信じられない名曲だし、「しゃぼん玉」や、当然ながら「Only Look At You」も。
 最後はおれのリクエストで「P.S. I Love You」を聴かせてもらった。

4月8日(日) 東京/山下洋輔コンサート/鳥正
 よく寝た。
 午前中、関内から山下公園を散歩。
 横浜にSF大会以外で来るのは久しぶりである。が、特に懐かしくもなし。
 東京へ移動する。
 東京駅から歩いて銀座、山野楽器でデフランコのCD1枚。
 天気がいいので晴海通り歩いて勝鬨橋を渡る。
 
 高層マンションが増えているが、あまり住みたい景観ではないなあ。
 この周辺、築地市場の関係で、やたら寿司屋が多い。これまた食べたい気分にならず。
 第一生命ホールで「山下洋輔ソロピアノ・コンサート」。
 山下さんのホールでのソロ・コンサートは、以前、豊中で年1回開かれていたがこの数年なく、久しぶりである。
 「ラウンド・ミッドナイト」から「ボレロ」まで。
 昨夜の上山さんのライブとは2曲「しゃぼん玉」「Only Look At You」が重なる。
 「ラプソディ・イン・ブルー」の「全曲版」が圧倒的であった。
 終演後、ロビーではサイン会に凄い列。
 知人を捜すが、珍しいことに知った顔が皆無である。風邪の後遺症で最後まで迷っていたハチママ、結局断念したらしい(来ていたら、帰路の新幹線に乗せるまでの世話役をやらねばならぬところであった)。
 帰路も有楽町まで歩く。
 夕刻、阿佐ヶ谷の某ホテルにチェックイン。
 が……これはひどい。設備も古いが、ともかく部屋全体にニコチンが染み込んでいて、衣服に臭気が移りそうな。たちまち頭痛がしてくる。
 ボンクラ息子その1は例によって仕事、21時頃まで仕事というので待つつもりでいたら、23時頃までかかると連絡してきた。
 いっしょに一杯というのは断念。
 ひとりで「鳥正」にてヤキトリ、煮込み、白菜漬、ビール、湯割りの定番メニュー。
 ニコチン部屋に戻ると、歩数計「19569歩」である。あと近所を少し歩けば2万歩突破になるのだが、さすがにもうしんどい。
 テレビを見たら、都知事選、石原慎太郎が当確らしい。おれは都民でないから関係ないけど、浅野惨敗は当然であろう。……欲どしい目つきのハゲ頭黒幕・五十嵐敬喜がいかんよ。「ハートに火をつける会」になんて、聞くだけで赤面するような名の会を開いて、そこにノコノコ出てきて「ハートに火がつきました」なんて、これを三文芝居といわずしてなんといおう。これじゃ投げ銭(票)はいただけんよ。
 ちょっと気分良くなったので、ニコチン臭をがまんして寝る。

4月9日(月) 東京→大阪
 4時前に目が覚めた。ニコチン臭で寝てられないという方が正確か。
 新鮮な空気が吸いたくて4時半にチェックアウト。
 「青春18」最後の1回を行使、東京駅まで行き、5時20分発の静岡行きに乗る。
 あとは普通に乗り継いで、午後2時過ぎに大阪に着いた。
 半分以上寝ていた。新書半分ほどしか読めず。
 新梅田食道街「とり平」で遅めの昼飯。
 15時前の帰館となった。ああしんど。
 雑件が色々溜まっているが、面倒になってきた。
 すべて明日に送る。
 ……それにしても、オンラインカジノというコメント、削除が面倒でかなわん。なんとかならんのかねえ。

4月10日(火) 穴蔵
 定刻4時に起きて雑事を粛々と片づけるのであった。
 6時15分、『朝ミラ』スタート、冒頭でかんべむさしさん、星新一さんのことにちょっと触れる。そして7時40分頃からのブックレビュー・コーナーで『星新一 1001話をつくった人』を紹介。……かんべさんが星さんがこういったという話をする時、無意識のうちに星さん口調になっているのが面白い。いっそ本格的にモノマネをやってくれたらというのは不謹慎か。
 9時、近所の医院へ。血圧は正常、体調もいい。先月からの継続的歩行と断続的断酒の効果か。
 昼前にタイムマシンの部品を受け取りに歩いて天五の部品店まで。
 ポケットに入る程度の軽い部品なので、そのまま散歩を継続する。
 長柄東の「sano惣」でワンコロ・カレー(犬の肉ではないよ、カレーにコロッケ1個を追加したもの)のランチ。
 毛馬閘門まで歩く。
 
 満開の桜、散り始めの直前の気配。今年は長命なのか、1週間、満開がつづいているような。
 堤防沿いに歩いて帰館。約7800歩。
 本日はアルコールは抜きである。

4月11日(水) 大阪→播州龍野
 早朝の電車で播州龍野へ移動。
 龍野もまた桜は満開のままである。
 タイムマシン格納庫にて組立作業。
 夕刻、ジョーシンへ行ってプリンターの買い換え。
 10年ほど前に買ったCanon BJC-420J をこちらに持ってきて、文書専用に使ってたが、さすがにガタガタ。
 複合機EPSON PX-A620が11,700円で出ていたので、3分ほど考えてこれに決めた。
 
 ジャーン。これで顔料のカラープリンター、コピー機、スキャナーを兼ねる。
 トラブルなく始動。たいしたものだ。
 ということで、夕食後、老母は午後7時半に寝てしまう。
 老母の歌集の編集作業をしばらく。
 眠い。寝る。

4月12日(木) 播州龍野の日常
 早朝というか未明というか、午前3時半に目が覚めて、朝まで書斎仕事。
 日の出のあと、下男(おとこし)仕事を片づける。
 あとは某講義の準備と老母の歌集の編集など。
 書斎の窓からボケーッと庭を見るに、日ごとに花の様相が変わっている。
 牡丹が咲き、紫木蓮が開花し始める。
 老母のいうには、平年より10日ほど早いらしい。
  
 写真を撮るために木瓜の花咲く塀の外に出たら、今季はじめて、書くのもいやな長い動物を目撃してしまった。ギャーッとは叫ばない。啓蟄を過ぎているから不思議ではないものの……。嗚呼。寒いのは嫌だが、暖かくなるとまた別の嫌なことがあるなあ。
 ということで、夜、老母は早寝。
 喜多哲士さんのブログによれば、一昨日、阪神が中日の「天敵」山本昌を打ち崩し、
 >「さっよならさっよなら、やーまもと」と
 >甲子園を埋め尽くした タイガースファンがコールし、
 >「蛍の光」の大合唱ですわ。
 なんてことがあったという。
 甲子園、なんというおもろいことをやっとるのだ!
 ナベツネ暴言後、おれは長いこと職業野球は見てなかった(新聞でも読んでなかった)から、昨年、山本昌にノーヒットノーランを喫したことも知らなかった。
 「蛍の光」に送られた山本昌、づぎは阪神相手に完全試合を達成しなきゃ男じゃないぜ。
 ……昔、村山実が3点取られて負けた時に「あと3試合完封したる」といったことがあるなあ。防御率1を切っていた時である。山本昌、見習え。
 などと古いことを思い出して、入浴後、スパゲティを茹で、ワイン飲みながら阪神〜中日戦を見る。KJFの完封リレー。なかなか。
 ナベツネさえこの世から去れば、おれもまた職業野球を楽しむことになるかもしれない。
 などと夢想しつつ、眠い。寝る。

4月13日(金) 播州龍野の日常
 カート・ヴォネガットの訃報。
 朝刊で見る前にネツトで知る。田舎にいると情報の時差がややこしく、混乱する。
 おれのアタマも混乱する。そうか、親父が死んだか。
 おれが愛読してきた息子のカート・ヴォネガット・ジュニアはまだ元気なんだろうな。
 『屠殺場5号』『タイタンの妖女』『プレイヤー・ピアノ』を書いた息子の方がおれは大好きだ。親父の本はちょっとSF気が薄くて、おれの趣味からずれている。
 しかし……なぜ息子(ジュニア)の作品が先に訳されたのか、よくわからんなあ。
 ということで、本日も下男仕事、タイムマシン組立作業、老母の歌集編集、講義の準備、ごちゃごちゃで進行するのであった。
 なんとか歌集の「見本」2パターンを試作する段階まできた。
 18時〜、老母の夕食につきあって、おれも晩酌。
 参考までに本日のおれのメニュー。
 カイワレとカツオドバドバのヤッコ、和風オムレツ、筑前煮少し、ビール500cc、鉄火巻き、くぎ煮、辛明太子とカイワレの海苔巻き、「龍力」熱燗2合。
 本日は6000歩、エルルギー収支(体型と摂取カロリー)はたぶん均等なり。
 眠い。寝る。

4月14日(土) 播州龍野→大阪/創サポ/ラスカルズ
 暖かくなった。
 下男仕事のあと、午後、大阪へ移動する。
 夕刻、天満のエルおおさかへ。創作サポートセンターの講義の日なり。本日は、SFとは関係のない課題を出していたので、その提出作品を教材として進める。
 「表現のポイント」がテーマなのだが、短い文章の中に惜しげもなくアイデアを詰め込むというパターンなど色々あって、講師としても面白い。
 20分ほど超過となった。
 まっすぐ帰館……のつもりだったが、東梅田で降りたところで、どうしてもニューオリンズ・ラスカルズが聴きたくなり、サントリー・ファイブに寄る。
 コルネットがトラでピンカラさん、あとはレギュラー・メンバーである。
 
 なかなか予定が合わず、ラスカルズは今年初めてではないか?
 ラストまで聴きたいところだが、右隣(風上)にチェーン・スモーカー氏、あとから左側に女の子目当ての酔っぱらいが来たために、堪らず2ndステージのみで退散。
 ついてない日である。
 帰館後、シャワーでニコチンを落とし、専属料理人にグラタンを作って貰ってビール。
 深夜になってしまった。

4月15日(日) 穴蔵/桂歌之助襲名披露公演
 朝7時過ぎまで寝てしまった。おれとしては珍しい熟睡。遮光カーテンの威力である。
 そのまま寝床で、昨夜からのつづきで、中山康樹『リッスン』(講談社文庫)を読了。前から気になっていた「スイングジャーナル青春録」の合本・文庫化である。
 そうか、中山氏の「巣」はムルソーであったのか。元鶴書房の江渕氏は高校時代からの親友であったか……その他、僅かなところですれ違ったことが色々あるような。
 これは「ひたすら聴いた」体験がもたらす教養小説的青春記であり、とりわけ多感な中学時代の「リッスン体験」は感動的な記録だ。わが身を顧みれば、中学3年の時に出会ったSFであり、世界は活字ということになるが……長くなるから以下省略。
 ということで、午後、啓蟄よろしく穴蔵から這い出る。
 地下鉄で心斎橋へ。新「そごう」に初めて入る。
 どうでもいいけど、ここのエレベーターは設計ミスっつうか、システムに問題ありではないか。混み方がひどいダンゴというか不公平状態。絶対に1階から乗ってはいけない。
 14時〜14階のそごう劇場で「桂歌之助襲名披露公演」。
 1月5日から始まったシリーズ、本日が締めくくりである。
 最初の口上では、米朝師匠も無事登場された。よかったよかった。
 中入り後の座談会ではかんべむさし氏も登場。
 トリは歌之助「茶の湯」であった。
 先代の遺産を引き継いで、いい出来映え。ともかく急成長の最中である。
 チケットは早々と売り切れであったが、会場に顔見知りが誰もいない。これひとつの不思議。新しいファン層が形成されつつあるような。
 終演後、1階上が屋上の「そごうパーク」へ行ってみる。
 
 眺望なかなか、南にはスイスホテル、彼方には通天閣も見える。
 しかし、東南北を眺めたが、大阪も均一的風景。所々に高層ビルという眺めはつまらんなあ。
 まっすぐ帰宅。
 夜は専属料理人にカツオタタキ・浅蜊のパスタ・その他色々を並べてもらってビール、白ワイン。炊事も片づけもやらんでいいというのはたまらなく快適だ。
 眠い。寝る。

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