『マッドサイエンティストの手帳』204
●いろいろ読む(SF篇)
前回の雑感以来読んだ本の一部……
ルン吉くんにつき合ってクーラーを使用せず……というよりも、調子の悪いクーラーを買い替えずに……というか買い替えられぬまま……この夏を乗り切ろうと思ったら、グーターっと寝そべって本を読むしかありまへん。
某社M様、ご心配かけて申し訳ありません。しばらくは楽しみの読書は中止します。
我孫子武丸・牧野修・田中啓文『三人のゴーストハンター』(集英社)
SFまんがカルテット−2+ゲストプレイヤーによるトリオ演奏。
テナー・田中、ベース・牧野、ドラム・我孫子……かな。これはそれぞれが操るキャラクターよりも、文体からの連想。牧野ベースは端正、我孫子ドラムは手数が多く、田中テナーはゲロ吐き奏法による濃密な音色。今回はローランド・カークというよりも、ゴーストだけにアイラー風か。
ソロ・パートのあと、最後にきちんとトリオで終わるところがうまい。
連続興業になるのかな……
小林泰三『AΩ』(角川書店)
つづいて、まんがカルテット・メンバーのソロ。
とんでもないハードSFである。
厳密には「超・ハード・SF・ホラー」というらしい(帯)。
「小説も時間芸術」(筒井康隆)であり、シーケンシャルに鑑賞される。つまり、まあ、普通、前から読んでいきますわなあ。
それだと「ホラー・ハード・超・SF」という順でしょうね。
冒頭が飛行機の墜落事故の死体置場。濃密な描写で、死体が蘇る場面まで。つまり「ホラー」
つぎにガというプラズマ状宇宙生命で登場する。この章がモロ「ハードSF」。ぼくも球電生物を考えたことがあるが、ちょっとスケッチしたにとどまってしまった(「虚空の噴水」という短篇です)。小林泰三の描写は凄い。その生態系から社会構造まで宇宙人の視点で描写していく。たいへんな力量である。……そして、飛行機事故が球電(ボールライトニング)の直撃によるもので、死体蘇生が憑依によるものとわかってくる。
となると、これは「73光年の妖怪」とか「20億の針」の展開か……とふつうは期待する。
とんでもないのはここからで「超」……つまりウルトラの「超」なのである。
なんとウルトラマンSFが展開されることになる。
話変わって、わしゃ柳田理科雄の「空想科学読本」がなぜ売れるのかよくわからん。書いてあることはマトモかもしれんが、シャレっ気ゼロ。うーん、世間一般には「面白くてためになる」啓蒙主義が受けるのかなあ。
むろん、小林泰三のウルトラマンSFは「面白くてためにならない」。
さて、本書、どこまで支持されるか。
わが経験からいうと、かんべとの共著がある。ハードファンもドタバタファンも買ってくれると期待したのだが、惨敗。「和」で売れるはずが「積」でしか売れなかったのよね。
本書の場合、「ホラー」「ハード」「ウルトラ」と順に篩にかけていくような配列だから、どうなるか。ハード部分のハードルが結構高い気がして売れ行きが心配である。
売れてくれよ。
筒井康隆『大魔神』(徳間書店)
SFジャパンで読んでたけど再読。バブル経済の破綻や文化遺産の破壊など現代的テーマかと思うと意外にオーソドックスな作品。映画化の見込みがなければ、勝手に配役を決めようかと思ったが……どうも最近の若い俳優の名が全然出てこない。この5年ほどで邦画を見たのは「梟の城」くらいななあ。あれも試写会でだものなあ。
平谷美樹『運河の果て』(角川春樹事務所)
『エリ・エリ』に続く、小松左京賞受賞第1作。
テラフォーミングされた火星が主な舞台となるが、なんと約千年後の太陽系が舞台の「宇宙叙事詩」である。
物語は、火星考古学者とモラトリアム状態(性が未決定の少年?)のふたりが、原火星人(地球から移住した火星人以前に棲息していたらしい)の遺跡調査のために運河をさかのぼっていく。一方、木星軌道の宇宙都市「アヴァロン群島」では、奇妙な誘拐が発生し、女性議員が事件を追う。このふたつの事件が交互に語られていくのだが……。
何しろ千年後の火星、どのように描かれるかというと、なんとファッションや嗜好品(タバコ、コーヒーなど)や旅行の仕方など、近未来というよりも、19世紀の雰囲気。原人の骨を探しにアフリカ大陸をボートでさかのぼるような雰囲気。ここに点景のように、不思議な火星の空の色とか遺跡とか軌道エレベーターを描写して、ここが千年後の火星であることを印象づける。未来描写では、90%くらいを未来ガジェットで埋めて10%を現代の名残でというのがまあオーソドックスな方法だが、作者はあえてその比率を逆転させる方法を選んでいる。 これは宇宙都市の描写も同様で、こちらは近未来ノワールの雰囲気で描写されるが、カーチェイス場面で「コリオリの力を考慮した制動」がかかったり、ちゃんと「横殴りの雨」が降ったりで、ここがスペースコロニー内であることを要所要所で念押ししている。うまいものである。
『エリ・エリ』で後半の展開をやや急いだ反動かな。しかし、この方法は新趣向だし成功している。
『エリ・エリ』とは直接つながる未来ではないようだが、どうやら小惑星や環太陽系彗星雲まで舞台が拡大されそうな平谷ワールドの一編というところ。先が楽しみである。
それに、アウトドア描写は相変わらずうまいなあ。
イアン・ワトスン(大島豊・訳)『オルガスマシン』(コアマガジン)
サイバーポルノ版「家畜人ヤプー」(大森望)に言い尽くされているが、そして、ぼくはポルノがそれほど好きではない(飽きてしまったのかな)こともあるが、ヤプーに較べると、どうもアングロサクソン的ポルノ臭にややうんざりする。ロボット3原則のパロディなどのシャレっ気部分が救いだけど。
とはいえ、解説を読むと、まあよく出たものである。日本のSF出版の状況はまだ恵まれているということか。
好きなタイプのSFではないが訳者・出版元のご苦労に敬意を表して買ったというのが本音。
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