HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』190

●雑読・雑感

閉じこもり雑読の日々。
 花粉がひどくて出歩く気にならない。閉じこもるのなら原稿を書くべきなのだが、くしゃみ鼻水でその気になれず。目をしょぼつかせつつ雑読。


金子隆一『新世紀未来科学』(八幡出版)

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 主にハードSFに登場した科学技術を紹介しながら最先端の科学を解説する、金子隆一さんの本領ともいえる分野の代表作である。
 類書に、石原藤夫・福江純『SFを科学する』(ブルーバックス)やピーター・ニコルズ『科学inSF』(東京書籍)などがあるが、本書の特長はつぎの3点。
 ・恐ろしく領域が広い。宇宙科学、生命科学から、よくここまでカバーしてあると感心する。金子氏の本領ともいえる「恐竜」関係などむしろ控えめで、特定の分野に偏重していないのも資料的価値が高いといえる。
 ・「現実の最先端技術」と「SFに登場する未来科学」が対比できるように、はっきりと区別して並べられている。
 ・イラストが素晴らしい。特に宇宙作家クラブの小林伸光氏のオリジナル・イラストが多数収録されていて、これはオリジナルなアイデアに満ちた傑作ぞろいだ。
 拙作が何編か取り上げられていて、ちょっと面映ゆいが、ハードSFファンに限らず、SFファン必携ではないか。
 日本のハードSFの新しい書き手が勢いづいている状況からも、できれば何年かに一度「改訂版」を出してほしいところだ。


芦辺拓『時の密室』(立風書房)

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 本格ミステリー、研究書、パスティーシュなど活躍の続く芦辺拓氏だが、最新刊『時の密室』は間違いなく代表作のひとつになる傑作だ。
 主な舞台は大阪市西区川口町。明治初め、ここは「川口居留地」であった。まず、この川口居留地の描写がすばらしい。また淀川の治水技術者エッセルの名は知っていた。ただ……これはネタバレにはならないだろう……エッシャーの父であるとは知らなかった。(エルンストの「エッシャーの宇宙」は読んでいたが、父は水力技術者としか書かれてなかったからなあ)
 すべてのキーはエッシャーの絵に帰するのだが、エッセルの死とからエッシャーの絵に謎解きが引き継がれて百年後の大阪につながる伝奇的趣向も見事だ。
 本書では、3つの時代の事件が重なり、それぞれに水都大阪の奇妙な構造物が重要な役割を果たす。
 ・明治初期……川口居留地……旋回式可動橋。
 ・万博当時……河岸倉庫地帯……安治川トンネル。
 ・現代……大川……アクアライナー。
 さらに「路上の密室」という趣向まで。
 これらが見事に「エッシャー」によって解かれていくわけだが……。
 ミステリーとしてはサービス過剰といっていいほどの詰め込み方だが、なによりも大阪を舞台とした「都市小説」としての出来映えがいい。川口居留地の描写もそうだが、万博当時の河岸地帯も、同時代で知っているだけに、その手抜きのなさが実感としてわかる。(アリバイに眉村さんが担当していた深夜番組「チャチャ・ヤング」のショートショート・コーナーが出てくるのが懐かしい。おそらく日付まで現実のとおりなのだと思う)
 読後感は良質の伝奇SFにも近い。
 本格ミステリー、伝奇、都市小説、どんな読み方をしても面白いのだからたいしたものだ。
 作品とは離れるが……そしてちょっとドメスティックに話になるが……この舞台・川口から少し南に、バス路線に面して不思議な美術館があった。2年ほど前にバスで通りかかって、あわてて途中下車した。「だまし絵」の美術館のようだったからだ。が、表まで行ってみると、その美術館はすでに閉館(というか移転)されており、天保山に移って建物だけが残っていたのである。そして新しい美術館はふつうの(というか現代芸術の)美術館になっていた。
 あの建物は、ぼくにとってはいまだに謎である。


田中啓文『銀河帝国の弘法も筆の誤り』(ハヤカワ文庫)

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 もうアチコチで話題騒然の文庫。「非推薦人」の名が編集長を含めてズラズラと帯に並び、5編の短篇にそれぞれ解説というか怪説というか批判というか、そういうのが並べられているのも空前絶後。
 これだけ応援団?がいるわけだから、中身がつまらないととんでもないブーイングが起こりかねない。が、これが期待に反して、中身も凄まじいものだから困るよなあ。
 「異形家の食卓」につづく短編集だが、呆れ返るばかりの、いや呆れ返らざるを得ないパワーである。
 これ、何なのかねえ。異形家については、ローランド・カークがパワー全開で30分吹きまくりの印象といったけど、弘法を読むと、意外にもプロットへのこだわりが強いのに驚かされる。
 表題作についていえば(「脳光速」も同様だけど)、ギャグ・パワーで行けば前半で終わるはず。ヨコジュンのダジャレ・パターンの場合はそうであった。ところが、その後、「陰謀編」でまだ続く。終わってみて全体を見ると、確かにきちんとした物語であるのだ。……となると、前半のパワーは何なのだ……。
 印象批評で申し訳ない。
 ・マンガで、杉浦茂−赤塚不二夫−山上たつひこ
 ・SFで、筒井康隆−横田順彌−田中啓文
という比較を考えてしまう。
 ジャズでいえば……アナロジーによる批評はわしゃ嫌うところだから(特にプロレスによるSF批評ね)やめとこう。ただ、田中啓文はローランド・カークではなさそうだ。


石原藤夫『ハイウェイ惑星』(徳間デュアル文庫)

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 久しぶりに再読、再感激した。
 「ハイウェイ惑星」の原型『高速道路』を読んだのは20歳の多感な時で、もう35年以上前!のことである。
 興奮のあまり、SFファンの会合ではこの作品のことばかり話題にした記憶がある。
 再読……というか、何回目になるかわからないが、久しぶりに読み返して、やっぱり凄いなあと感嘆する。
 ハードSFのひとつの理想型はとっくに達成されていたのだなあという感慨である。
 ・科学とユーモアの結合。
 ・科学に先行するイマジネーション。
 ・科学技術者の現場感覚の小説化。
 ……その他色々、いつかやりたいと漠然と思っていたことが、すでに全部達成されている。
 特に、(「銀河の呼ぶ声」の主人公がそうだったけど)現場技術者の描き方が素晴らしいのである。これはサラリーマン生活30年を経験した今、特によく理解できる。ヒノシオ・コンビは漫才みたいな会話をつづけながら、きちんとポイントを押さえて問題を解決していく。この呼吸……現実の宇宙飛行士の会話にもつながる(「宇宙はジョークでいっぱい」など)、緊張感と背中合わせの「芸」なのである。
 ハードSF史上空前の発明「ブラックホールのお茶漬け」が利用される「ブラックホール惑星」まで、ただ再感嘆である。


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