HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』185

●北野勇作『かめくん』(徳間デュアル文庫)

キタSF三部作の最後を飾る傑作!

 北野勇作さんの久しぶりの長篇、年が明けたばかりで、まだそんなに読んでないものの、これは今のところ「今年読んだSFの最高傑作」であって、たぶん年末になっても上位キープではないかと予想する。

 off

 ずっと前に、川又千秋が知り合いの結構披露宴に出席した。カタギの(つまりSFとは関係ない)御一族らしい。親戚の叔父さんらしき人がなにかおめでたい謡曲を披露し始めた。
 聴いていると、「鶴は歌い〜〜〜〜〜〜〜〜」という文句が出てきた。
 対句なら、当然「亀」で受けるはずである。どうなるのかと期待していると、
 「亀は舞う〜〜〜〜〜〜〜〜」とつながったという。
 亀が舞い踊る世界とは、まあ一種のユートピアでありましょうね。

 で、北野勇作『かめくん』……帯にイラストの前田真宏氏がうまいこと書いている。
 ……「ガメラ」のつぎはこれが来る。/「脱力&極楽小説−−ぼくもこれで癒されました」
 ユートピアでなく、極楽なのである。

 これはカメが来たりそして去る物語である。

 いったいかめくんは何者なのか。……いや、話の要約とか設定の分析はほとんど意味がない。虚構(ゲーム)と現実(戦争?)、笑いと哲学、ペーソスと宇宙論、ギャグと量子力学……これらが混然としかも絶妙にブレンドされて語られる「北野節」ともいえる語り口。宇宙は亀の甲の外にあるのか内にあるのか、亀の甲をトーラス構造ととらえる宇宙論で感心させるかと思えば、カメの視点から見た落語論(百年目)で笑わせる、見事な芸である。
 全編に漂う思索的な雰囲気と「冬眠」の季節のあとに残るセンチメンタリズムも素晴らしい。
 なによりも、(最終的には一言もしゃべらないのだが)かめくんというキャラクターの造形が際だっている。
 ガメラのつぎはこれだと、ぼくもいいたくなる。

 ところで、ぼくが付け加えておきたいのは、これが「キタSF」の傑作でもあるということである。
 キタとは、大阪市・北区……梅田界隈を指すが、もう少し広げて、大阪の北区。
 かめくんの主要舞台は、万博公園まで「通勤」するものの、生活圏は大阪市北区であり、とくに淀川河川敷公園と長い堤が重要な舞台である。
 淀川とは明記されていないが、読めばすぐわかる。
 本庄から毛馬橋方面にかけての堤防と河川敷。図書館の場所は、毛馬の洗堰あたりに設定してある。……ここから少し上流へいくと、蕪村が春風馬蹄曲で詠んだ「春風や堤長うして家遠し」の句碑があり、広い川沿いに長い堤防がのびている。
 『かめくん』の中でいちばん好きな場面をあげると、この堤防を上流へハイキング(淀川に擱座している巨大クレーンの再立ち上げイベントを見物に行くというなんとも不思議な)場面である。このあたりの淀川描写が素晴らしい。
 『かめくん』をキタSFと定義するゆえんである。
 ちなみに、キタSFの嚆矢ともいえるのは、40年ほど前に書かれた、福田紀一『霧に沈む戦艦未来の城』。
 これは中之島。中之島全体が巨大戦艦となり、両側にかかる無数の橋をメシメシとへし折って出撃する異色作。(ちなみに、作者の福田紀一氏はその後、木田福一と改名、『日本アパッチ族』の主人公となる。)
 ええっと、そのつぎの「キタSF」は、まあこのページ主宰者の特権に免じて、わしの『梅田地下オデッセイ』を並べさせてくださりませ。
 中之島→梅田地下街→淀川と北上して、キタ野勇作『かめくん』で完結したわけである。
 『霧に沈む戦艦未来の城』
 『梅田地下オデッセイ』
 『かめくん』
 ……これが「自称」キタSF三部作。まあ、北野さんのトランペットの師匠も関西「ビッグツー」を自称してるんだから、これくらいの「自称」は許されまっしゃろ。
 めでたしめでたし。
 北野さん、近いうち、キタの亀寿司で祝杯をあげましょう。


『マッドサイエンティストの手帳』メニューヘ [次回へ] [前回へ]

HomePage