HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』184

●マッドサイエンティスト日記(2001年1月前半)


主な事件
 ・ついに21世紀を迎える(1日)
 ・母の愛猫13歳で死亡(11日)
 ・筒井康隆『恐怖』(文芸春秋)を読む(12日)
 ・横山やすしに関する疑問が解けた(15日)

2001年

1月1日(月)
 昨夜というか先月というか昨年というか先世紀というか、日付の変わり目を待たずに寝てしまったので定刻午前4時に目が覚めてしまう。
 分厚い朝刊を取りに穴蔵書斎と自宅を往復、いつもの路上生活者くんはいない。どうしたのであろう。
 7時過ぎにホームページの更新。
 朝9時に年賀状届いたので、それを眺めつつ、専属料理人と形ばかりの朝祝い。ボンクラ息子両名とも当然ながら起きてこない。……朝酒はやめようと思っていたにもかかわらず、3合ばかり。またも昼過ぎまで眠る。
 どうも今世紀のぐうたら生活を象徴するような年始である。

1月2日(火)
 朝5時、路上くんは定位置に寝ている。元旦はどこへ行っていたのか。
 朝7時、ひとりで朝食。
 休日だろうとなんだろうと、日頃の時間帯は変えないことにしたので、休日の朝食はひとりで台所をゴソゴソやることになる。
 終日書斎。午後、年賀状投函にポストまで往復。

1月3日(水)
 朝刊一面に世田谷で一家四人殺害の記事。犯人は3人の中年男らしいが、外国人とは書いてない。「日本人離れ」した殺し方としか思えないが。
 宮沢みきお氏(44)とは面識はないが、SF研出身らしい。検索エンジンではアニメ関係でヒットする。なんとも暗い気分である。

1月4日(木)
 某コラムに成人の日について書いてFAX。……主旨は「成人の日」が日本的移動祝祭日(土日にくっつく3連休最後の一日)になったから、20年後には、1月上旬生まれの成人は、成人の日に、前年19歳今年21歳とか、2年続けて20歳というのが出てくるのではないかという「未来予想」。万年カレンダーを使って検証してみようかと思っていたら、成人の日の案内は、前年4月に成人を迎えた「学年」で案内が行くらしい。つまり1〜3月生まれだと、19歳で選挙権もないのに成人式に招かれるらしい。
 ……ぼくの場合、20歳の誕生日を過ぎて半年以上経っていたし案内もこなかった。梅田を歩いていて、晴着の女性枷多いな、女子大の卒業式にしては早いしと思って、やっと成人式と気づいたほど。晴着の女性は老けて見える。
 つまり成人の日というのは「軽い」祝日で、ほとんど意味がないのである。
 夜、テレビで『コンタクト』を見る。……冗長にして会話があまりにも観念的すぎる。時間の無駄であった。セイガンの原作はもう少し面白かったが。

1月5日(金)
 地下鉄で大学同級生M尾くんとばったり会う。一度集まろうという話になり、同級生諸君にメールとFAXで都合のいい日をアンケート調査。こういうことはわれながらマメである。……反応の状況から、どうも9日始業というところが多い。同級生の大半は製造業に勤務しているからなあ。

1月6日(土)
 自転車で梅田。郵便局、書店、レコード屋を回ったついでに、ハチに年始に寄る。
 大分から貰ったという「かぼす」のお裾分けにあずかる。
 Qコンでかぼす酒を貰って以来、かぼすファンなので、夜、「博多の華 三年貯蔵」の湯割りに絞りこんで、NHK-FM「セッション505」藤家虹二オールスターズを聴きながら3杯ばかり。やっぱりスイングはいいなあ。

1月7日(日)
 母から電話。「短歌現代」という雑誌に歌集の書評が掲載されているらしい。自転車で梅田へ。10時の開店を待って、紀伊国屋で購入、中央郵便局から発送。書斎に戻るとしばらくして雪になる。天気予報は雨であったのだが。
 路上くんはどうしているのか。出勤中らしく姿は見えない。

1月8日(月)
 珍しく朝テレビを見ると、田中康夫が恋人といっしょにヨーロッパへ出かける場面を放映している。へえ、面白いではないかと思うが、想像していたほどいい女ではないなあ。まあどうでもいいけど。……しかし、ワイドショーというのはくだらんなあ。平日の朝の8時にテレビを見る機会など年に1、2度しかないが、こんなのが毎日放映されているのかと思うとやりきれない気分だ。女子供みな愚民……ではなくて専業主婦の多くが、か。
 終日書斎。

1月9日(火)
 雪は止んだが寒い。朝4時、路上くん、じーーっと立っている。ペンギン型ではなく、見えない焚き火に当たっているような格好である。だが、むろんそこに火などなく吹きさらしである。……7時には「出勤」していったようだが、どこへ何しに行くのだろう。明日はわが身である。
 朝刊に各地(特に高知、高松)で成人式の大騒ぎ記事。……それみろ、成人式なんて何の意味もないといったとおりだろうが。

1月10日(火)
 大阪の夕刊各紙に「世田谷の一家四人殺害、22歳の男から事情聴取」のトップ記事。
 それとは関係なく、兄が来阪。
 例によってビールだが、兄はわがホームで見た「パジャマの一家が現れる中華料理屋」(99.7.18の日記参照)へ行ってみたいという。まあ、案内するに足る店である。ただ毎晩パジャマ一家が来るわけでもないし、板東某二という尊大なのもたまにしかこない、安くて旨い店である。(ちなみにこの店のオカミさんは春彦さんはいい人だという)……ふたりでは3皿くらいしか食べられないから、専属料理人とボンクラ息子その2も呼び寄せての宴会。
 あと、兄とわが「穴蔵」に移ってSFの話などダラダラ。

1月11日(水)
 朝4時に朝刊、5時にテレビニュースを見る。世田谷一家皆殺しの「22歳の男性」逮捕かと期待していたら、全然触れていない。どういうことか。……どこかで後退している。現地では「あいつしかいない」という22歳がいるが「人権イデオロギー」を恐れての報道規制か? なんとなく嫌な予感がする。
 ついでに、高松の成人式で騒いだ「新成人」が出頭してきたニュースに対する「識者」のコメントにも頭痛がしそだ。曰く「ちゃんと注意しないオトナがいけない」……アホか。電車内の喫煙とかケータイとか、注意どころか怒鳴りつけたい「少年」がいっぱいいる。が、こんなのに注意して刺されたら無駄死にだもんね。現にわが同級だったMくんは、(注意もしないのに)バットで殴られて、3年経った今でも後遺症に悩まされている。こんなガキの親だから、詫びにくるどころか裁判にも出てこない。悪いのは本人に決まっている。よりけしからんのが、その本人に妙な悪知恵をつける人権派という某国の徒である。
 なんとなく気になって実家に電話。
 と……妹が帰省していて電話に出た。
 「今、そちらに電話しようとしていたところ」だという。
 昨夜……正確には10日深夜〜11日午前2時の間に、わが母が孫たちよりも可愛がってきた愛猫が死んだのだという。
 心配はしていたことであり、ある程度覚悟をしていたことでもある。糖尿病で痩せていたし、この3日何も食べない。夜中に出ていってたまま。午前2時過ぎに気になって探しに出ると、霜の降りた庭の植え込みで体を横たえたまま死んでいたという。
 あれだけ衰弱しても「死期」がわかるのが不思議だ。衰弱した体で気温零下の外に出ていくのはまさに「自殺行為」であって、猫の「停止プログラム」はいったいどう組まれているのだろう。……ちょうど妹が帰省していた時で幸いであった。朝、表の畑の一角に埋葬したという。満13歳まで生きたのだから実質的には老衰であり、幸せな「猫生」であったろう。

1月12日(金)
 筒井康隆『恐怖』(文芸春秋)を読む。
off
 この表紙は恐ろしい。……幽霊のようで幽霊でない、ストーカーのようでストーカーでない、それが何かと訊ねたら……たぶんどこか身近にいる殺人者なのである。
 鎌倉と並ぶような文化人が住む都市で起こる文化人連続殺人。主人公は中堅どころらしい作家。次に狙われる可能性が大きい……。
 「恐怖」の根源に迫った快作!……とは帯の文句。
 主人公は表紙のような「殺人鬼」が身近にいそうな恐怖感に襲われるわけだが、筒井作品であるからには、これが単純な恐怖感であるわけがない。
 ・社会的な殺人事件に巻き込まれる恐怖(これが一般的)
 ・サイコ的恐怖
 ・哲学的恐怖
 ・ミステリ・マニア的恐怖(いわゆる「孤島もの」の心理学的設定とでもいうのだろうか、やはりマニアをもうならせる趣向がちゃんとある)
 ・動機が際限なく拡大する恐怖
 ・さらには、作者に陥れられるのではないかという読者としての恐怖(これは恐怖でなく興奮か?)
 ……まだまだある。最後の方には冒険小説的な孤絶の恐怖まで用意してある。
 で、……ここからは明かさない方がいいと思う。全部にきちんと決着がつけられる。
 作品の系列としては「ロートレック荘事件」以来の快作だろう。……分厚い長篇が主流の昨今、見事な「ふつうの長篇」に感嘆することである。

1月13日(土)
 早朝の新快速で播州龍野の実家へ。
 恐ろしく寒い。某ガレージでタイムマシンの調整2時間、暖房なしの環境で、キンタマが波動関数のごとく収縮してしまう。2個あるはずが1個の大きさになってしまうのだからなあ。
 昼過ぎに実家へ。敷地の一角に埋葬された猫の墓にお参り。
off
 母親が落ち込んでいるので一泊するかどうか迷ったが、1日いたからどうなるものでもなし、ともかく寒いので、大阪に戻ることにする。
 夜、テレビで『インディペンデンス・ディ』を観る。……噂には聞いていたがいやはや。こんな脚本に大金を投じるハリウッド資本の度胸には恐れ入るばかり。ノートパソコンや特攻など楽しめる場面が多いが、一カ所、日本軍?に連絡する場面に出てきた中国人民軍の帽子みたいなのをかぶった日本兵?が三島由紀夫そっくりなのには笑った。これ、計算されたギャグとは思えないが。

1月14日(日)
 午前4時、推定気温2℃。仕事場の穴蔵から朝刊をとりに防寒用ハンテン姿で自宅へ移動。寒風が強く、特に吹き抜け状のエントランス、一種のビル風で特に寒い。その定位置に、路上くん、昨年11月17日と同じピンクの防寒着で横になっている。まあ、これで凍死しなければ、この冬は大丈夫だろう。
 off
 定刻の朝7時、またも自宅へ移動して、家族は誰も起きない中、ひとりで朝食。路上くんは起きてじーーーっと立っている。本日の出勤は遅いようだなあ。明日はわが身。
 終日書斎。

1月15日(月)
 昨日は寒かったが、本日は「この冬いちばんの冷え込み」、推定気温氷点下。午前4時に朝刊をとり出ると水たまりが氷になっている。風も昨日より強い。
 路上くんの姿がない。さすがにこの寒さの中で寝るのは無理か。13歳の老描ではないのだから、もっと寒いところへ行ったとは思えないし……。明日はわが身。
 文庫化された小林信彦『天才伝説 横山やすし』(文春文庫)を読んで、長年の疑問が氷解とまではいかないけど納得できた。
 この作品は週刊文春連載中に読んでいて、特にハイライトのひとつ、銀座日航ホテルの場面ではニアミス状況だった(97.7.9の日記参照)こともあって、単行本で再読、今度は文庫である。この文庫版で追加されているのが、やすしが芸人としての実質的な死ともいえる「顔が変形するほどボコボコに殴られた」1992年8月6日早朝の事件である。犯人は結局不明だが、玄関まで帰宅、10分間ほどの間に暴行を受けたという、しかもやすしは犯人について口を閉ざしたまま。その日はたまたま木村一八が帰宅して起きていた。……こんな状況から想像される陰惨な光景が離れなかったのである。
 293ページの「追記」で7年間の疑問が解けた。いや、解けないまでも、ある種の疑惑は晴れたということか。作者が文庫版のあとがきの冒頭で触れているのも、やはりこの点に関する疑問が残っていたからだろう。この1ページだけでも文庫再読の値打ちがあったというものだ。
 「アサヒ芸能」恐るべし。なぜこんな重大なニュースをマスコミは伝えないのか。


『マッドサイエンティストの手帳』メニューヘ [次回へ] [前回へ]

HomePage