HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』181

●マッドサイエンティスト日記(2000年12月前半)


主な事件
 ・宇宙作家クラブ関西例会(2日)
 ・「スペース・カウボーイ」を観る(6日)
 ・関西ビッグ・ツーを聴く(8日)
 ・短篇SFは関西に限るのか?(12日)

2000年

12月1日(金)
 朝から西奔東走。午前中、姫路近傍、昼過ぎの新快速で近江八幡、近江鉄道に乗り換えて八日市へ。
 車中、昨夜から読み始めた猪瀬直樹『ピカレスク』を読み続け。帯に「評伝ミステリー」とあって、太宰の遺書めいたメモに記載の井伏鱒二との関係がその「謎」になる。「ペルソナ」「マガジン青春譜」につづく「偶像破壊評伝」ということだが、ここで破壊されているのは明らかに井伏鱒二の偶像だ。太宰の自己演出はよくいわれてきたことだから、ものすごく調べてあるが(総入れ歯とは……)、もともと痴楽の顔なみに破壊されていた印象だから、インパクトは井伏の方にある。……それにしても「日記」の効用について考えさせられるところが大きい。「斜陽」も「黒い雨」も、他人の日記なしでは作品が成立しなかったのだからなあ。特に「黒い雨」の「原典」は凄い。
 三島が太宰を嫌ったのもよくわかる。井伏の立場から考えれば、こんなのにまとわりつかれたのでは堪ったものじゃないなあ。
 夜酔っぱらって帰宅、谷口英治「SWINGIN' SUMMIT」が届いていて、これを聴きながら就眠。……のつもりが、子守歌にはならぬ快演、2度聴いてから眠る。

12月2日(土)
 やや二日酔いである。夕方までごろ寝雑読。
 夕方、梅田へ。宇宙作家クラブの関西例会+忘年会の「忘年会」から参加。
 off
 堀、林譲治、野尻抱介、小林泰三、北野勇作、菊池誠の6名。
 野尻さんから出されていた議題は「オメガ・ポイントについて」だったが、話の中心は「新型のスローガラス」についてであって、近日これが登場する長篇が翻訳出版されるらしい。
 ただし、旧型スローガラスは「ビデオ発明前の発明品である」で終わってしまい、例によってほとんど話は脱線。
 ・いかに「鉄道員(ぽっぽや)」的泣かせ設定を作るか。
 ・速度によって重力が決まる異世界。
 ……そのうち、忘年会というのに世紀末の雰囲気がないのはなぜかという話になる。
 ・月着陸をテレビ中継で見ることをSF作家は予想もしなかった。同様に、世紀の変わり目がこんなに白けた雰囲気であるとも誰も予想していなかった。
 私見では、田中光二さんが予想していたように思う。20年以上前、21世紀まで人類は生き残るかといった質問に「惰性でもつ」と回答されていたはずだ。
 ・世紀の変わり目、12月31日午後11時59分59秒からの2秒間をどのように過ごすか。
 これは「まぼろしの二十一世紀」という小松さんのショートショートが傑作だ。世界中が大騒ぎで新世紀を迎える上記の時刻で、時間が止まってしまう。「たまたま偶然」その時刻が宇宙の終わりだった……というのだが、そんなアホな。筒井康隆「急流」と対を成す時間SFの傑作である。
 ちなみに、北野勇作氏はこの瞬間にはトイレに入っているという。足かけ2世紀におよぶ大便をひり出す計画らしい。

12月3日(日)
 終日書斎……のつもりが、寒くなり、書斎用「防寒ズボン」を探しに、スキー用品店などを探すが、イメージするものが見つからない。ぼくはともかく寒がりで、下半身が寒いとなにも出来ない。エアコンは頭ばかりのぼせてダメ。こたつがいいのだが姿勢が悪くなるし、資料を調べるために動くのが面倒になる。キルティングのズボンに足温器と考えているが、このズボンに適当なのがないのだ。……専属料理人からは毛布を巻けばいいじゃないのといわれるが、これやるとスカートみたいに見える。誰も見ていない書斎とはいえ、変態性欲者・今岡清じゃあるまいし、そんな格好は嫌である。
 着ぐるみの下半身みたいなものは売ってないのだろうか。
 肌寒く、仕事はかどらず。

12月4日(月)
 定刻・朝4時に起床、朝刊を読んでから、昨夜深夜に放映された「ラブリー30thコンサート」のビデオを見る。6時間のコンサートを70分に編集だからズタズタかと心配していたが、余計なしゃべりいっさいなし。CUGオーケストラがないのが惜しいが、演奏を途中で切ることなく、森山威男グループは最後2曲、これは「たまにはいいこともやるNHK」のまれにみる見識である。
 早朝からジャズを聴くと元気が出て、終日楽しくボンサラ仕事に精を出す。

12月5日(火)
 終日ボンサラ仕事。
 文芸家協会の某委員会の関係で資料が届いている。ちょっと集中しての作業が必要なようだ。……先日の宇宙作家クラブでも、宇宙SFを書く諸君は、文芸家協会に何の魅力も感じていない。案内はくるが入会したいとはさらさら思わないという。ぼくもその気持ちは80%わかるのであるが……。が、しかし、である。長くなるからやめとこう。背景には小説の衰退と活字の衰退があるものなあ。両方まだ「信仰」の対象となるうちはいいが……。

12月6日(水)
 不動産関係のことで現場に立ち会う必要があり、本日は休暇届けを出していたのだが、1時間ほどで、昼前に終わってしまった。
 こんな時こそ書斎に籠もって……という気にもならず、午後、梅田で「スペース・カウボーイ」を観る。冒頭の1958年の場面がずば抜けていい。つぎに昔のチームが結集する前半もいいのだが、ミッションの内容にすでに無理がある。ソ連の通信衛星になぜアメリカ製の装置が搭載されているのか、この重大な疑問に回答がないままスペースシャトルを送り出す。「陰謀」はだいたい想像がつくのだが。……宇宙空間に出てからのアクションは地上のパニックものの延長で、無茶といえば無茶。まあ「ダイ・ハード」の拡大版とみればいいのかな。
 これ平谷美樹さんの「エンディミョン……」に出てきたパイレーツ・クラブの雰囲気とよく似ているなあ。さらに「エリ・エリ」に対する金子隆一評も思い出してしまった。いいも悪いも、平谷さんが書いた雰囲気がまさにこれなのだ。映画的なエンターテインメントの方法ではむろん平谷作品が「正統的」なのである。
 映画館を出て、泉の広場の上の歩道でピンクの防寒服の男がゴミ袋をあさっている。なんと、ウチの前で寝起きしている路上生活者ではないか。このあたりまで「出勤」しているのだ!

12月7日(木)
 朝4時、路上生活者、じーーーっと座っている。公園とかガード下とか、もう少し風の当たらぬ場所があるだろうに。なぜここがねぐら?になったのだろう。
 終日ボンサラ仕事。
 帰りに『オフィシャル・ブック/ゴルゴ学』を買ってきた。よく出来ているとは思うが、ビッグ・コミックの編集部が中心になっているせいか、優等生的な作りで、オタク度が足りないように思う。特に「全463話パーフェクトリスト」にシナリオ担当の名前が記載されていないのがいけない。著作権上の制約でもあるのか。船戸与一原作がどれかチェックできないのが困る。

12月8日(金)
 早朝出勤、あとパートナーのクルマで部品メーカー、外注先などウロウロ。
 夕方、豊中の明響社へ。不定期開催のジャズ・コンサート。
 off
 ドラムのミッキー・ローカーをゲストに、関西ビッグ・ツーを自称する唐口一之(tp)、宮哲之(ts)、新進ピアニストの竹下清志ついでにできれば若手と交替してほしい西山満(b)という、オーソドックスなハードバップ編成。
 北野勇作とモリカワの夫妻(こちらから教えてもらったのである)や田中啓文さんも来ている。
 午後7時から2時間ちょっと、「ウォーキン」「チュニジアの夜」などバップのスタンダード中心。ともかく明響社のメセナで無料のコンサート、その割にはテンションが高く、唐口さんのペットの冴え、宮さんのテナーの音色、ともに素晴らしい。あ、むろんローカーのドラム(たぶん68歳と思う)のキレもなかなか。竹下ピアノも大健闘で、ただ西やんのベースがなあ。言いにくいことだが、「ラウンド・ミッドナイト」のベースはひときわ耳障りだった。もう少しシンプルに弾けないのかねえ。30年、時々聴いていて今さらだけど。
 終演午後9時半近く。北野・モリカワ夫妻、田中啓文氏と岡町駅前「まめだ」でビールと焼酎。原稿はともかく書いて預けておくべきという話……だけではなかったけど、そんな結論になる。
 北野・モリカワ夫妻、帰宅の通過点でウチの前まで来るが、路上生活者、23時というのにまだ戻っていない。どうしたのであろうか。

12月9日(土)
 5時に起床、路上を見ると、ルンくん、ちゃんと「帰宅」して定位置に座っている。昨夜は「残業」だったのだろうか。つまり金曜夜は残*の出る時間が遅いとか……。
 早朝のJRで播州龍野の実家へ。「別荘3軒の管理」その他ごちゃごちゃ事情である。……母が孫よりも可愛がってきた猫が衰弱気味である。獣医の診断では糖尿病という。もう十三歳だから老衰でもあるのだ。ただ、糖尿になるとよく水を飲みトイレが近くなる。寒くなると、特に夜は外に行くわけにもいかず、「固まる猫砂」の使用量急増、二袋買ってくる。紙とか木粉のは感触を嫌ってしないらしい。この砂の処理もやがて問題になりそうで心配である。
 off
 この写真は1年前。これから、かわいそうなほど痩せている。
 心配はさらにあって、ちょっと差し障りがあるが、実家ご近所に「物を捨てられない」ご一家。クルマが6台置いてあるが4台は廃車、しかもその一台は家屋と成長した木の幹に挟まれて、木を切り倒さなければ出せそうもない。古自転車、ダンボール、木材、建築資材らしきものや錆びたトタン、壊れた道具類から刈り取った雑草までが積まれている。それがジワジワと拡大しているのである。
 off
 こういう症例をなんと呼ぶのか。……コレクションでいちばん凄いのは「臭気筒」(←トイレの外側に小さい煙突状に出ていて、先端で筒状の風車が回っているやつね)。下水道工事が終わって、これが取り外されたのだが、これがちゃんと玄関脇に立てかけて置いてあるのには笑ってしまった。将来何の役に立つのだろう。
 時々廃屋と間違えて、業者が持ち主を問い合わせてくるそうな。
 心配というのは火事などのトラブル。困ったものだ。
 夜、帰阪。

12月10日(日)
 終日書斎、なにもせず。
 夕方、単身で北陸方面赴任している妹のダンナ(つまりわしより年上だけど義弟)のところからと、妹がカニを届けてくれた。夕方からビールがぶ飲み焼酎ぐい飲み雑炊がつ喰いで前後不覚のままたぶん就眠。

12月11日(月)
 新聞休刊日である。朝5時過ぎにコンビニへ。週刊現代を立ち読み。森の「暴力団関係者とのツーショット」掲載だが、不思議なことにインパクトが全然ない。森ならさもありなんという気分で、弁解からうやむやになる経過まで全部予想できてしまって、もう終わったという気にまでなってしまうから恐ろしい。日本はとんでもない国になってしまったなあ。
 木枯らし1号。

12月12日(火)
 昨夕からの寒波、路上くん、朝4時、襤褸布のように寝ている。大丈夫なのか。
 7時過ぎ、ボンサラ出勤時には起きて路傍に立っている。たいしたものだ。
 今シーズンはじめてコート着用。
 先日から必要あってSFマガジンを過去1年分読んでいるのだが、恐ろしいことに気づく。驚くべきことに、日本人短編が異様に少ない。いつからこんな傾向になったのだろう。立ち読みしかしてなかったからなあ。しかも短篇、「読み切り」形式で1〜12月号に執筆したのは、小林泰三、北野勇作、草上仁、菅浩江、田中啓文、野尻抱介、林譲治、藤崎慎吾、藤田雅矢、牧野修、……藤崎氏が関東、藤田氏が四国であとは全部関西在住ではないか。この異様な偏差はなんであろうか。
 SFは関西に限るというかんべむさしの予言が当たったわけではあるまいに。
 質はすべて高い。恐るべし関西SF。

12月13日(水)
 午前4時起床、外気4℃、路上くん寝ているが、よくもつものだ。
 終日ボンサラ仕事。
 日本時間の昼過ぎ、アメリカ大統領選挙、どうやらブッシュで決まりらしい。

12月14日(木)
 終日ボンサラ。
 あ、忘れていた。
 中条卓さんやdestroyさんがやっているSFネットマガジン「Anima Solaris」に「地球環」に関してぼくの「著者インタビュー」が載っています。この「Anima Solaris」、ネット誌としてはものすごくよく設計されていると感心する。内容もまた。ぜひご一読を。

12月15日(金)
 朝5時に路上を見ると、路上くん、なんとタバコを吸っている。「食」に比べて「煙」についてはマトモなのだ。少なくとも火をつける動作はできるのだ。……考えようによっては恐ろしくもあり。
 たまたま見た民放ニュースのトップが小錦改めKONISHIKIの離婚とは。なんたる平和ボケ国家ニッポン。
 終日ボンサラ仕事。わしもボケつつあるなあ。
 取的くずればかりが話題の世紀末である。嗚呼……。


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