『マッドサイエンティストの手帳』146
●中野晴行『球団消滅』(筑摩書房)
幻の優勝チーム・ロビンスと田村駒次郎
「企業は、なぜスポーツを捨てるのか? 戦後の混乱期、プロ野球に夢を託した男たちの姿と知られざる真実を描いた異色ノンフィクション!」
手塚治虫の研究家として知られる中野晴行氏(『手塚治虫と路地裏のマンガ家たち』の他、手塚関係の編著あり。ちくま文庫『水木しげる未収録短編集』の編集にも係わっている)が、マンガの世界から踏み出した異色のノンフィクションである。
大阪は船場の北端あたりにある商社「田村駒」の社長、二代目・田村駒次郎の評伝であるとともに、プロ野球史上珍しい「個人オーナー」でもあった松竹ロビンスの消長をを中心に、戦後・創生期の日本プロ野球の世界を描いている。
二代目・田村駒次郎は創業者の父を継ぐが、若い頃に見たアメリカのプロ野球オーナーへの夢を実現するために、大東京軍を買収して「ライオン」のオーナーとなる。
「物語」は戦後の復興期、藤本定義を社員しとて雇って監督にするあたりから、朝日、大陽、松竹へと改名、リーグ分裂騒動、選手の引き抜き事件など、プロ野球のゴタゴタ史が、戦後復興の現代史が重ねられている。
ともかく中野氏らしい綿密な取材ぶりで、藤本定義や小西得郎などに関するものなど、面白いエピソードが詰まっている。別所引き抜き事件への駒次郎の関与など、ものすごく面白い。
なによりも駒次郎の、情熱とワンマンぶりと、それが近代化を目指す機構との誤解と軋轢とズッコケを生むくだりが抜群に面白い。リーグ優勝を果たしながら、同時にそれが球団崩壊につながっていくクライマックスも見事なものである。
一貫しているのは巨人の横暴さと、鈴木龍二の悪賢さ。……田村駒次郎の人物描写はむろん素晴らしいのだが、ここに「悪役」(でもないのだが策士)としてからむ鈴木龍二の性格描写が(その晩年の老醜を知るだけに)じつにうまい。
さすが手塚研究家というか……鈴木龍二とアセチレン・ランプのイメージが重なるのは読み違いであろうか。じつは他にも2,3、キャラクターの見当がつくのだが、この分析はぼくの手に余る。
が、手塚ファンにもお奨めする次第。
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