『マッドサイエンティストの手帳』143
●徳間文芸賞贈賞式
2000年3月3日、徳間文芸賞の授賞式と記念パーティが開催された。
受賞作は次のとおり。
第2回 大藪春彦賞
福井晴敏『亡国のイージス』(講談社)
第20回 日本SF大賞
新井素子『チグリスとユーフラテス』(集英社)
第20回 日本SF大賞特別賞
光瀬 龍
第1回 日本SF新人賞
三雲岳斗『M.G.H』
佳作
青木 和『イミューン』
杉本 蓮『KI.DO.U』
受賞者、左から、杉本蓮、青木和、三雲岳斗、光瀬龍夫人、新井素子、福井晴敏の各氏。
贈賞式は東京會舘で午後6時から。
式次第は省略、それぞれに簡潔なものであった。
印象的だったのは、このような場にはじめて出てこられたという光瀬龍夫人が若々しく美しい方であったこと。山田正紀氏のSF新人賞の銓衡経過がユニークで、佳作をぜひ読んでみたくなったこと。乾杯の音頭をとった馳星周氏が「苦手なので」と実に潔い乾杯を行ったこと……早く飲みたいものね。
パーティでは、例によって色々な人に会う。
久しぶりに会ったのがヨコジュンと田中光二氏。ヨコジュン、無事生きていたのだ。シュリンクしたように見えるが、これは田中氏と並んだためである。
昨年欠席だった瀬名秀明氏が現れたのには驚いた。下は、森下一仁氏、大森望氏と。
瀬名氏は連絡先が角川気付で、イーガン同様、こんな場所には現れない人かと思っていたら、昨年は純粋に仕事(研究)の都合での欠席で、べつに謎めいた演出などではないそうな。
話してみると、もうSFファン感覚の持ち主とすぐにわかって嬉しくなる。
ミーハー的に記念撮影。
その他、色々な人と会ったのだが、今回、あまり写真は撮っていない。珍しくも……といってはいけないが、世間話よりも「SF」の議論の方が多かったのである。
あ、珍しく「上着」着用の谷甲州氏の写真を取り忘れた。
山田正紀氏、森下一仁氏からは色々刺激的な話を聞く。
イーガン紹介の主役・山岸真氏とも、たぶんはじめて本格的に挨拶。ぜひともハードSF中心に活躍してほしい人である。
某「大御所」……といっていいのかな、大先輩が、ものすごく実験的な作品を書き始めたなどという話を漏れ聞く。
宇宙作家クラブのメンバーも増えたし、今回のSF新人賞受賞作・三雲岳斗『M.G.H』も宇宙SFミステリーの傑作である。
このところ宇宙SF胎動の気配が感じられる。たぶん、そんな雰囲気に刺激されているのだろうと思う。
午後8時過ぎまで。……二次会、どうしようかと迷っていたら、某方面からお誘いあり、某所でウイスキー。
こちらでの話も刺激的であった。
某所にて、筒井康隆氏、佐藤哲也氏、佐藤亜紀氏と深夜まで。
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帰阪の車中、出たばかりの「SF JAPAN」掲載のSF新人賞受賞作・三雲岳斗『M.G.H』を読む。
これはSFミステリーの秀作である。
「宇宙ステーションを舞台として、無重力ホールで与圧服を着たまま墜死した死体が発見される」。 この謎解きが軸となる。
これ、相当なチャレンジである。
ミステリーなので、紹介の仕方が難しいなあ。「最終銓衡会」の記録が面白くてためになる。
笠井潔「(理系ミステリーという評価で)かなり愚直に機械的トリツクにこだわってみせる」
小谷真理「ミステリの延長としてのSFとして読んだ。決してSFの延長としてのミステリではない」
山田正紀「SFミステリで、ミステリSFではない。……いくつかの欠陥はミステリ・ジャンルの持っている欠陥であって、SFとしては一番いいところを押さえてある」
……これらの意見、まったくよくわかる。
SFミステリに関して、ホーガンの「星を継ぐ者」が出た頃、推理作家協会報にSFミステリーについて書いたことがある。要約すれば、SFミステリーには、
・ヴェルヌ型とウェルズ型がある。
・ヴェルヌ型がミステリーの拡張型で、ウェルズ型がSFの応用型。ともに「SFミステリー」というマイナーなジャンルで、しいていえばミステリー。
この両者を論じると長くなるけれど、ヴェルヌ型が「80日間世界一周」をアリバイ・トリックものとみなす、ウェルズ型を「透明人間」が密室トリックに使われる……こういう譬えでおわかりいただけると思う。前者は舞台の拡大、後者は論理を間違うとミステリーとしてはアンフェアになる。
以上のような文脈で、ホーガンの「星を継ぐ者」は「太陽系を舞台とする2万年のアリバイ崩し」という、ヴェルヌ型SFミステリーと考えたのである。ただし、そのトリックはかなり危うい可能性(森村誠一的危うさね。マンション7階から死体を地表のトラックへ投げて載せるような。ほとんど奇跡。)の上にある。(石原藤夫氏はこの「トリック」部分に疑念を表明されている。この指摘は正しい。SFに奇跡はふたつありえないということか。……その後、ぼくなりに考え調べ、石原さんとも話した。結論はちょっとした工夫を加えれば「もっと説得力のあるものにできる」というところであった。SFミステリーは難しいのである)
で、『M.G.H』……これはヴェルヌ型SFミステリーとして、よく書けていると思う。難しい「新ジャンル」で大健闘である。少なくとも、ぼくが昔、「月面基地殺人事件」というのを考えていたのよりも数段上を行く。
新本格でいう「お館もの」の拡大版か。そう考えると、「こんなややこしい建物を造った人が犯人に決まっている」ということになりかねないが、そうではないのですね。(ただし、作者は、トリックに合わせて宇宙ステーションの構造を決めた気配があり、ここが欠点といえば欠点。……しかし、そのために宇宙ステーションが変則的なものになった雰囲気もないから、これでいいのです。)
それに、主人公の男女が新本格の雰囲気でないのもいい。
大きくはミステリー作品。作者(受賞者)の三雲さん本人が「SFであるか自信がない」という意味の発言をされていた。が、SF的チャレンジであり、SF新人賞にふさわしいのである。
議論しはじめると、際限なく話題が出てきそうで、この点、まさに新人賞にふさわしいのではないか。
この作品を選んだ選考委員諸氏に敬意を表明いたします。
さらに、「動機」に関して、神林長平氏と山田正紀氏が新しい可能性を示唆されているところが興味深い。上記の大ざっぱな分類でいけば、ウェルズ型SFミステリーの可能性は動機にあるのではないか。
……などと、色々考えるところであります。
ついでに一言。佳作の2作もなんらかの形で発表してほしいところ。ぜひ読んでみたい。
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