HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』89

●森下一仁「現代SF最前線」

15年間の書評を集成した大著

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     双葉社 734頁 3800円
 眉村卓さんの「カルタゴの運命」が今年の「大著」ではトップかと思っていたら、それを上回る大著が刊行された。
 量(目方)もさることながら質(時間)においても、である。
 「カルタゴの運命」が「引き潮の時」と並ぶ連載10年。
 「現代SF最前線」は15年以上「小説推理」に連載されている書評を集成した大著である。

 森下さんのSF観については、ぼくと「育ち」(年齢はぼくより若いが頭はずっと明晰だから、若い頃吸収した成分にあまり違いがないのである)が似ていることもあって、まったく違和感がない。センス・オブ・ワンダー至上主義といってもいい。
 それにしても、森下さんの読書量は凄い。作家というのを「小説を読む人」「あまり読まない人」(小説をまったく読まない作家というのはたぶん存在しないと思う。またよく読む作家が傑作を書くかというと、必ずしもそうとはいいきれない)に分けると、ぼくもまあよく読む方だと思うが、森下さんの15年間の書評を眺めると、ぼくのSF読書は15年前なら森下さんの半分、10年前だと3割、5年前で2割、最近は1割を切っているのではないかと思う。
 それだけに、鑑定眼に信頼の置ける人の書評は大事だ。
 「小説推理」に連載されている森下さんの書評は、ぼくがもっとも信頼しているもので、一冊にならないかなと10年以上前から期待していたもの。
 それだけに、新聞や他の雑誌の書評も含めて、期待を遙かに上回るかたちで出版されたのは、わがことのように嬉しい。

 とうてい一気読みできる本ではないし、気になる作品については、書店で探して読みたくもなる。当分、座右の書となりそうだ。

 必ずしも時系列的に読む必要はなく、色々な読み方ができる。
 たとえば、ぼくが論評できる範囲でいえば、グリゴリー・ベンフォードに関する評価には頭が下がる。ほとんど巻頭に「タイムスケープ」(83年)があり、「アレフの彼方」(85年)があり、ちょっと「悠久の銀河帝国」に触れてあって、巻末近くに「輝く永遠への航海」(97年)について述べられている。こうたどると、この15年のベンフォードの姿勢がよくわかるし、森下さんの考察も15年間、まったく揺らいでいない。……ぼくにはベンフォードの問題意識がわかるつもりなので例に出したのだが、このような「糸」が数十本張り巡らされているといっていい。
 むろん時評だから、その年代の空気を感じる読み方もできる。
 「SFファン・読書子必携!!」は決して大げさな表現ではない。
 石川喬司氏の「SFの時代」を引き継ぐ……ちょっとブランクが生じているかな、70年代後半から80年代始めが……貴重な作品である。
 今後もぜひ継続して、10年に一冊のペースで出していただきたい。


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