『マッドサイエンティストの手帳』80
●奥田昭則「母と神童 五嶋節物語」
ひばりの親父に似た男のこと
奥田昭則「母と神童 五嶋節物語」(小学館・1600円)を複雑な気持ちで読んだ。
天才バイオリニスト・五嶋みどりを育てた母親の物語である。
五嶋みどりの名は知っているが、聴いたことはない。また音楽的興味からなら、この本を読むことはなかっただろう。
作中でもちょっと言及してあるが、「美空ひばり母娘」と重なる「一卵性親子」の物語である。
ただし、違うところは色々ある。
・両親ともに裕福な家庭の出身である。
・特に母親「五嶋節」は音楽的才能を発揮していた。この点、ひばりの母親とは決定的に異なる。
・美空家はかたちの上では離婚しなかったが、五嶋節は離婚している。
・ひばりの弟ふたりはどうしようもなかったが、節の異父弟・五嶋龍は「神童」である。
……など、考えると、魚屋の娘が天才であったのとちがって、この場合、自分の才能を子供で開花させたいと「教育」した結果、やっぱり天才だった、という不思議な物語である。
ぼくの興味は、みどりの父親に向く。
が、龍の父親に関する記述にくらべて、みどりの父親に関する記述は、不公平といっていいほど抑えられている。
「兵庫県姫路市の資産家の次男坊で、大阪大学基礎工学部を出て会社に勤め、船舶用エンジンの開発をしている。節より四つ年上だった。」としか書かれていない。
ひばりの父親が語られないのと同様、天才教育の裏側で酒に溺れていく父親というのは、なぜ忌避されるのか。ぼくはこちらの方に魅力を覚えるが。
これでは、中学・高校・大学と十年以上同じ道を進んだ同窓生(あえて友人というほど親しくはなかったが)が浮かばれまい。……あ、まだ生きてはりまっせ。
気になるところがちょっと。いや、大いに気になる。
節が高校時代に家出したり、アルバイトで「歌謡曲」を演奏したエピソード。(53頁)
1日1時間までで、1回2000円と詳しいが、1967年冬(高校3年の終わりごろ)に渡哲也の『くちなしの花』や谷村新司の『昴』はおかしいのではないか。カラオケも「勉強になった」だと? 当時カラオケはあったか? それとも現在カラオケ好きなのか?
細かいこというな、などといわないでほしい。
節の記憶ちがいだとしたら、さらに怪しい。
「音楽家」がテーマなのだぜ。
芸人の評伝で、デビューもしていない芸人に影響されたと記述するようなものである。……おかしいなあ。