HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』76

●名探偵・芦辺拓さんとの公開セミナー

名探偵とマッドサイエンティストが語る/体験的「エンターテインメント作家への道」
  大阪シナリオ学校主催の公開セミナー
  1998年9月19日(土) 午後6時30分〜8時50分
  エルおおさか(府立労働会館・視聴覚室

     off

 芦辺拓さんとの公開セミナーである。
 秋から始まる「エンターテインメント小説講座」の開講記念イベント……のようなものか。ミステリーとSF、それぞれ「具体的な小説作法」を披露するというのが狙い。
 レポートを書くと長くなるので、まず、企画書を見ていただければ、概要はわかるはず。この通りに進行したわけではないが、だいたい内容はカバーしてある。


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「セミナーの概要」

名探偵とマッドサイエンティストが語る
 体験的「エンターテインメント作家への道」

1 自己紹介
 芦辺拓は「本格推理」、堀晃は「ハードSF」を中心に仕事をしている。

2 なぜ「作家」を目指すか、目指したか(体験的に)
 趣味/職業/憧憬
 読書歴
 デビューのきっかけ
 同人誌/コンテスト/売り込み

3 ジャンルの定義と紹介
 本格推理はミステリーのどのような位置にあるか。
 ハードSFはSFのどのような位置にあるか。
 そして、本格推理とハードSFは「エンターテインメント小説」のなかで、どのような位置にあるか。
 ジャンルとその定義を、ブックガイドを兼ねて、作品を紹介しながら説明する。

4 小説の書き方(ミステリ/SF/エンターテインメント一般)
 ・ごく基本的な作法(それぞれの立場から)
 ・アイデアをどこから得るか
 ・プロットの立て方
 ・ジャンル特有の制約
 ・資料の集め方、整理の仕方、活用法
 ・手書きとワープロ
 ……これらは「本講」で詳しく学ぶべき内容なので、あくまでも基礎的な解説になるが、「資料」「構成」などは「実物」をお見せして説明する。
 また、「発想」「アイデア」「プロット」については、実際に、その場で「実演」して見せる。具体的には、当日の朝日新聞・朝刊が材料。
 ここから作品になりそうな記事を拾い出してプロットを立ててみせる。推理作家とSF作家で、「注目する記事の相違」「発想の違い」「プロットの差」などがわかるはず  だし、時代小説、恋愛小説、ポルノを目指す人にも参考になるはず。

5 その他
 小説家の日常
 出版社/編集者とのつき合い
 ベストセラーの要件
 ブームとは何か
 著作権……など、時間があれば簡単に触れる。

6 質疑応答
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 実際には、5については話さなかった。
 また、作法としては、資料の収集整理→プロットの立て方→着想の順になった。
 ともに「袋ファイル」を使用。それも「作品」ごとという点も一致している。実践歴は20年以上で「山根式袋ファイル」よりも古いのである。
 それにしても、芦辺さんの鮎川作品分析メモにはまいった。ぼくはクラークの短編について行ったが、せいぜいノート1ページに整理してみる程度だった。

 次は、会場で配布した資料。芦辺さんは「本格推理の必読リスト」を配布された。

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「堀晃が薦める参考書・資料」

1.小説作法
 エンターテインメント一般
 「ベストセラー小説の書き方」ディーン・R・クーンツ(講談社)→朝日文庫
 「スペースオペラの書き方」野田昌宏(ハヤカワ文庫)
 「マンガの書き方」手塚治虫(カッパブックス)→光文社文庫
 「できそこない博物館」星新一(徳間書店)→新潮文庫
 「乱調文学大辞典」筒井康隆(新潮文庫)
 「新人賞の獲り方おしえます」久美沙織
 SF
 「SF教室」筒井康隆・伊藤典夫(ポプラ社)
 「SFの書き方」アメリカSF作家協会篇(講談社)
 精神面
 「小説に書けなかった自伝」新田次郎(新潮文庫)
 「私の文学漂流」吉村昭(新潮文庫)
 「落語と私」桂米朝(文春文庫)

2.必読SF(エンターテインメントの骨格を基準に選んでいます)
 「宇宙戦争」H・G・ウェルズ  読んだ気になっている代表例
 「渇きの海」アーサー・C・クラーク  完璧な構成
 「イルカの島」アーサー・C・クラーク 空間的拡大の代表例
 「星を継ぐもの」ホーガン       時間的拡大の代表例
 「鋼鉄都市」アイザック・アシモフ   キャラクター設定
 「火星人ゴー・ホーム」ブラウン    アイデア拡大の極限
 「闘技場」(「スポンサーから一言」) 人類代表SFの典型
 「果しなき流れの果に」小松左京    バルザック型SFの代表作
 「黄金伝説」半村良          誇大妄想型展開の代表例
 「俺に関する噂」筒井康隆       被害妄想型展開の代表例
 ……要するに、その作品の面白さがどこにあるかを考えてみること。

3.資料・道具
 「類語辞典」(角川書店)      言葉に詰まった場合に
 「SF百科図鑑」(サンリオ)    アイデア・チェック
 「桂米朝全集」(創元社)      語り口のチェック
 「歌舞伎事典」           構成に困った場合に
 「理科年表」(丸善)        ハードSF用
 「カラー天文百科」(平凡社)    宇宙SF用
 「マグロウヒル科学技術用語大辞典」 ハードSF用
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 最後に「実演コーナー」で、着想からプロットまで、「アイデアの転がし方」の実演である。
 当日の朝日新聞・朝刊からネタを拾ってみる。
 ……ということで、1時間半ほど朝刊精読して作った堀のアイデアメモは以下の通り。

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「朝日新聞・朝刊(1998年9月19日)からの着想メモ」

・ロンドン・プリクストン刑務所の体験宿泊(天声人語)
 囚人の外泊、自衛隊体験入学、企業の研修、泊まりたくても泊まれない場所とは、女子寮、皇居、宇宙船、精神病院、地下街、願望充足型で行くなら女子寮。
 刑務所は自分の意志で入れるが、出られない。刑務所方式のネットウェブ、刑務所惑星、出られるが入れない……ふつうオートロック。外に鍵があるトイレ
・カラ領収書(一面)
 タイムトラベルの出張旅費はどう処理するのか。
・「会長はなぜ自殺したか」(書籍広告)
 企業名が伏せられている?
・「要約筆記」をもっと知って(声欄)
 要約筆記の実態、文体は? 要約筆記体で書かれた小説 →インターネットで調べてみる。
・「発想の転換がほしい」農業基本法答申案(社説)
 土地改良法→農地環境改善法? 有事の際の食糧自給。スペースコロニーの農地
・デジタル携帯電話規格、欧州、日本、米国の3方式(特集記事の一部)
 ISO普及が欧州優勢の理由ではない。三極構造の再現?独、伊は今回EU。
 北欧がなぜ強いのか。日本は過密。デミング賞はどこへ行った?
・関西経済再生シナリオ・シンポジウム(経済欄)
 大阪経済再生シナリオ学校
・ネット文体に関心(大江健三郎の発言)(特集記事)
 大江健三郎はパソコンユーザー?
・T(タウ)の見開き全面広告
 むしろナベブタが適切ではないか。ナベブタ・テレビ
・無粋なコンクリートの塊群(桂歌之助のエッセイ)
 蘆と渡り鳥、人工島の野鳥園、宇宙空間の「渡り」
・サッポロビールの枝元社長はサトウサンペイに似ている(発泡酒ブロイの広告)
 ブロイは疑似ビール、枝元は疑似マンガ家 疑似社長 節税のための仕事の社長マルチ化
・沢松奈生子、引退決意25歳(スポーツ)
 引退の最低年齢は? ギネスブック 「気楽な稼業」(小松左京)赤ちゃん引退
 プロ幼児 五歳で子供を産めば幼児引退 「抱かれ屋」「疑似孫」
・ドン チャッ チャッ 曾根崎暑の地下(関西)
 この擬声語はワルツ限定 ピーヒャラ ドカシャバ ぐがん インチキインチキ
 ジャズメンの擬声語感覚は面白い。
・奈良公園のシカの天敵は車・カラス(特集記事)
 噺家の天敵はアクビ
・執行官の収入急増(社会面トップ)
 歩合制の公務員? 歩合の軍隊 兵士の出来高制
・85歳の老人殺人で容疑者逮捕
 85歳のじいさんを殺したのは無職・56歳の男。妻との交際をやめろと注意したが無視されたからという。……85歳と52歳の主婦がいったいどんな「交際」をしていたのであろうか。これはSF的興味ではないなあ。 -------------------------------------------------------------------------
 星さんの「できそこない博物館」に遠く及ばない。
 新聞1時間で短編のアイデアは難しい。上記のうち、つかえそうなのは「外から鍵がかかるトイレ」くらいか。
 芦辺さんと一致した記事は「天声人語」の刑務所記事だけ。芦辺さんのアイデアはチャプリンを探偵役に使うというもの。また、社会面からは、「被害者の受けた被害が報道された事件の前からのもの」という設定など、色々とアイデア豊富である。
 が、この程度ではまだ短編にならない、ということでも意見は一致した。


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