HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』 4

マッドサイエンティスト日記(1996年9月〜10月)

−−受賞・祝杯・猫騒動・久田直子の日々−−
(この日記はSF同人誌SOLITONに連載の日記とクロスする記録です。
 SOLITON版は編集記録が主ですが、SFに関する部分は重なります。)

1996年 9月1日(日)
 夕方、寺沢一雄、村井康司両氏の来阪記念句会・新世界篇の宴会の部にゲスト参 加。全部で九人。初対面の方々に挨拶して、さて隣の方は……というと「井上宏之と 申します」ええっ、この人が電筒線の凡亭から始まって数え切れないほどハンドルが 変わり今はマキバオーだったかの伝説的ネットワーカーなのか! 長身痩躯白シャツ にサスペンダー。初対面だがどこかで見たような……と考えたら、神足裕司が痩せた ような容貌なのだ。これがとんでもない人物であることは徐々に判明する。お酒はあ まり飲めないといいつつ地酒の銘柄と味に蘊蓄を披露するわカラオケはダメといいつ つ西村小楽天風の司会をはじめるわ振付入りで歌うわ最後には見事なツイストを披露 バカ受け大笑い……うーん、これが猫鮫氏をして「ニヒリズムと背中合わせの知性」 といわしめた人物の……たぶん実像。

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9月15日(日)
 上京。有楽町マリオンで「パスカル文学フェスティバル」。パスカル短篇文学新人 賞の選考経過はJALI−NET上に報告されているので省略。
 最終選考にソリトン同人は、岡本賢一氏を別格にすると本間祐(本渡章)、志田海 市(古谷和仁)、桓崎由梨(岩崎早夕里)の三氏が残った。辛くもあり誇らしくもあ る。優秀作に残った同人諸氏も含めて、ともかくその健闘を讃えたい。ほとんど差の ないレベルでの競り合いなのだから。新人賞受賞の岡本賢一さん、優秀賞の本間祐さ ん、改めておめでとうございます。……前回にも書いたことだが、ソリトンはパスカ ル応募者の有志が中心となってスタートしたのであり、今回最終選考にソリトン同人 が多いのは、当然の結果であり主宰者の力ではない。ただ、ソリトンという場を用意 したことだけはちょっと自慢していいであろうか。

10月1日(火)
 久田直子さん本日は淡いピンクのシャツ。何となく秋の雰囲気である。10月1日 では遅すぎる……昨年もそれで焦った気がする。ともかくこの日はぼくにとっては特 別な日であるような気がする。ある作品集のために改稿を進めている最後の部分を メールで送る。少しはSF作家らしいこともしているのだ。年内には出ることになり そう。……それにしてもホイルの長編のタイトルは何をベースにしているのだろう。 聖書説、楽曲説色々あるものの、よくわからない。ご存じの方、ご教示ください。ぼ くはホイル本人の締切説に共感を覚える。

10月13日(日)
 深夜、罠をかけた。部屋の奥に猫の餌を置き、隣室に布団を敷き、「荒野の決闘」 におけるクラントン親父のような姿勢で見張る。午前五時、龍野藩はまだ暁暗のなか に眠ってる。キャトフードを狙って侵入した野良猫の気配を察知、布団を抜け出し忍 び足で入口に回り、ピシャリとその退路を断つ。罠にかかったのである。闇の中に不 安げな野良の鳴き声。箒の柄を構えて灯を点けるや……茶縞のトラ猫、逃げ道を求め て箪笥の上、ソファの下、ガラス戸衝突、鴨居まで跳躍の大暴れ。いかようにもがけ どもせんなるまいに、と離れの奥に追い込んだが、闇の中で、やがて一切の物音が途 絶えた。逃げ道はないはずだが……二時間、沈黙は続く。日が射しはじめ、野良猫の 消えた離れを偵察する。静かである。が、ついてきた飼い猫が総毛立ち不穏な唸りを あげる。突如部屋の隅から黒い影が飛び出し、足下を走り抜け、五センチほど開いた 扉をこじ開けて脱出していった。古いピアノと壁の隙間に潜んでいたのである。まる でエイリアンの雰囲気。息切れがしてビールを飲む。昔は野良猫の生け捕りはうまか ったものだが。……まったく、ええ歳したおっさんのやることか。

10月26日(土)
 夕刻、母退院。見事な満月が東の空にかかるなか帰宅する。十月の名月をどういう のか。陰暦九月の栗名月でいくか。その月の下、猫はやはり門扉のそばの暗がりにう ずくまって待っていた。杖をついた母に近寄り、頭を、母の骨折した脚にすり寄せ て、三月ぶりの再会を果たした。播州龍野藩猫騒動終結である。
猫頭突き骨に響くや栗名月

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