HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』 3

マッドサイエンティスト日記(1996年6月〜8月)


−−受賞・祝杯・猫騒動・久田直子の日々−−
(この日記はSF同人誌SOLITONに連載の日記とクロスする記録です。
 SOLITON版は編集記録が主ですが、SFに関する部分は重なります。)

1996年
6月1日(土)
 朝6時に新橋のホテルを出て新宿に向かう。長野の工場での会議のため。
 その名前からしていやな予感はあったのだが「あずさ1号」、ゴルフ客と温泉行き らしきホステス連れ徹夜組と山男(谷甲州のような山屋でないハイカー)で最悪の雰 囲気。騒がしいのなんの、昨夜からの宴会を続けている雰囲気。こんな巨根の本妻み たいな名前の電車、生涯乗るまいと決意する。
 岡谷から飯田線に乗り換え、ほっと一息。夕方から、中央高速を車で瑞浪まで走 り、JRで名古屋、新大阪、帰宅後TVで「JM」観る。「記憶屋ジョニー」をギブ スンが自ら脚色している。なかなかの出来映え。原作の方が最初からノヴェライゼー ションのように思えてくる。

6月12日(水)
 出先から帰りの車中「ゴルゴ13」季刊版読む。情報漫画の傾向が強まるほど劇画 的興味は薄れる。初期の小池一夫やK元美津がシナリオを書いていた時のほうが出来 がよい。この辺は倉田卓次先生と意見が異なるところである。だたし、こうして車中 でゴルゴを平気で読めるようになったのは、倉田先生の「裁判官の書斎」の中で、電 車でゴルゴ13を読んでいたら、目の前に、昼間法廷でやりあった弁護士が立ってい たというエピソードに接してからである。

6月17日(月)
 事情があって十日ほどクレイマー生活中。ガキふたりは比較的まめに炊事をする方 だからさほど負担はないが、洗濯と掃除が意外に負担。ともかく天気が気になる。朝 の日課が天気予報を見ることになるのだが、NHK朝五時「おはよう5」の女性アナ ウンサーを見とれてしまう。久田直子という、週前半(月火水)担当アナ。切れ長の 目と短くカットした髪が魅力的である。四時に起床して五時の放送開始が待ち遠し い。……うっとうしい梅雨空がつづく。「世界の気象」を見るにヨーロツパは快晴つ づきである。なぜか腹がたってくる。
 会社でまたも一件、事業化検討テーマ発生、プロジェクトに関わることになる。今 度は化学部門がらみ。研究担当は奇しくも福井謙一教授最後の門下生である。いくら でも引き受けまっせ。長編連載四本というのはこんな気分なのだろうか。

7月1日(月)
某企業の技術重役・若村氏……ジャズを通じて長年の友人つきあい……とかんべむ さしで夕方からビール。メーカー系で始業終業を工場時間に合わせているので、朝も 夜も早い。居酒屋、スナックと混み合う前に移動していくサーフィン型ネオン遊泳。 夜九時頃の「波の後」から飲みはじめることの多いかんべのみペースが狂うとぼや く。若村氏はぼく同様の早朝型で、案の定、久田直子ファンである。氏の意見。NH Kは全国区だから都会的なタイプとローカル受けするタイプを使い分けている。「お はよう5」で週の前後で担当替えているのもそれである。……なるほど、後者の代表 格は畑恵とか有働アナか。

7月4日(木)
 夕方からアトソンでJALI−NETスタートの打ち合せ。筒井康隆氏、小林恭二 氏、佐藤亜紀氏が集まる。ソリトンのホームページ開設は漠然と秋頃と考えていたの だが、パスカル五人で揃ってというのはありがたい機会なので並ばせていただくこと にする。むろんソリトンの部屋も用意しておく。どう運用していくかはパソ通での議 論になろう。記者発表の打ち合わせもあるが、残念ながら会社の仕事もあって出席で きない。
 帝国ホテルのラウンジで山下洋輔氏推薦のピアノ(じつに端正)を聴き、その後、 猫鮫氏、大蟻食氏、穂高氏と居酒屋で議論していたら明け方三時半……ふつうならそ ろそろ起床の時間ではないか。すでに五日。商人宿が進化した国際ビジネスホテルで 仮眠のあと、やまびこで福島へ。夕方東京に戻り帰宅は深夜。十年前だとこの程度の 移動は平気だったが、さすがに疲れるなあ。

7月13日(土)
 早朝からホームページ用原稿五時間。七時から毒グモと0−157に囲まれた人工 島で多能工となる。梅雨けを思わせるカンカン照りで、午後は水分一滴も取らずに肉 体労働、夜のビールをうまくするためである。夕方帰宅、さあ、というところで高井 信から電話。「体調悪いのですか?」 ん、いかん、飲み会の約束を忘れていたの だ。ボケの兆候か、目先の雑用が多くてスケジュール表を見るのを忘れてしまうので ある。梅田の居酒屋へ三十分遅刻。北野勇作、草上仁、高井信の三氏飲み始めている がビールの量はあっという間に追いつく。サントリー5へ移ってニューオリンズ・ラ スカルズを聴く。本日ずいぶん仕事をしたような気がするが趣味におぼれているだけ のような気もする。あと五年ほどこんな状態がつづくのだろうか。

7月15日(月)
 夕方梅田でソリトン打ち合せの席に大阪在住の推理作家・有栖川有栖氏をお迎えす る。「ロシア紅茶の謎」(講談社ノヴェルス)など国名シリーズなどで有名な本格推 理の気鋭。セッティングは本間祐氏。本間氏、日頃は静かな紳士だが、コーディネー ターとしては活動的だなあ。有栖川氏はSF少年の時代もあり、ソリトンに関心を示 され、メッセージをいただく。ありがとうございます。フルタイムになる前、かんべ むさしの「第二次脱出計画」を繰り返し読んだというのが面白い。パズラー、名探偵 論などミステリー論議で盛り上がる。何を質問しても的確で深い意見が返ってくる。 日頃の読書量と同業者との議論の深さがうかがえる。SFに欠けているのがこの熱気 だろう。あまりSFの話をしない……というより、本音部分ではSFに飽きてしまっ たという印象のSF作家が多いのだ。梅原氏が「出稽古」と表現したが、推理作家の 意見は聞いてみるものだ。なによりもチャレンジ意欲が涌いてくる。
 たぶん実現はしないだろうが、ぼくはひとつだけミステリーの構想をもっている。 「新車に乗った巨根」が殺される話である。日頃現実に殺意を表明しているのはぼく ・堀晃だけであるから、とうぜん被疑者となり窮地に陥る。敵側には人権派と称する 悪徳弁護士までいる。自ら限られた時間内に真犯人を突きとめねばならない。……古 くからのファンにはおわかりだろう、鮎川哲也「死者を笞打て」のSF版なのであ る。鮎川作品には弱点というか構造上のジレンマがひとつあり、これを克服したいと いう野心があるのだが。
 話がはずみ、中華料理屋からサントリー5に席を移して水割り。と、森マネジャー が来て「センセ、こないだゲロ吐いたらいしやないか」 まさか、わしゃこの十八年 間ゲロなしだぞ。「ありゃ高井信という男です!」

7月16日(火)
 友人知人の受賞がつづく日々だが、今年最大の祝賀会が阪急インターナショナルホ テルで開かれる。桂米朝師匠の人間国宝を祝う会。七百人出席で大盛会、人間国宝多 数来演、学会マスコミ芸界文壇仏壇(おなじみの坊主もいました)からSFまで偉い 方々いっぱいだが、人数と会費が合わないのでお忘れの方はなにとぞよろしくという 再三のアナウンス。嘆かわしいというかさすが大阪というか。SF大会ゴロじゃある まいし、誰あろう米朝師匠(ルビ:チャーチャン)の会だぞ諸君。まにもー、とにもー、たくもー。……チャンバラトリオのカシラとリーダーに久しぶりに挨拶。十三年前ま で同じ西中島南方町内会だったのである。ほろ酔いで帰宅すると実家方面から電話。 ひとり住まいの母が脚を骨折入院という。えらいこっちゃ。会費を払わなかった罰が 当たった!(ウソウソ)

7月17日(水)
 午後九時過ぎNHKニュースで川上弘美さん芥川賞受賞を知る。有力との下馬評は 聞いていたが、この時間に川上さんご本人の映像を見るとは予想しなかった。さっそ く祝メール。おめでとうございます。第一回パスカルからの参加同人諸氏にも大いな る刺激になりそうである。

7月18日(木)
 夜帰省。病院へ駆けつけると母の手術は終わっており、執刀医の説明を聞く。リハ ビリ期間を含めて三月ほどの入院が必要らしい。医者看護婦は大丈夫というが、吸入 器や点滴が外れるのが心配。夜中に全身麻酔が切れるので付いていることにする。手 術室の隣のベッドは交通事故らしい茶髪のアンちゃん、茶髪連中が集まってきて異様 な雰囲気である。台風接近で夜半風雨強し。深夜、冷房が停り、窓は開けられず、首 振り扇風機が温気を攪拌するのみ。茶髪が床で五、六人ゴロ寝している。えらいこと になったなあ。午前二時頃、母の意識がはっきりしてきたようである。言葉も明晰。 ただし麻酔中の記憶はないので、いよいよこれから手術かと錯覚したそうである。後 日こう詠んでいる。「白き霧四方(よも)より寄する直中(ただなか)に子が顔浮か び麻酔より醒む」……夜中の病室はこう見えたそうである。明け方、台風は熱帯低気 圧となって消滅。一般病室に戻る。

7月27日(土)
 実家に兄妹集合……大手通信機メーカー役員、売れないSF作家、普通の主婦の三 人の親族会議。議題は「誰が猫に餌をやるか」
 母の入院で困ったのが飼い猫の世話。仔猫時代から育ててきたから愛猫は、母にと って今や孫よりも可愛い存在。そのなつき方は尋常ならず、小旅行で家をあけようも のなら、冬でも門の付近でじっと「母」の帰りを待っている。しかも、わがままに育 てられたものだから極端な偏食猫。限定メニューを特定の状態でしか食べない。エサ を置いて留守にしようものなら、たちまち野良猫が侵入してかっさらってしまう。ペ ットホテルは無理だし病院はペット厳禁。子供は一応きちんと育てた母が、なぜ猫を ここまで甘やかしたのか……ペットに自立を求めなかったである。「交替で世話をす る」以外の知恵は出ず。結果として週末を自宅から二時間の書斎兼別荘で仕事をする というかねてからのプランが早めに実現することになった。旧型98を運び込み姫路 のアクセスポイントを通じてネットにもアクセス成功。

8月6日(火)
 オリンピックがやっと終わって久田直子さんに再会。徹夜の体育祭中継というのは 騒がしくてたまらない。ぼくが好きなのはヤリ投げだけ。逃げ遅れた審判が串刺しに なる場面を期待して観るのだが、まだ実現しない。ともかく、朝五時は久田直子の持 ち時間なのだから、オリンピック中継も彼女に担当させりゃいいじゃないかNHKさ んよ。……髪が長めになった印象。秋に向けての準備であろうか。

8月7日(水)
 ニュースの多い日である。
 渥美清が4日前に死亡していたというニュースがトップである。
 つぎが、O−157の感染源はカイワレ大根説。
 火星からの隕石から30億年前にバクテリアの存在?が3番目。
 順序に疑問があるが、円生とパンダ同日死亡記事の序列ほどではないか。
 NASA長官の「火星の生命といっても緑色のこびとの話じゃないよ」というセリ フがいいなあ。火星人といえば宇宙戦争ジュブナイル挿し絵のタコしかしらない日本 のマスコミとはえらい違いだ。

8月22日(木)
 東京會舘で第一一五回芥川賞・直木賞受賞式とパーティ。偉い人ばかりかと緊張し ていたら、選考結果待ち句会のメンバーもいてほっとする。選考委員を代表して日野 啓三氏がスピーチ、簡潔にして鋭く明瞭でエレガントでユーモアのある素晴らしいも のだった。
 二次会の案内あり、なんと宿泊しているホテル地下のワインバーである。筒井氏と いっしょに移動、会場に着くと、目の前の席に日野啓三先生が座っておられる。緊張 しつつ「夢の島」以来の愛読者であると告げ、次第にずうずうしくなって、昨年の傑 作「光」について聞く。ぼくが堺沖の人工島や近代産業遺跡を好んで話題にすること でおわかりの通り、日野作品に出てくる「夢の島」や砂丘、遺跡、都市の描写が大好 きなのである。その作家が宇宙空間を描写したのが「光」。日本人の元宇宙飛行士の 記憶に現れる発射基地や月面の描写は緊密にして格調高く、科学考証上まったく隙が ない。ぼくは昨年度のベストSFと信じている。
 月面描写について感想を申し上げたところ、「一ヶ所だけわからなかった点があ る」といわれる。暗黒面……太陽も地球光も遮られる所で見る宇宙空間がどのように 見えるか、というもの。……うーん。原理的(物理的)には暗黒の空間に無数の星な のだが、これはまだ謎を残している。アポロ何号だったかが月へ向かう途中の船窓か ら見た光景として「意外に青い。深海のような青さだ」というのがあったはずだ。生 理反応を含めてずいぶん個人差もあるようだ。たとえば直前に見た地球の色の影響と か。宇宙線が視覚神経を刺激する例のチカチカの頻度が計算より多いとか、謎は多 い。ここから先を想像するのがSFの醍醐味なのだ。(たとえば無重量空間での飲酒 データはまだない。ぼくの書く、胃壁全体から酒がまわってくる、といった描写はか なりあやうく、的中率10%くらいではないか)……あ、宇宙SFのことになると、 つい長くなってしまう。
 さらに図にのって、日野先生に「ぜひ火星を描写してほしい」と申し上げたら、 「じつは一篇だけ火星を書いた短篇がある。送って上げましょう」。……後日、「聖 岩」(中央公論社)を送っていただき感激してしまった。巻末の「火星の青い花」が それである。バイキングからの映像から想起された作品だが、文学者の手にかかると かくも見事なイメージに昇華するのかと感嘆。……「私は遠からず火星の黄色い地面 に立つだろう。そして必ず青い花に出会うだろう。」……「聖岩」はまだ書店に並ん でいる。これを知らずに「愛読者です」などといったのだから冷汗ものである。
 川上弘美さん、ありがとうございました。あなたが「神様」を書かなければ、この ような機会は生涯なかったでしょう。

8月24日(土)
 新大阪始発のひかりで小倉へ。第三五回日本SF大会「コクラノミコン」参加。レ ポートはちょっと時期遅れになったので、落ち穂ひろい報告。
・ディーラーズルームでのソリトン販売が主目的。が、開店早々の客が一応名を秘す 「世にも暑苦しいSF作家」。店番していたのがぼくと同人フォイルさんという昨年 最大の被害者。顔を見合わせて思わず苦笑してしまった。不吉な出だしである。
・ディーラーズルームの一角、お茶の水SF研のコーナー、先輩の受賞で盛り上がっ ている。川上弘美編集号のコスモス13号を販売している。物持ちがいい と感心する。

sfken

・小倉駅構内の立ち食いうどん二一〇円具入れ放題は全国でも指折りの良心的逸品で ある。この道の大先輩・眉村卓さんに報告しようと思いながら、「引き潮のとき」星 雲賞長編部門受賞のお祝いが先で、つい忘れてしまった。もっとも高松出 身のソリトン同人トドラは、その程度の店は町中にあると、まるで評価しない。(ち なみに眉村さんとほぼ意見が一致しているのは、トップはJR姫路駅ホームのソバで ある。価格を考慮すると小倉はこれに迫る)
・そのトドラ、腹に「恋はトキメキ、SFはお友達」背に「生涯一SF」と大書した Tシャツ姿で「ファンジン大賞受賞間違いなし……トイウウワサ」とソリトンを 売りまくった。

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・カジシンの部屋で松崎真治さんと久しぶりに会う。この部屋は昼前から車座で酒盛 りをやっている。一流ホテル内であるたげに、さすが九州。
・「お宝鑑定団」のビデオ撮り。手塚さんのイラスト135万円とは! ぼくは昭和 38年に「タイトル当てクイズ」当てて入手した手塚さんのSF画を持っている。1 00万はするだろうな。
・オークション、とつぜん引っぱり出される。出品用意をしていなかったので「ソリ トン購読権+ホームページ登場権」を出す。落としてくださった遠藤真由美さんは多治見在住の化学教師。なんとハードSF研の会員という。

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・そのソリトン、ファンジン大賞を受賞! 詐欺誇大広告の非難は免れた。
・昨今のSF大会、会場が豪華過ぎる気がしないではない。一週間後にロスでワール ドコンがあり、宿泊費も含めると、東京からならロスへ行くほうが安い可能性があ る。関東からの参加が少なかったのはそのせいではないか。
・受賞を祝って小倉駅の焼鳥屋で同人数名とビール。小倉らしく夜中まで 賑やかに祝杯を上げたいところだが、ひとり最終のひかりで猫の待つ方向に向かう。

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