『マッドサイエンティストの手帳』23
●マッドサイエンティスト日記(1997年5月後半)
主な事件
・閉所恐怖症者にはちょっと怖い話
・「酒鬼薔薇聖斗」という言語感覚
・生首は体の一部で頭部であるが
5月20日(火)
仕事で「閉所恐怖症」気味のぼくには脂汗が出てくるような恐ろしい話を聞く。
特殊なパイプライニング技術がある。某エンジニアリング会社の独占的な方法だそうだか、こんな方法である。
パイプライニング……埋設してある配管の内部を塗装する技術だが……管径に合わせたウレタンボール2個の間に塗料樹脂を詰めて、エアで押す方式。樹脂がボールの隙間から漏れだし、これで均一に塗膜が形成されていく。なんと20インチ径で全長数十本。出口でこれがほとんど誤差なく使い切れるという。
これだけなら、まあ、たいした技術だと感心して終わる。
つぎに、検査がある。これには、検査用のビデオロボットを走らせる。
この技術もよくわかる。
最終的には、人間が目視検査を行う。……電動車に腹這いになって乗り、直径50センチ、長さ数キロの海底配管に入るのである。「往路」は腹這いで下半分、「復路」は仰向けで上半分を検査しつつ往復するのだという。
この恐ろしさ、想像がつくだろうか。スーパーマンスタイル、体の屈伸が不可能な姿勢で数キロの海底トンネルを往復するのである。
……しかも、四日市での早朝作業中、あの「阪神大震災」が起こったのだという。
四日市の海底でも、不気味な震動がしたという。
「生きた心地がしなかった」……まあ、簡潔な表現だが、その通りでしょうね。
「新しい樹脂を使う以上は、検査に立ち会ってもらうことになるでしょうなあ」……じょ冗談ですよね、むろん。
「閉所恐怖症」の人は宇宙空間には出られない。……これはパラドックスみたいだが、現実にはそうなのではないかと想像する。「海底牧場」の主人公とは別の設定が可能だろう。……これに似た状況を拙著「漂着物体X」の一編で書いたが、うまく書けていない。設定を変えて再チャレンジしようと思う。
5月25日(日)
クズSFに関して、ややこしい電話が錯綜する。
SFマガジン7月号を読まないとわからない種類の話のようである。
明日、立ち読みすることにして、コメントは控える。
5月26日(月)
昼、SFマガジンの立ち読み。
足腰が衰えて、長時間……といっても10分程度……の立ち読みはしんどい。
ぼくが論戦に参加しない理由のひとつは、体力低下だ。SFマガジンを図書館で読むか古本屋で入手する頃には、論点が移動してしまっているからだ。
それに、クズSFに関する議論は面白いが、状況論に関しては、あまり発言したくない。ぼくは、SF作家クラブではすでに「名誉会員」である。ロートルであって、会社組織に譬えればOBか相談役である。こういうのが「現場」に口出しするのがいちばん嫌がられることは、サラリーマンの立場でわかりすぎるほどわかるからだ。
むろんSF界は会社組織ではないから、かならずしもこのアナロジーは適切ではないが、年寄りの口出しが嫌われるのはどの世界でも同じである。
SFはどんどん変わっていくし、読者層も変わっていく。
ぼくが文句をつけるとしたら歴史の改竄であって、過去の事実をねじ曲げる論評だけは困る。……たとえば、数年前、Tというオカルト作家の文章に呆れ果てたことがあるが、あんなトンチンカンな発言が今回(日本経済新聞の記事を例外として)あまり見あたらないのが、救いというか物足りないというか……。
5月27日(火)
夕刊紙数紙のトップに「生首」という文字がデカデカと並ぶのを地下鉄売店で目撃。
いまひとつ食欲ないまま、自宅で夕刊を見ると、「体の一部」とあり、夜遅いテレビが「頭部」といっている。
友が丘といえば知人が住んでいる同じ町内である。
5月28日(水)
「酒鬼薔薇聖斗」の文字について議論喧しい。オカルト、劇画、暴走族、アニメ世代という議論は当然出るであろうが、この種の言語感覚は、マンガ世代特有のものではないと思う。ええおっさんだって昔からやっているのである。
ぼくの知るいちばん古い例をあげておこう。
「ぼくのペンネームは 魅死魔幽鬼尾 にしたよ」 昭和29年12月28日 三島由紀夫
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