HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』14

●マッドサイエンティスト日記(1997年1月前半)

主な事件

  ・「人間国宝」米朝独演会
  ・小松左京氏と話す
  ・筒井康隆氏断筆解除
  ・川崎ゆきおに似た「色男」を見た

1997年

1月1日(水)
たぶん実家で正月を迎えるのは20年ぶり……いや、それ以上ではないか。独身時代は食料品を買い込んで原稿用紙とともに「籠城」するのが習慣だったし、家庭を持たざるをえなくなってからは、妻子を実家に追い返して、書籍・ビデオを山積みにして数日を過ごすのが盆と正月にかろうじて残された楽しみであったのだが。
 午後、大阪へ帰る。

1月3日(金)
 今年は土日の都合で会社の初出が6日である。海外からのFAXが気になって出社、いつからこんなワーカーホリックになってしまったのか。
 自転車で梅田を抜け、御堂筋を本町まで。早朝で人気なし。むろん会社にも守衛以外の人影はなし。家庭よりも居心地がよい。
 好きな旅先はと問われると「夏のスキー場、冬の海水浴場」と答えることにしているが、理想郷は身近にあるのだなあ。
 午後、自転車でサンケイホールへ移動。
 かんべむさしと2階最後部の席に並んで、新春吉例「桂米朝独演会」を聴く。「百年目」がやはり凄い。
 終演後、米朝事務所の新年会にちょっと顔出し。
 小松のおやっさんの顔が見える。新年の挨拶に近寄ると、米朝師匠が小松さんを指して「堀さん、かんべさんも呼んで、面倒見てくれなはれや」。たいへんな新年のお言葉である。人間国宝から直々のお言葉とあれば、身を挺して……。


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ざこば師匠に挨拶。テレビでの雰囲気とちがって、こんな席ではすごく穏やかである。
 ついでに賢夫人と名高い、枝雀一門を支える志代子夫人と記念写真を撮ってもらう。

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 30分ほどいて、人疲れと、おなじみ「女性しか弟子にしない落語作家」の顔が鬱陶しくなって、小松さんがマルコポーロへ誘ってくれたのを機にプラザホテルへ移動。
 小松さんとふたりだけで2時間ほどしゃべる。こんなことも久しぶりである。
 「虚無回廊」のことが主。「小松さん、『虚無回廊』をもう自分では書かないというような話が出てますけど、ちがいますよね」「いっそ君が書いたらどや」……小松さん、その言い方が誤解を生むんですよ。
 ぼくもさぼりっぱなしで、大きなことはいえない。
 「ぼくがまた、小松さんをびっくりさせる作品を書けばいいわけですよね」というところが結論である。
 そのあと、グレートウォール、暗黒物質、カミオカンデ、浜松ホトエレクトロニクス、複雑系、ペンローズ、量子脳、地震波、クラークの父親、モールス信号によるラブレターの話が面白い。

1月4日(土)
 早朝メールボックスを覗くとコマ研創設者のT氏から、「虚無回廊」についての情報。なるほど妙な誤解(であろう)が生じた経緯はよくわかる。まあ、この件についてはもう話題にしないことにしよう。

1月6日(月)
 午前5時、久田直子さんも本日が仕事始めである。白のスーツ。髪、長くなったなあ。耳が隠れてしまった。

1月9日(木)
 静岡に出張。
 新大阪の書店で「新潮」2月号購入、静岡までの2時間、久しぶりの筒井ワールドに浸る。「邪眼鳥」は時間の迷路に迷い込む不思議な酩酊感に満ちている。下車して、清水市の古い町並みが迷宮のように感じられる。いつかこんなことがあったなと思う。「虚人たち」を出張の時に、新幹線、三原から今治への高速艇、今治から八幡浜への在来線と乗り継ぎながら、ほとんど小説内の時間速度に合わせて読んだ時の感覚に似ている。
 帰路は、静岡の書店で「文学界」2月号を購入。
 無事往復できたのが不思議である。

1月10日(金)
 午後、ある広報誌の企画で、本間祐さんをかんべむさしに引き合わせ。例によって橋爪紳也氏の企みである。ぼくの勤務先からかんべ事務所まで徒歩10分。その中間点に本間祐さんが勤務しているという奇妙な立地である。
 うつぼ公園そばの喫茶店で雑談していたら、急にテレビが騒がしくなる。ペルーの状況が急変かと思ったら、松田聖子と神田正輝の離婚のニュースである。
 芸能レポーターというクズどもがまたしばらく大騒ぎするのかと思うと気が重い。家庭でテレビはほとんど見ないから、原則関係ないのだが、会社をさぼって喫茶店にいる大事な時間に騒がれるのはたまらない。他人が人目をしのんでコソコソ行動している邪魔をしないでくれ、と、妙に芸能人と利害関係が一致してしまうなあ。

1月11日(土)
 ソリトンの発行所を大阪に移すことになった。
 発送など雑務でずいぶんアトソンにはお世話になったきたが、実際に「物品」を動かすには大阪の方が便利なことが多いのである。……これは、大げさにいえば、情報化社会を観念的にとらえている人には実感がわかないだろう。が、関西の企業……とくに、繊維、化学、家電の諸君には理解してもらえると思う。
 諸般の事情で年を越してしまったソリトン6号の献本リストの整備。アドレス・データのデータベースソフトへの移植、ラベルプリント、136枚である。
 封筒を準備し、家内工業システムでラベル貼りと封筒詰め。……同人誌の初心がこれである。
 作業が一段落したところで、梅田・サントリー5へ、今年最初のニューオリンズ・ラスカルズを聴きに行く。
 店に入ると森マネジャーが「センセ、これこれ」と壁を指す。なんと、産経新聞の正月コラムに書いた「大阪をトラディショナル・ジャズの街に」という記事が、拡大して貼ってある。ちょっと照れくさいなあ。

1月12日(日)
 午前7時、自転車の前のカゴに段ボール1箱を乗せる。ソリトン135冊推定18sでである。前輪が沈み重い。これで中津から大阪中央郵便局まで走るのである。ヨタヨタ気味だが、梅田・場外馬券場を抜け、大阪駅北口から西側ガードをくぐって無事到着。でかい子供を乗せているようなものか。正面窓口は8時からというので、夜間窓口で「料金別納」のスタンプを借りて押し、シャチハタの「書籍小包」印をガシャガシャ押して、強盗防止のためとしか思えぬ鉄格子の小窓から受け付けてもらう。エロ本の通販業者とはこんなものなのであろうか。
 一仕事終えた気分で、8時になったところで、ぼくの隠れ家的居酒屋で朝食がわりにビールを一杯。紹介しておこう。JR大阪駅北口2階の食堂街の西端にある「樽亭」。英訳するとバレルハウス。ライブスポットみたいな名であるが、メシ屋を兼ねた飲み屋。朝8時から営業で、徹夜した時など時々来る。すでに何人かスポーツ紙を見ながら酒を飲んでいる。梅田場外馬券場へ来る博打うち諸君である。朝早いんだなあ。場外馬券売場になぜ「急ぐ」必要があるのだろう。不思議でならない。まあ、こっちはエロ本業者だから、似たようなものか。
 と、カウンター隣に「土曜夜のお勤めご苦労様でした」としかいいようのない茶髪フーゾクらしきお姐ちゃんを抱えたおっさんが座った。お姐ちゃんベロベロ状態で、やたら「マスター、マスター」を連発している。「何食べたいや」「マスターが食べたい」なんてセリフが聞こえてくる。その「マスター」なるおっさん、「こち亀」の巡査と川崎ゆきおを足して二で割ったような顔なのよねえ。デジカメを持っていなかったのが惜しまれる。これが隣でベタベタイチャイチャはじめやがって、まにもー。
 朝から博打打ちと色狂いに挟まれてエロ本業者がビールとは……。


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