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『マッドサイエンティストの手帳』332

●山の上のアンテナ群


 4月22日午後、発作的に山登りすることにした。
 播州龍野は揖保川を挟んで東西に山がある。西は国有林の鶏籠山、麓は龍野城跡や龍野公園で、こちらは観光コース。
 東側は、正式には金輪山というらしいが、通称は片山である。
 麓にはわが小学時代の同級生が僧侶をつとめる小宅寺がある。ま、つまらん山である。
 
 ただ、おれには不気味な記憶がある。
 小学生……10歳くらいの時、友達とふたりで「探検」に行ったことがある。
 南端から杣道をたどって1時間ほどで頂上まで行けたはずだが、当時は腕時計など持っていないから、数時間かかったような気がする。
 それはともかく、頂上にたどり着いた時、そこで不思議な光景を見たのである。
 山はそこから下りになり、もうひとつ北側の峰に続く。その「鞍馬状」のところに、十数人の人影が見えた。その人たちは2列に並んで座り、ひとりが立って何か喋っているように見えた。距離は200メートルほど先か。
 記憶にあるのはそれだけである。
 怖いとは思わなかった。が、その方向には行かず、西斜面を下って帰った。
 あの一団は何だったのか。
 日曜日の昼前であり、男ばかりの集団。ただ、消防団の訓練とかには見えなかった。
 その後、色々な本を読んで、ひょっとしたら山で生活する人たちだったのだろうかとも想像するのだが、今となっては知りようもない。
 かんべむさし氏は子供の時、新潟の海岸で、不思議な一団を見たという。それは今から考えれば「ひょっとしたら」と思うことがあるらしい。それに似た記憶である。
 そんなことがあるので、一度現場を確認したいと思っていた。
 発作的に思い立ったのが半世紀後ということになる。
 川端裕人さんが川を遡る気分はこんなものなのであろうか。
 昔の登り口はもう見あたらない。
 住宅が建て込んでいるし、山頂まで、工事用の道ができて、今では舗装されて、クルマでも自由に上れるらしいのである。
 尾根づたいに急斜面を上るのではなく、舗装された道を歩く。所どころにツツジが咲いていて、散歩に近い。
 山頂近く、南斜面にシートがかぶせてある。
  
 落石防止かとおもったら、「姫路スカイスポーツクラブ」の看板があり「片山エリアフライト規約」の注意書き……パラグライダーの発進基地? 急な南斜面で下に広場らしきものもなし。林田川の河原まで飛ぶのだろうか。
 40分ほど歩いて山頂である。
 頂上付近はアンテナ林立。
 あちこちに分散してアンテナ群がそびえている。
 
 NHK中継所、NTT、関西電力、J-PHONE、それにタクシー無線用か。
 未知の宇宙空間に出てみたら、静止軌道に通信衛星がひしめいていたような感じだ。
 軽自動車が1台止まっていて、スタンドでアンテナを張り、小型発電機を回して、車内で男が何やら通信している。
 おれに気づいたらしく、窓を閉じた。
 ……半島の工作員かと緊張する。まさかと思うが、カメラを向けるのはやめる。
 念のため……4月22日13時20分である。
 昔不思議な一団を目撃した場所には「発電設備」があり、その向こうには、昔のままの杣道がつづいているが、雑木が茂って、見晴らしは悪く、半世紀前の記憶は急にあやふやになる。あれは夢だったのか。
 山頂から見るに、龍野は川を挟んだ狭い町である。
  
 わが家も見える。
 望遠で撮影したら、モグラ対策工事の進行状況までが確認できるのであった。

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