『マッドサイエンティストの手帳』178
●平谷美樹『エリ・エリ』(角川春樹事務所)
第1回小松左京賞受賞作がやっと出た
受賞作を読まずに受賞パーティに参加というのも珍しいことだったが、やっと読めた。
帯の小松の親っさんの言葉がいい。
「『人類の知性』と『神の領域』の相剋を描破した壮大な作品。これぞ真正のSFだ。」
物語は3つの視点で進む。
神の存在を証明しようと悩みアル中寸前の神父・榊。
天才科学者・クレメンタイン。
陰謀家ノーマンによって送り込まれるオカルト精神分析医・タウト。
他にも多彩な人物が登場するが、主な視点はこの3者であり、かれらが木星軌道にある巨大基地で進行しているSETI「ホメロス計画」に参加するために木星に向かうのが第一部。
前作『エンディミヨン・エンディミヨン』と比べると、実にテーマが鮮明で、構成にも無駄がない。細部の描写も的確で、東北の生活描写やアウトドア・ライフの描写など見事なものだ。
そして、第二部……主人公たちが冷凍睡眠で木星に向かうところで、物語は急展開する。
いて座方向から異常なニュートリノ放射があり、やがて太陽系に接近する飛行物体が検知される……。物語は俄然「ファースト・コンタクト」テーマの様相を帯びる。
ここからは、あまり内容に触れないのが礼儀であろう。
いやあ、ともかく大した筆力である。
一気に読ませてしまう。
アポロの月着陸から30年の経過を知る立場としては、21世紀半ばに木星基地と定期航路はすこし早いかなとも思うし、FC好きからは、「ACB」の扱い方が物足りないという声があるかもしれない。ぼくの本音をいえば、もっと徹底したコンタクトを展開してほしかった気もする。ラーマかと思えばモノリス……しかし、これはテーマのしからしめるところ。特に現代からの延長で太陽系を描こうとしたら、人間の寿命との関係で、おそらくこれがギリギリの設定なのだろう。
最終的に小松さんがこの作品を選んだ気持ちはよくわかる。
エピローグもいいが、エピローグのちょっと前、402ページの部分で、わしゃ思わず涙が出かけた。これ、まさに小松SFの神髄ともいえる「泣かせどころ」なのだ。
うまいなあ。本当にうまい。
つまり、ええ、なんというか、平谷美樹さんはきわめてバルザック的小説家なのだなあと感嘆した。
ともかく次作が楽しみである。
どうやら太陽系世界に色々な物語を作ろうとしているらしい。
読み違いかもしれないが、225ページ前半の月面事故は前作とつながっているのかな? だとすれば、「宇宙喜劇」を目指す作者の意志は明瞭であり、まさに小松左京賞にふさわしい受賞作といえるのである。
ついでながら、装丁がすごくいい。カバーを取って、これまた趣向である。平谷さんの実質的な作家生活スタートへの祝福と見ていいかな。いい本です。
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