森功『許永中 日本の闇を背負い続けた男』(講談社)

 これは「闇の伝達人」許永中の評伝?であり、力作おそらく決定版であろう。
 
 大阪国際フェリーのオーナーにしてイトマン事件の主役のひとり、時の総理とY組ナンバー2と親交を結び、保釈中に失踪……バブル期を代表する「詐欺師」(←この呼称を許はひどく嫌うという!)の力作評伝である。
 大阪の「すり鉢の底のような」スラムに生まれた在日韓国人の永中は、大学時代に梅田で数十人のパチプロを組織してヤクザと渡り合うが、闇の黒幕的な人物と出会うたびに、不思議に取り入り、学び、時には凄惨なリンチを相手に加えて別れ、企業トップ、政治家、ヤクザと対等につきあう存在にのし上がっていく。背景には日本の高度成長があり、クライマックスにはバブル経済があった……。
 これはもう、アンチ教養小説+ピカレスクの面白さである。
 2年あまりに及ぶ逃亡(当時、死亡説も流れた)の実態は不明のままだが、この間に連絡をとっていた政治家の名もはっきりと明かされている。
 そして、巨悪は逃げ切り、闇の黒幕と恐れられた男は「伝達人」というポジションに位置づけられることになる……。
 久々に読むノンフィクションの力作である。
 個人的なことを少し。
 「すり鉢の底のような」と表現された許永中の生家はわが住居から西へ徒歩5分。
 今は駐車場となった許の「御殿」「極真会館」「不思議な神社」へは東へ徒歩10分。
 愛人というか第二夫人とかが経営していたパチンコ屋(今はマンション)は徒歩7分。
 それどころか、ある時とつぜん「KBS京都」の看板がかけられた4階建の小さいビルはわがベランダから見えるのである。
 ただ、許本人を見たことはない。
 近所の某店の某さんは、決して許を悪く言わない。「あの人はわしらには絶対悪いことしはりまへん」……その通り。貧乏人を相手にしてもしかたがないこともあるが、弱い者には優しかった、そのへんの事情も活写されている。
 おれの居住する周辺も丹念に取材されており、その取材力と表現力が実感をもって読みとれるのである。

(2008.12.16)


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