南博『白鍵と黒鍵の間に』(小学館)
『中央線ジャズ決定盤101』(音楽出版社)

 今年読んだジャズ書で特に面白かった2冊。

 南博氏は年齢とキャリアからいえばベテラン・ジャズピアニストだが、ここでは中堅ピアニストというべきだろうか。
 『白鍵と黒鍵の間に』は、氏が本格的なジャズピアニストとして活動を開始する「前史」であって、バブル期の銀座でジャズ(なのかどうか微妙な)ピアノを弾いていた、不思議な時代が描かれている。
 
 ジャズに興味を持って音楽大から新小岩のフィリピン・キャバレーのピアノ弾きになった青年は、銀座のピアニストに転じる。座れば○万円の店2軒を掛け持ち。
 だが、そこで演奏するのはジャズのようでジャズでない音楽。
 誰も聴いていない。周囲には紙幣が飛び交っている。
 さる筋の某会長が来ると「ゴッド・ファーザー」を弾かされる。演奏が終わるとピアノの上のグラスに万札が数枚差し込まれる。
 具体的な数字こそ書いてないが、当時のサラリーマンの数倍のギャラ。
 だが、本格的にジャズを弾きたい気持ちは抑えられず、バークリーへ行くために、「銀座」を抜けようと「覚悟」を決める……。
 バブル期の銀座のとんでもないエピソードが詰め込まれていて、「銀座ジャズ?」(むろんおれは聴く機会はなかったけど)という不思議な音楽が活写されている。
 そしてあるジャズ・ピアニストの再出発の物語でもある。
 ジャズメンにして文筆家……また新たな才能の誕生である。

 銀座から中央線に移る。
 『中央線ジャズ決定盤101』
 
 中央線ジャズとは何か。定義はないまま、中央線沿いのジャズスポットに出入りするジャズ好き十数名が、中央線に関係ありそうなCD101枚を勝手なスタイルで紹介して、それを年代別に並べたもの。
 しいていうなら、お茶の水(ナル)から八王子あたりまでのライブ・スポットで演奏するジャズメン、中央線沿いに住んでいるジャズメンを中心に取り上げたというところ。
 思い入れの強い感想から、ジャズ史的エピソードまで、スタイルはバラバラだが、新宿、そして「アケタの店」を中心とする中央線のジャズ史が浮かび上がってくるのが面白い。
 特定のジャズメンをたどっていくと、70年代から80年代にかけての活動が思い出される。特に興味深いのは、高柳昌行と武田和命のふたりだ。高柳の最後の方のCDなんて全く知らなかったが、凄い世界へ入り込んでいたのだなあと思うし、「ジェントル・ノーベンバー」を残して去った武田和命の演奏も忘れられない。
 森山威男の足跡(山下トリオ時代から自己のカルテット、そしてラブリーでの復活)もきちんと押さえてある。
 リーダーアルバムこそないが、中央線を代表するひとりをあげればグズラ(望月英明)さんではないか。住居も活動の場も中央線から離れず、70年代から今世紀にいたるまで、そのベースが中央線ジャズを支えて響きつづけている印象だ。
(2008.12.13)


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