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  最相葉月『星新一 1001話をつくった人』(新潮社)

 数年前、SF評論賞の創設に関して、巽孝之氏が、「評論」は幅広く解釈すべきと発言し、こう付け加えた。
「これからは評伝も重要な分野になる」
 みんなちょっと笑ったが、SF界がこんなに急速に「評伝」が重視される状況になろうとは思わなかった。
 日本SFでは、その評伝が待たれる最重要人物が星新一氏であった。
 最相葉月さんが着手されていることは仄聞していた。
 それが『星新一 1001話をつくった人』として出た。

 星さんといえばショートショートというイメージからでもないが、まさか570頁、約1300枚の大著とは想像していなかった。
 まず冒頭で明かされる「病気」についてはまったく知らなかった。
 この大著、まったく知らなかった(あるいは気づかなかった)事実の連続で、今までの星新一像が大きく変貌させられる、まさにセンス・オブ・ワンダーに満ちている。
 星さんについては、著書はすべて読んでいるし、関連のSF史関係の本もほとんど読んでいる、30年前から年に2、3度はお目にかかる機会があった、そんなことから星さんについてはたいていのことは知っているつもりだったのだが。
 その星さんのイメージを大きく覆されたのは、大きくはふたつ。
 星一と星製薬がらみの「負の遺産」が晩年まで尾を引いていたことと、作家としての苦悩が意外にも深かったという2点であろう。
 おれは星さんが亡くなられた時、某紙に短い文章を書いたが、(海外を含めてその読者数の多さから)「大作家とか国民作家以上の、今や死語ともいえる『文豪』と呼べる存在」といったことを書いた。それほど超然とされている印象だった。それだけにこの「作家的苦悩」は意外であった。
 驚いたのは、星さんが細かいメモまでずんぶんたくさんの「一次資料」を残していたことだ。
 取材力もさることながら、これなかりせば、そしてそれを家族の了解を得て読めるという信頼関係がなければ、この本は成立しなかっただろう。
 著者がSF畑の人ではないことも大きい。それどころか、著者は生前の星さんとは面識もないという。これも驚き。星さん独特の言動や声質の特徴をとらえた描写は見事である。
 星新一評伝の最初にして決定版といえる傑作であろう。
 おれとしては、細部で色々と驚くことや気になることががあった。
 以下に思いつくまま。
・『人民は弱し 官吏は強し』が出た頃の反響は大きかったが、おれは文芸誌のコラムでこんなのを読んだ。
 「(悪役として出てくる官吏の)伊沢は飯沢匡氏の父君ではないか。この記述には問題がある」といった内容。大学生であったおれは、へぇ〜文壇ってのはこんなにいやらしいのかと驚いた記憶がある。この記事は残していないけど。
・小松さんの「ミスターX」……これが荒正人氏であることは「SF魂」でやっと知った。荒氏が「セキストラ」評で「トラストD・E」を引き合いに論じていたとは。これを知っていたらもっと前に「正体」はわかっていたのだが。
・空飛ぶ円盤研究会には「三島由紀夫や石原慎太郎もいたが、実際に会ったことはなかった」とあるが、星さんは三島に会っている。円盤の「観測会」というのがあり、この時、望遠鏡を囲んで十人ほど立っている写真に三島も星さん写っている。(バンビブック「空飛ぶ円盤特別号」/もとは『宇宙機』という会報)……安藤武「三島由紀夫『日録』」によれば、昭和32年6月9日、日活国際会館屋上で行われている。「国際観測日」にちなんでの行事であったらしい。親しく話すことはなかっただろうが、見たことは事実。星さんが三島由紀夫をどう思っていたかは、すごく気になるところだが、今となっては……
 ↑※なんて書いたが、これはおれの間違いであった。黙って修正して知らぬ顔というのはわが方針に反しますので、事情説明。星さんと思ったのは柴野拓美さんであった。この間違いは何度かあったそうである。おれは40年以上勘違いしていた。確かに星さんだと、身長に大差があるから、こうは写らないはず。星さんと三島由紀夫は面識ないまま。これは『気まぐれフレンドシップ』に明記してありました。某方面(なんて隠すこともないか、知人を介して最相さんご本人)から教えていただきました。ここに訂正してお詫び申し上げます。(2007.4.10)
・温厚な(とおれは思っていた)星さんが某大作家に対する罵言を口にされたことがある。びっくりした。その理由がやっとわかった。そうか『石の骨』の記述に対して怒ってられたのか。これは、細かいことであるが、おれにはいちばんの「得心」であった。
……と、こんなの並べていくときりがない。
 おやっと思ったのは、最後の方、平成7年11月29日の日記(メモ)に、
「SF大賞 トーキョーカイカン 堀氏などと会う」
 という1行である。
 パーティでお目にかかれば当然挨拶はする。が、星さんは他にも多くの人と会われるわけで、おれがその日を代表するひとりになるはずはない。この日、何か特別な話でもしたのだろうか。
 気になって日記を調べると……ななな、なんと!(以下省略)
 ↑※なんて思わせぶりなことを書いたが、あまり重大事と思われてもいかんから、実際のところを明かしておきます。
 この日、特別なことは話しておりません。珍しく山下洋輔さんが来られていたこと、岡本賢一さんを星さんに紹介したこと、その時に星さん周囲に「ショートショートの広場」出身の方も何人かいて、そんなメンバーで星さんを囲んでショートショート談義など15分くらい(パーティでは割と長時間)話した記憶があります。それが星さんにとって楽しかったのならなによりですが。(2007.4.10)


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