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  コンウェイ&シーゲルマン『情報時代の見えないヒーロー』(日経BP社)

 
原題は「Dark Hero of the Information Age」。
 「ダーク・ヒーロー」には二重の意味があって、サイバネティックス発表から晩年の不遇というか「陰気」な時期を意味すると同時に、「ダーク・マター(見えない物質)」のダーク……ウィーナーの業績は(日本でも、現在「サイバネティックス」は書店にないように)忘れられているようだが、ネット社会の今、ウィーナーの多くの予見は宇宙のダーク・マターのように世界に大きく影響しているという意味である。
 「サイバー宇宙のダークマター」といったところか。
 ウィーナーの評伝となると、とうぜん興味はその「神童」ぶりにあるが、大著であるにもかかわらず、結婚(30歳)までの記述は50ページ程度。しかも父親がステージパパ的に育てたらしく、勉強が特に楽しいものではなかったらしい。
 ただしSFファンであり、幼少期にウェルズ、ヴェルヌを読み、ケンブリッジ時代に「大衆雑誌に載っていた、イギリスの生物学者J・B・S・ホールデーンのSF」を読んで交流が始まる、なんて話がうれしいが……いったいどんな作品だったのであろうか。まったく知らない。SFに関しては、ギブスン『ニューロマンサー』にまで言及してある。
 大戦中に砲弾の軌道計算を行ったのは有名だが、記述の半分以上(後半)はサイバネティックス発表後の諸々の軋轢に割かれている。サイバネティックスがもたらす社会構造(オートメーション化による産業構造)へのウィーナーの洞察が、冷戦化でのアメリカになじまず、しだいに「ダーク」な状況に追い込まれていく。
 情報科学の同時代の学者、とくにフォン・ノイマンとクロード・シャノンとの交流など、情報科学史としても面白い。
 それにしても、コンピュータといえばノイマン、通信といえばシャノンの名がまっさきにあがるのに比べて、情報科学といえばウィーナーとならないところが寂しい。ウィーナーは神童時代の学問からいっても、科学者(数学者)であると同時に哲学者であり思想家だった。「ダーク」な存在なのはそのためであろうか。
(2007.2.9)


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