上田早夕里『ラ・パティスリー』(角川春樹事務所)
神戸は日本でいちばん洋菓子店が多い街だそうである。
おれはケーキを食べることは滅多にないので、日頃ウロウロしている梅田界隈でも、ケーキ屋がどこにあるか、ほとんど思い出せない。
が、大阪より神戸の方が多いのは確か。
神戸の洋菓子店は大阪のタコヤキ屋と同程度の店舗密度なのではないかな。
上田早夕里さんの新作長編は、その神戸の洋菓子店を舞台にした<パティシェ小説>。
宇宙SF2冊につづいて洋菓子小説とは意外だが……。
専門学校を出て洋菓子店でアルバイトしていた夏織は、晴れてパティシェ(菓子職人)として採用される。その初日、早朝にシャッターを開けて店に入ると、見知らぬ青年が厨房でケーキ作りを始めていた。彼はこの店は自分の店と言い張る。しかも長年厨房になじんでいるかのように手際いい。
その青年はいったいどこから来たのか……。
神戸の洋菓子店(阪急六甲の山手みたいな雰囲気)を舞台に、カジシン風の時空を超えたロマンチックSFかと想像したら、展開はまったくちがった。
最初のミステリックな設定は物語の軸だから明かさないが、テーマは<洋菓子>であって、SFでもミステリーでもなく、やっぱり<パティシェ小説>。
ケーキの味、ネーミング、作り方のノウハウはいうに及ばず、並べ方、包装、喫茶部との関係、経営ノウハウから業界事情まで、ともかく徹底して調べられている。
このあたり、上田早夕里さんが宇宙SFを書く姿勢と共通している。
ただし主人公の菓子職人としての成長にあわせて描写してあるから、解説的な雰囲気はなく、色々なエピソードにからめて描写してある。
全体としては、神戸の四季を背景にした、しゃれた都市小説といえる。
ともかく、ケーキが特に好きでもないおれが一気に読まされてしまうのだから、たいした筆力だ。
上田さんの作家活動の広がりを感じさせる作品である。
あとは、個人的メッセージを。
上田さん、おめでとうございます。
上田さんのブロクはしばらくお休みのようですが、復帰の時には、さらに世界が拡大していそうですね。
あ、これは掲示板に書くべきことか。
(2006.2.10)