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  田中啓文『落下する緑』(東京創元新社)

 SFと落語とジャズは「魔の三角形」を形成する3つの頂点で、この三角領域内をうろちょろしている人というのは概して信用できる。
 この手の人種、関西にはよく見かけられるが、代表格が田中啓文氏である。
 SFはいうまでもなく、ジャズの実技でも(難波弘之氏は例外として)SF作家ではトップだろう。3頂点のうち、実行していないのは「落語の実技」だけということになる。
 田中啓文氏、落語の「実技」はたぶんないものの、落語ミステリー『笑酔亭梅寿謎解噺』が話題になった。
 ともかく、落語につづいて挑んだ「ジャズ・ミステリー」が本書。
 ※表題作は「幻のデビュー作」で、順序は、ジャズ→SF→落語になるのかな?
 まあ、あまりこだわる必要はないと思う。
 
 帯の文章が山下洋輔氏。これはすごい。……啓文本の帯、過去にSFで筒井康隆氏、落語で桂雀三郎師匠の文章を「獲得」しているから、帯でも三冠王である。
 本書、副題は「氷見緋太郎の事件簿」で、若いジャズ・サックス奏者が探偵役をつとめる連作集。
 どこにも「ジャズ・ミステリー」とはうたってない。「本格ミステリ連作集」とある。
 これは、おれの好きな「殺人のないミステリー」である。
 逆さに懸けられた抽象画とか、いつの間にか入れ替えられた楽器とか、大作家の遺稿の真贋判定とか、楽器そのものの秘密とか……ともかく「観光地に溺死体が浮く」なんてつまらん事件でないところが素晴らしいのである。
 この、事件といえるかどうかも微妙な謎を「天才的サックス奏者」がジャズメン特有の感覚で解決する。
 そのトリックも推理方法も、過去の遺産が見事に生かされている。(たとえば「揺れる黄色」のトリックが名作「赤い密室」の見事な応用編であるように)
 伝統の継承と発展。
 これは、ある意味で、ジャズの発展の歴史と重なるのではないか。その意味では見事に「ジャズ的ミステリー」である。

 テーマはジャズに限らず、絵画とか小説などにも及ぶ。
 芸術一般の謎をジャズ探偵がそのジャズ感覚で解明する、そこが快感でなのである。
 各話、テーマが独立していて、解法も多彩。
 どれかひとつといえば、俗物ジャズ評論家を成敗する「挑発する赤」が、作者らしい毒気と笑いがある傑作。痛快である。
 田中啓文の創造した名探偵・氷見緋太郎くんの、より一層の(長編にチャレンジ……/ジャズ・ツアーにも行くべき/ニューヨークへもぜひ……)活躍を祈る。
(2006.2.1)


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