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  北野勇作『空獏』(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

 
 北野勇作氏の10篇のショートショートと9篇の短篇で構成される「戦争SF」。
 『かめくん』が戦士として赴いた戦場は木星あたり……ともかく遠いどこかの宇宙空間という印象をいだいていたのだが、その戦場は意外にも近い場所にあった。
 どうやら生野区……桃谷を中心に鶴橋から天王寺、新世界にかけての一帯らしい。
 北野SFの舞台はキタから生野区に移ったようである。
 (梅田とか桃谷という名の兵隊が出てくるから、だけではなしに)
 むろんこの作品にかめくんは登場しない。
 出てくるのは例によってずっこけた下級の「兵士」である。
 上官も頼りないというか、敵も味方も区別がつかない連中ばかり。
 寂れた商店街のアーケードが敵の侵入ルートであったり、そこいらのドブ川が塹壕であったり……。
 フリーター感覚で雇用された兵士は「新世界」を夢見て戦う。
 この新世界とは、小さいマイホームが貰える夢の世界であり、「遠き山に陽は落ちて」の新世界であり、通天閣のある新世界でもあり、全部が重なっている。
 おなじみ北野ワールドに展開される不思議な戦争……なのだが、この作品、笑いのテンションがより高い印象を受ける。
 抜けたがる兵士を上官が引き留める件りが「皿屋敷」のパロディだったり……。会話などに落語の素養がいつになく強く押し出されている。
 例によって巧妙に構成された作品群が不思議な世界を作っているのだから、個別の作品を抜き出して論評するのはいかんかな。
 野暮だけど、感想を述べれば、ショートショートでは西瓜男がでてくる『怖い西瓜畑の話』が絶品。短篇では『宇宙の戦士』が際だって面白い。
 特に『宇宙の戦士』に登場するコマンドのずっこけぶりと、その背景に巧妙に導入されている「物語性」が見事で、これは北野SFの新しい方向を感じさせる傑作だ。

(2005.8.27)


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