上田早夕里『魚舟・獣舟』(光文社文庫)

 上田早夕里さんの初SF短編集。
 
 前半は主に「異形コレクション」に掲載された作品が収録されている。
 ともかく表題作「魚舟・獣舟」が傑作。帯の惹句は誇張ではない。これは異形コレクション「進化論」の巻に書かれた短編で、おれは一読、そのアイデアの凄さ、文章の煌びやかさ(特に冒頭の数頁が素晴らしい)、イメージの豊かさに感嘆した。
 本HPですぐに紹介すべきだったが、実はおれもこの「進化論」に63点くらい(かろうじて「可」)の短編を書いているものだから、ちと恥ずかしくて黙っていたのである。
 私は自分自身の作品を客観的に見ることはできるんです。○っちゃんと違うんです。
 前にも書いたか。
 「進化論」には他にも傑作が多くて……
 ともかくその中でも『魚舟・獣舟』は突出していた。
 そのことは上田さんに小松左京賞のパーティの席だったかで直接話した。
 上田さんは、SFが書きたいが「場」がなくて、ずっと構想していたのを書いたということだった。
 今回再読して驚いたのは、50枚弱という枚数である。おれは80枚以上の中編と思いこんでいた。
 これは長編化されていい密度の作品なのだ。
 短編として未消化ということではない。半村良『赤い酒場を訪れたまえ』みたいなものかな。
 自作を引き合いに出すのは気がひけるれど、おれの場合『アンドロメダ占星術』は長篇化すべきだという意見を複数の方からいただいた。
 『魚舟・獣舟』も、長年堰き止められていたものが噴出したところがあるのかもしれない。
 さて……本書の後半を占めるのは書き下ろし『小鳥の墓』。
 これ、200頁近い作品だから長篇といつていいのではないか。
 おとなしいタイトルだが、これは『火星ダーク・バラード』を読んだ読者ならちょっと唸らされる趣向だし、むろん独立した作品として、上田版サイバーパンク的SFとして読ませる。
 サイバーパンクではなく、あくまでも「的」。無菌状態におかれた都市になじめぬ「生身」の少年がどうして「俗塵」にまみれた「外」の世界に惹かれていくか……これもまた「進化」の一形態を説得力をもって描く力作である。
 上田さんの生活をある程度知る立場としては、日常生活に並行してこんな怖ろしい作品を書けるのに驚くばかりである。
(2009.1.12)


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