田中啓文『辛い飴』(東京創元社)

 
 『落下する緑』に続く、氷見緋太郎の事件簿、第2弾。
 天才的サックス奏者・氷見がジャズメンの直感力で推理するジャズ・ミステリーである。
 前作の「色」シリーズに対して「苦い水」「酸っぱい酒」「甘い土」……と、今回は「味覚」がタイトルに使われている。
 例によって、楽器消失とか、来日寸前にアンサンブルが一変したバンドの謎とか、ネットオークションで高騰するレコードの秘密とか、ジャズがらみで「殺人のない」ミステリーで、これは前作同様だが、今回は、レコーディングとかビッグバンド編成とか、より世界が広がっていて、また謎解きよりも「情」にからむ展開の話もある。
 異色なのは伝奇風の「甘い土」で、作者は「熊の木本線」へのオマージュという。この結末は「ジャズ大名」にもつながる巧緻なものだ。
 ミステリーとしては、レコーディングの方式をトリックに使った「淡泊な毒」(書き下ろし)が特に優れている。
 (2008.9.8)


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