常盤武彦『ジャズでめぐるニューヨーク』(角川oneテーマ21)
5月の連休明けは航空券がいちばん安くなる季節だ。
この時期、ぶらっとニューヨークへ行ってライブハウスを回る……10年ほど前から、毎年のようにこれを実行しようとしながら、なかなかタイミングが合わない。特に、山下洋輔さんが連休明けの時期にNYトリオでスイートベイジルに出演している時がそうだった。ボンクラサラリーマンのつらさ。株主総会前のややこしい時期と重なるのであった。
今は時間はわりと自由にとれるはずだが、911以降の空港での手続きの煩雑さなどを聞くと、イラチのおれは面倒になってしまう。
そんな事情で「連休明けニューヨーク」は実行しないままだが、今年は、今からでも遅くない、格安チケットを手配しようか……と、そんな気分にさせてくれるのがこの『ジャズでめぐるニューヨーク』である。
この本、SFの友人であるH記者が、「NY在住で長年の友人に成り代わり」送ってくださった。常盤武彦氏はSFファンでもあるという。なんだか嬉しくなるなあ。
副題は「充実のミュージシャン&クラブ・ガイド」、帯に「ジャズはライブで聴け」とある。
ライブハウス中心のニューヨーク観光ガイドみたいだが、むしろフュージョン以降というか、80年代の新伝承派(SJ誌はそう喧伝していたなあ)登場以降のジャズ状況を概観するガイドブックである。
冒頭にニューヨークの音楽地図、巻末にジャズクラブガイドがあるが、中身はウィントン・マルサリス登場以降の主にニューヨークで活躍しているミュージシャンの紹介にあてられている。
じつは、おれはフュージョン以降のジャズをそう熱心には追いかけておらず、(本書でもひとつの流れとして記述してあるが)キース・ジャレット、チック・コリア、ハービー・ハンコックのキーボード中心になんとなく聴いてきたクチだろう。
ドン・バイロンやエリック・アレキサンダーやライアン・カイザーを聴き出したのが5年ほど前からなんだものなあ……。
それだけに、ジャズ・メッセンジャーズから登場した新人から始まり「マイルスのDNA」に終わる現代ジャズ史の概説はじつにわかりやすく、またスリリングだ。
この本の特長はさらにふたつ。
常盤武彦氏はフォトグラファーであり、ミュージシャンやニューヨークの町並みの写真が(カラーで!)多く収録されている。新世代のジャズメンを撮る新世代と写真家という雰囲気で、これを眺めているだけでも楽しくなる。
もうひとつは、ニューヨークの「ジャズの周辺で活躍する人たち」(というか、楽器以外でジャズをやる人たち……常盤氏もそのひとりだが)へのインタビュー記事が挟まれていて、これが面白い。
特に興味を引かれたのはプロデューサーの杉山和紀氏。
ぼくより一世代若い人だと思うが、早大理工学部出身で「日本にいた頃は『ホットクラブ』という年齢層の高いレコード鑑賞サークルに参加して」いたが、ボストン大アメリカ黒人文化研究科に留学後、「ソーホーのロフトで起きている音楽の勢い」に圧倒され「いきなりフリージャズを愛聴するようになった」。以後、ソーホーに居を構えて活動……「78年に近藤等則さんがやってきて」コンサート活動を手伝ったり……。
おれより若い世代でホットクラブ会員いうのも驚きだが、一挙にフリージャズというのもよくわかる。
おれはジョージ・ルイスが好きで、70年頃からニューオリンズ・ラスカルズを大阪で聴きつづけている。同時に大阪万博の年に山下洋輔トリオを聴いて、こちらもずっと追っかけだものなあ。ジャズはそれだけ広く、またこういう聴き手を受け入れてくれる奥行きをもっているのである。
書を捨てよ……じゃなかった、本書を持て、ニューヨークへ行こう。
この連休明けは無理だが、セントラルパークで「ニューヨークの秋」を楽しむのは、今から準備すればできないではないな。
ちなみに、おれはニューヨークには1度しか行ってない。1989年10月で、月曜の夜しかジャズを聴く機会がなく、ヴィレッジバンガートへ行った。ビッグバンド出演の日であった。まさに常盤氏が渡米した年ではないか。このあと「団体旅行」から別れて、ひとりでニューオリンズへ行った。プレザベーション・ホールへもむろん行ったが、フレンチクォーターから少しはずれたスナッグ・ハーバーにエリス・マルサリスが出演していて、もの凄く若いテナーを引き連れていたのを覚えている。名は確認できなかったが、本書を読めば、ひょっとしたら今ニューヨークで活躍しているかもしれないなあと想像してしまう。
つまり……この本は、おれが一度だけニューヨークに行った時から現在までのジャズ状況を現場から報告してくれているわけで、まるでおれのために書かれたのではないかと錯覚してしまうほどなのである。
(2006.5.1)