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  藤崎慎吾『ハイドゥナン』(ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

 

 『クリスタルサイレンス』から6年ぶりに出る、藤崎慎吾氏の本格SF大作である。
 帯に色々な惹句が並んでいる。
 「『日本沈没』を凌ぐ傑作、遂に誕生」、「人類は、地球と和解できるのか?」「生命圏のすべてを描破する2000枚」「日本SF史上最高の科学小説」「伝説の地、ハイドゥナンは何処に」……
 これだけでも、ずいぶん多面的な作品という印象を受ける。
 作中の象徴的一場面を借りれば「ハイテク機器の前で巫女が祈る」……こんな不思議な場面はふつう本格SFではイメージしにくいが、自然に読まされてしまうのである。
 与那国島の自然と土俗的世界、圧倒的な深海描写と深海調査船の描写、量子コンピュータをはじめとする数々の「発明品」と「新理論」、これらが融合して、<神話的>ともいえる世界を創り出している。
 物語は4つの局面が並行して進む。
 @「共感覚」の持ち主である岳志と与那国島の「巫女」柚との出会い
 A深海調査船が発見する沖縄トラフの異変
 B海底調査の裏で組織された「マッドサイエンティストたち」のプロジェクト
 Cエウロパの海に到達しようしている無人調査機に仕掛けられたあるシステム
 ……こんな乱暴な区分けは作者に失礼かな。
 それぞれが綿密に書き込まれているから、前半の展開は、長編4冊が同時進行しているかのようである。
 @だけをたどると与那国島の神話をベースにした、オカルト的ファンタジー。
 Aはまさに『日本沈没』の琉球版で、『深海のパイロット』の作者としての知見と力量がフルに生かされていて圧倒される。
 B……ぼくが読む限り、これがいちばんの眼目であり、物語の骨格である。
 Cは「序章」の伝説と対をなす巧妙な伏線である。
 物語は@〜Bが絡み合って進行していく。
 これらは後半、琉球諸島に迫る地核的危機と政治的危機を背景に、見事に融合されて展開される。一要素を取り出すのはヤボなのだが、科学者チームの「裏プロジェクト」……ぼくには、これがいちばん面白く、これがこの大長編を支えるSF的仮構と読む。
 作中では「圏間基層情報雲(ISEIC)」理論として登場する。
 人類が生活する「生命圏」を超えて、深海や地底、マントル内!、宇宙空間にも存在するかもしれない別階層の「生命圏」にまで「雲」のように情報の網が広がっていて、これを介して他の生命圏の存在と対話しようとするプロジェクトである。
 ここで「自称」マッドサイエンティストたちがチームを組む。
 生物学者(植物や微生物との対話)、地質学者(岩や遺跡の情報解析)、認知心理学者(「共感覚」も含まれる)、地質学者(マントル細菌との対話!)、量子工学者(対話を可能とする量子コンピュータ開発)……と、それぞれの専門家が集結する。
 それぞれの専門が虚実(時代設定は2032年)ないまぜで丹念に描写・解説されていて、この部分が「日本SF史上最高の科学小説」と帯にある所以だ。
 ちなみに……本物?のマッドサイエンティストは自分をマッドとはいわないし、チームを組まない。自分たちをマッドサイエンティスツと呼ぶのは一種のダンディズムで、作中では健全な正義感とやや過剰な想像力・妄想力を持つ科学者として描写されている。
 つまり、特異な専門家を集めた科学者チームが(政府から要請された調査の裏プロジェクトとして)地球規模の危機に立ち向かうという、きわめてオーソドックスな冒険SFの骨格を持っているのである。
 ぼくがこの「冒険SF」的な軸に感心・感服するのは……作品化できない構想なんて、いくら頭にあっても自慢にならないが……昔、似た着想を持っていたことがあるからである。それは、情報化社会の行き着く先に「地霊」と結びついた原始アニミズムの世界が出現する設定だった(これは企画書を5、6人の方にお見せしたことがある)。が、テクニカルな問題がクリアできず放り出したまま。
 『ハイドゥナン』は、着想の方向はまったくちがうが、与那国島の神話的世界とSF的仮構の融合が素晴らしく、スケールが圧倒的に大きい(時間的にも空間的にも)。
 終章のエウロパの扱いが見事で、この場面には感動した。
 傑作である。

(2005.8.22)


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